第31話 お前……何言ってんの?
俺のパーカーをあらゆる液体まみれにして、ようやく自称天使は落ち着きを取り戻していた。
「その割には前と言葉遣いが変わってないか?」
「あれは余所行き用だったんだよ。ちゃんとしてないと神様に怒られるしね」
「……神様って本当にいるんだな」
何を今さらみたいな目で睨まれた。天使がいたんだから、神様も存在して当然か。
「で、その神様が何で怒ってるんだ?」
むしろ人間の願いを叶えて幸せにしたのなら、褒められてもよさそうなものだが。
俺の率直な疑問に対し、天使は露骨に目を泳がせる。どうやら嘘のつけない性格らしい。
「もしかして……お前がお仕置きされてるだけじゃないのか?」
ギクリと。
それはもうわかりやすいくらいにギクリと。天使は細い身体を震わせた。
まあ結果的に願いは叶ったが、あんな無茶苦茶な方法じゃ、叱られもするわな。
「違うのおおお!」
全力で頭を振った天使が、縋るように俺のシャツを引っ張る。
「私は悪くない! だって! 本が反逆するなんてありえないよね!」
なんかとんでもないこと言い出したぞ、コイツ。
「おい、待て。本が反逆って何のことだ」
「そのままの意味だよ。好き勝手に遊んでたら、いい加減にしろって怒ったのおおお」
「本が?」
「本が!」
目を閉じ、眉間を押さえ、深い呼吸を一回、二回。
「お前……何言ってんの?」
「不審者を見るような目つきはやめてえええ!」
号泣天使再び。傍から見てると面白いかもしれないが、当事者になるとちょっとウザい。
「解決するまで帰れないの! なのに神様はわたしの力を没収したのよ! 無理矢理解決するんじゃなくて、誠心誠意話し合えって幾らなんでも横暴よね! 君もそう思うよね!?」
「全面的に神様が正しいだろ」
「何でっ!?」
ガガーンと天使がショックを受ける。
「そもそも、人間の願いを叶えるために、絵本の世界を利用する理由って何だったんだ?」
「……ノリ?」
ああ、コイツ、アホの子だ。神様も苦労してるんだろうなあ。
「だ、だって、叶えていい願いかどうか選別して、日頃の行いをチェックして、その上で間接的に手助けするなんて面白くないよね! 暇だよね!」
腕をぶんぶん振って力説するが、微塵も理解できない。
「いいから、さっさと絵本に謝れよ。それで解決するんだろ?」
「謝ったけど、許してくれないの! 連中、わたしが力を失ってるのを知るなり、力ずくでやってみな、さもないと結末を変えてやるって調子こき始めやがったのよおおお」
完全にこじれてんじゃねえか。よっぽど本はコイツにストレス溜めてたんだな。
「だっていうのに神様は力を戻してくれないし、あの眼鏡女は警察呼ぼうとするし、暴力女は家にいないし!」
ぶちぶちと恨み言を並べる天使。眼鏡女は白河さんで、暴力女は璃菜か。
まあ璃菜の場合は学校以外は俺と一緒だからな。なかなか会えなくて当然だ。
「あの犬と君は戦力外だから途方に暮れかけたけど、頭のいいわたしは気付いたの。君が役立たずでも、彼女になった暴力女が一緒ならなんとかなるって!」
「大きなお世話だよ、この野郎! そこまで言っといて、俺が助けてやると思うなよ!」
「どうしてよ!? あ、わかった! 見返りが欲しいんだね。彼女が欲しいって願ってたくらいだし、飢えてるんでしょ」
「おい!? ちょ! おいっ!」
無邪気な笑みを顔に張りつけた天使が、いきなり服を脱ぎだした。
ブラジャーを知らない白乳がブルンとまろび出る。
俺は慌てて天使から目を逸らし、
「は、早く服を着ろ! やめろ! こっちに寄ってくんな!」
全力で制止するが、奴は気にも留めない。
「我慢は体に毒だよ。協力してくれたら、何でもしてあげるから、ね?」
「ね? じゃねえんだよ! ズボンを脱ぐな!」
躊躇なくホットパンツまで脱ぎ捨てた天使は、まさに生まれたままの姿になる。
四つん這いで寄ってくる女体に視線が吸い寄せられ、俺は叫んだ。
「いい加減にしろ! テンプレ通りの展開になったらどうするつもりだ!」
――ピンポーン。
全身の血の気が一斉に引いた。なんという絶妙なタイミング。
恐る恐るドアホンで応答すると、外には学校帰りの璃菜が立っていた。
「ちょ、ちょっと待って! 今、風呂に入っててさ!」
「そ、そうなのか? なら、アタシが背中を流してやろうか? ……なんて」
ぽっと頬を赤らめて俯く恋人カワイイ。
じゃねえよ! どうすんだよ、この窮地!
「さっさと服を着ろよ、誤解されるだろうが!」
「だったら協力してよ。さもないと、乱暴されたって言っちゃうかも」
「嬉しそうに脅迫すんな! お前、本当に天使なのか!? 悪魔の間違いだろ!」
「えー、酷いなあ。私のおかげで可愛い彼女ができたのに」
「それとこれとは――」
床に転がっていたシャツを全裸天使に投げつけようとして、俺は大きな過ちに気付く。
テンパるあまり、受話ボタンを押しっぱなしだった。
「……亮太? 服を着ろとか何とか聞こえたけど?」
「ひ、独り言だよ、独り言!」
「後ろで女の声が聞こえたけど?」
「テ、テレビじゃないかなー?」
「……」
「……」
数秒の沈黙後、ドアノブが回る音がした。
「しまっ……! 鍵かけ忘れてた!」
玄関前で大騒ぎしてくれた天使にとにかく事情を聞きたくて、朝と同じミスをしてしまった。あの時は水島や白河さんに呆れられただけだが、今回は――。
「……亮太」
まさに鬼の化身がそこにいた。
見下ろす目は業火のごとく怒りで燃え盛り、特徴的な赤髪が火花のごとくぶわりと舞い散る。
「こ、これは……その……落ち着いて聞いてくれ」
「彼が頼みを聞いてほしければ、身体でお願いしろって言うから実行中なの」
「おま――っ!? ち、違っ!」
両手を突き出して、必死で弁解するも、怒髪で天を衝いている恋人はとても怖い笑顔で「へえ、そうなのか」と頷くばかり。ちっとも信用してくれてねえ!
テンプレが続くなら、怒るよりも泣きながら外へ出て行って、たまたま通りかかったレズ教師に慰められて、身も心も捧げそうになりかねない。それだけは阻止しなければ!
「璃菜! 俺の話を聞いてくれ!」
「わかってるよ、亮太」
聖母のような微笑みを浮かべる璃菜。予想外の反応だ。もしかして色々な経験を経たことにより、彼女も大人になったのだろうか。
「話は地獄でゆっくり聞くから」
璃菜は真顔だった。
「まずはそこの泥棒猫の息の根を止めないとな。次に亮太だ。心配しなくても、アタシもすぐに後を追うよ」
璃菜は本気だった。
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