第37話 助けてー、ロミオー
「本物のアホがいんだけど……」
「さすがにこればかりは弁護できないわね……」
やめて! 冷めた目で俺を見ないで!
「ククク! 愚か者め! 死んでしまえ!」
両目に尋常じゃない輝きを宿した父親が右手を上げると、それを合図に床からニュッと複数の鬼が出現した。
影が立体化したみたいに真っ黒で、目や口さえもわからない。なのに実体はあるようで、接近を許す俺の耳には重い足音が飛び込んでくる。
「亮太に手を出すな!」
持っていた木刀を一閃。赤髪に戻った璃菜が次々に影鬼を薙ぎ倒す、さすがは俺たちが逃げ回っている間、ひたすら湧き続ける鎧鬼を倒していた猛者である。
むしろ俺が自由を取り戻す前に勝負を決めかねない勢いで、父親が顔面を蒼白にしている。
「ま、待て、ジュリエット! まさか実の父親をその手にかけるつもりか!?」
「これも愛ゆえにです。お許しください、お父様」
意外に感化されやすい璃菜ジュリエットがまた金髪に変わる。俺の窮地に鍛え抜かれた力を発揮してくれたが、やはり彼女の根っこはお姫様気質なのだろう。
それを理解したのは俺たちだけではないようで、父親がそうだと言わんばかりに手を打った。
「ジュリエットよ! これはお前の夫になる男への試練なのだ!」
「……試練?」
ヤバイ。刺激的なキーワードが、彼女の心を揺さぶったらしい。
九死に一生を得た父親は、最後の機会とばかりに言葉を並べる。
「お前を守れる真の男か確かめるのだ。それに見たくはないか? 例えば捕らわれのお前のために、傷つきながらも必死で戦うロミオの姿を!」
「……(ぽっ)」
想像してしまったらしいジュリエットが、頬を乙女なピンクに染める。
これ、アカンやつや。
「助けて、ロミオおおお」
こいこいされたジュリエットは、ほいほい父親の元へ行き、両手を鎖で縛られ、悲劇のヒロインになりきって何度も叫んだ。
もう帰りたい。その瞬間、鎖を引き千切った璃菜に半殺しにされるだろうけど。
「フ、フハハ! すべて計算通りだ!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃない!」
ムキになった父親が、影鬼に俺を倒せと命じる。
「頼みのジュリエットはこちらの手に落ちた! 貴様一人では何もできまい! 鬼たちの餌食になるとよいわ!」
「あっ、ちょっと待って。せめて刀が抜けるまで待って! ちくしょおおお! 誰か石鹸持ってきてえええ!」
うんせうんせと刀を抜こうとして失敗する俺に、影鬼が殺到する。
「まったく、世話が焼けるんですけど!」
シャキーンと伸びた爪を輝かせる変態犬こと水島が、華麗に影鬼たちを斬り刻む。
「ウチを舐めないでよ。どこをどうすれば苦痛を与えられるかなんて熟知してるし!」
瞬く間に敵の急所を見つけ出し、一撃のもとに消滅させていく。腕力で押しまくる璃菜とは違うが、水島もかなり強い。
「お前、こんなに強かったのかよ!」
「超余裕。相手を気弱なヲタクがイキってるだけって思えば怖くないし」
お前、全国のヲタクさんに謝れ。俺だってそのうちの一人に入る可能性があるんだから。
「想いが力になる。すなわちそれは想像力の強さが勝敗に直結するということ。常日頃から官能小説で鍛えてきた私に死角はないわ」
ドヤ顔で影鬼の背後に忍び寄っては……あの人、どこに手を突っ込んでんだ?
あ、標的にされた鬼が腰砕けになって消滅した。
……マジで何やったんだよ。聞きたくないけど。
戦力外と思われていた二人というか二匹の活躍に、俺よりも父親が目を剥いた。
「そ、そんなバカな……! これではジュリエットを救おうとするロミオの恰好良いところが見られないではないか!」
チラチラとジュリエットを見る父親。
璃菜ジュリエットは数秒ほど思案後、鬼も裸足で逃げ出すような殺気全開で二匹を睨んだ。
「マジ無理。ウチらはここまでっぽい」
「後は瀬能君に託すわ」
「ああ、うん。まったく感動できないけど、とりあえずそうするわ」
逆の立場なら俺もすごすごと引き下がっただろうから、何も言えない。
テンションも下がって小さくなった刀が天井から抜ける。丁度良い大きさだ。
逆に元気一杯なのは父親である。
「フッ、ついに追い詰められたな泥棒ロミオよ!」
「……」
「恐ろしくて言葉もないか! だが見ろ! ジュリエットも我が手に取り戻した今、貴様に勝ち目などない!」
「助けてー、ロミオー!」
迫真の演技というか、璃菜は完全にジュリエットになりきっている。楽しそうですね。
「だがワシも鬼ではない」
「兵を鬼にしておいて?」
上手く切り返したつもりが、何故か周囲がシンとする。
あれ? なんかスベったみたいな空気になってない?
「助けてー、ロミオー!」
「そっからやり直し!? まさかの黒歴史になんの!?」
「もはや遊びはこれまで! ワシの本気を見せてくれる!」
おい。さっきの鬼じゃないとか言ってた流れはどこ行った。
グダグダな展開から、真の姿を現すべく、父親の肉体が盛り上がる。
「こ、これは――!」
俺だけではなく、エロ猿にマゾ犬、さらには捕らわれのジュリエットまでもが驚愕する。
「鬼じゃねえかあああ!」
案の定というべきか。父親が変化したのは巨大な鬼だった。
「壮絶なコントね」
半目の白河さんがぽつりと呟いた。コントじゃないです。
「グハハハ! ロミオ! 貴様には我が妻と娘をたぶらかした罪を償ってもらう!」
棍棒のような腕が床に叩きつけられる。
慌てて回避した直後、直前まで俺の立っていた場所に大きな穴が開いていた。
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