第38話 なんかレベルアップしたっぽい
「おいおい、ちょっと異常だろ、この攻撃力は……」
「駄目よ、瀬能君!」白河さんから警告が飛んだ。「弱気は自分を弱め、相手を強くしてしまう! 自分なら勝てると自信を持って!」
「……アレを相手に?」
巨大なつららかというような牙に、爛々と輝く赤い瞳。鎧がなくとも簡単には貫けそうにない岩のような肌に、ゆうに三メートルはあろうかという巨体。爪は一本一本がナイフのようで、肉体の周囲には不気味な黒いオーラまで見える。まさにザ・ラストボスだ。
「助けてー、ロミオー!」
「むしろ俺が助けてほしいんだけど!?」
ジュリエットが活躍する桃太郎があってもいいんじゃないかな! 駄目かな!
「ビビってんじゃないわよ! 相手が鬼なら、退治するのに適した主人公がいるじゃん!」
「そうか!」
水島の言いたいことを理解した俺は、高々と刀を掲げて名乗りを上げる。
「俺は桃太郎! 鬼退治のエキスパートだ!」
「恰好いい……」
頬を赤らめるジュリエット。喜んでもらえてるようで何よりです。
「それにしても、桃太郎が鬼の手からジュリエットを救い出すって、かなり意味不明よね」
「まあ、何でもありな感じだし、いいじゃん」
適当感満載の二人組だが、とりあえず俺が窮地に陥った際には、すぐ動けるように戦いが見やすい位置に陣取ってくれている。
「退治できるものなら、してみるがいい! 間男ごときがっ!」
繰り出されるパンチはなんとかかわせるが、迫りくる巨体の威圧感たるや半端ない。飛び散る床の破片や、悲鳴を上げる空気の音で身が竦みそうになる。
「グハハ! どうした! 逃げ回ってるだけでは退治などできぬぞ!」
「調子に乗りやがって! 俺の力を見せてやる!」
距離を取り目を閉じる。
「む、観念したか!」
耳障りな声をシャットダウンし、勝利後に自室で璃菜と二人きりになった場面を想像する。
素敵だと耳元で囁かれ、肩に柔らかな胸が当たる。体温はわりと高めだと知る記憶が妄想に現実味を持たせ、エネルギー器官がピクンと反応したところで目を開ける。
「燃え上がれ! 俺の正義の心!」
「正義というより性技を想像して、勝手に熱くなってる感じね」
そこ、うるさいです。
「恰好……いい?」
首を傾げないで、ジュリエット。俺もどうかと思ってるんだから。
「うらあああ!」
何と言われようとも、俺が鬼に勝つにはこれしかない。一撃放つだけで心身が疲弊しきるから、あまり使いたくはないんだが。別に気持ちよくなったりしないし。
「グハハ! 無駄無駄ァ!」
「――っ! 卑怯だぞ!」
高笑いした巨鬼が突き出した人間盾――ジュリエットが端麗な顔立ちを悲しみで歪める。
「ああ……ロ――桃太郎様ッ! 私のせいで……よよよ」
よよよじゃねえし。この期に及んでもまだ役を楽しめるってのは、ある意味凄いけども!
「手も足もでまい! このままワシが嬲り殺してくれる!」
「ごぶっ!?」
しまった、油断した。ボケッとジュリエットを見てる場合じゃなかった!
「瀬――桃太郎!? マジでヤバい音がしたんだけど!」
背中から壁に激突して崩れ落ちた俺のもとに水島が駆け寄る。慌てて桃太郎と呼び直したのは、俺に強い存在だと認識させておくためだろう。
白河さんが、尻尾などを使って巨鬼を牽制している間に、水島が俺の状態を確認する。
「攻撃を喰らったのは腹? あばらとかは折れてないみたいだけど」
「クソ痛え……手加減なさすぎだろ、あの鬼……」
「まあ、ウチも鬼ヶ島でキツいの一発貰ってるからね。その痛みは……んっ、わかるし」
「……お前、何でもじもじしてんだよ」
「してないし! 気のせいだし!」
アホなやりつつをしつつも立ち上がると、孤軍奮闘中の白河さんは、やはり人間盾のせいで深くまで踏み込めずにいる。
「つーか、璃菜ってマジお姫様に憧れすぎ。まだ桃太郎に代わってとか言ってるし」
「おう、さすがに俺もちょっと腹が立ってきた」
基本的に温厚な白河さんも、鬼の攻撃をかわしながら苛ついてるし。
「でもあれ、どうすんの? 璃菜が悲劇のヒロインを堪能してる限り、勝てないじゃん」
「攻略なら簡単だよ。見てろ」
すーっと息を吸い込んでから、俺は璃菜に聞こえるように大声で独り言を話す。
「守られるヒロインも華憐で可愛いけど、主人公の隣で一緒に戦ってくれるヒロインも魅力的だよなー。俺は、そっちの方にグッとくるかも」
予想通り、璃菜ジュリエットの目が大きく見開かれる。
俺の意図をすぐに察した白河さんも、巨鬼と対峙しながら援護射撃してくれる。
「恰好良いヒロインって素敵よね。同じ女性として憧れるわ。きっと意中の男性もメロメロになって、そのヒロイン以外、目に入らなくなるでしょうね」
ピクピク。
今度は璃菜ジュリエットの耳が反応する。
「ウチも超そう思う! 一緒に強くなるカップルってマジ無敵じゃん!」
水島のとどめが入り、巨鬼の右手に捕まっていた璃菜の髪の毛が見事な赤色に戻る。
「今がチャンスじゃん!」
「瀬能君、ビシっと一発決めて!」
二人に応援され、俺は腹の底から声を出す。
「璃菜! 俺はやっぱりジュリエットじゃなくて、璃菜が大好きだ!」
「亮太!」
瞳を輝かせた璃菜が、両手を縛っていた鎖もろとも巨鬼の拘束を吹き飛ばす。
「グオオ!? ジュ、ジュリエット!?」
「もうその名前はいらない。だってダーリンが、そのままのアタシが大好きだって言ってくれたから!」
「あ、なんかレベルアップしたっぽい。ヤバイ方向にだけど」
「今後はさらに束縛が激しくなるわね。ご愁傷様」
二人して拝まないでほしいんだけど。そもそも俺は本当に璃菜が好きだし。
……ちょっと不安はあるけど。
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