第30話 バカップルにはお似合いでしょ
「はい、あ~ん」
「あーん」
差し出された卵焼きを頬張り、満面の笑みで「美味い」と伝える。
「良かった……次はウインナーにするか?」
目の前で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは一昨日、目出度く正式な恋人同士になった璃菜だ。俺が停学になったのは自分のせいだと言い張り、こうして朝と放課後には毎日家に寄ってくれる。
俺に恋人なんてものができると思ってなかった両親は紹介されるなり大喜びで、すでに実の娘みたいに可愛がっている。
間抜けな理由で停学になった息子の世話もしてくれるため、共働きの両親はお若い二人に任せてなどとのたまい、すでに出勤済みだ。親としてそれでいいのか。まあ、有難いんだけど。
食べ終わったというか、食べさせてもらったというか、そんな朝食を終えると、持参したエプロンをつけて璃菜が食器を洗う。
毎回俺も手伝うと言うのだが、アタシの幸せを取るなと却下される。可愛い。
それに制服にエプロンというのもグッとくる。実にたまりません。
「あ、こら、もうちょっとだから、大人しく待ってろって、もう……」
背後から抱きついた俺を牽制しながらも、嬉しそうに璃菜がはにかむ。
「……」
「な、何だよ、いきなり黙って。アタシ、変なこと言ったか?」
「……女神がいる」
「え? な? な……! りょ、亮太のバカ……」
「俺がバカになったのは、璃菜の魅力のせいだ」
「亮太あ……」
振り返った璃菜と唇を重ねようとして、
「朝っぱらからいい加減にしろっつーの」
不機嫌というか、呆れ果てた女の声に邪魔された。
「餌なら後でやるから、ちょっとあっちに行ってな」
「飼い犬を追っ払うようにすんな!」
腕を下ろし、顔だけを突き出すポーズで抗議してきたのは水島だった。
「おい、楓。何でお前が亮太の家にいるんだ?」
「ちょ……! 本気で怒んないでよ、璃菜! 邪魔されたくなかったら、玄関の鍵くらいかけときなさいよ!」
桃太郎やロミオとジュリエットに続き、グラウンドでの一件もあって、白河さんも含めて三人は名前で呼び合う関係になっていた。ちなみに俺は以前のままだ。あの二人を楓や沙織なんて呼んだ日には、隣から浴びせられる視線で全身が焼け崩れかねないしな。
「瀬能君とイチャイチャしすぎて、貴女がまた遅刻しないように迎えに来たのよ」
水島から遅れること少し、瀬能家のリビングに白河さんもひょっこりと顔を出した。
「沙織の心配、大当たりじゃん。放課後になればまた会えんだから、その時にゆっくりイチャイチャでもチョメチョメでもすればいいでしょ」
「チョメチョメって、お前はいつ時代の人間だよ」
「うるさいわね! バカップルにはお似合いでしょ」
「そんなに褒めるなよ」
「褒めてないし!」
水島曰く、俺と璃菜はすっかり全校生徒からバカップル認定されてるらしい。
加えて恐ろしい不良と思われていた璃菜が、すっかり乙女な一面を見せ始めているので、人気急上昇中だという。今更魅力に気付いても遅いけどな。もう俺の女だし!
「ところで、新堂先生はどうしてんだ?」
「表面上はこれまでと変わりないわ。ただ……璃菜さんを諦めたとも思えないわね」
白河さんの説明に、げんなりする。
自白してもらわなくても、あの性悪女教師がレズだったのは明らかだ。白河さんが調べたところによると、前の学校では放課後や休日のたびに熱心に指導する女生徒がいたらしい。周囲は教育熱心な良い先生と思っていたみたいだが、実際は何をしていたかなんて考えたくもない。
「アタシなら大丈夫さ、言い寄ってきても、こっぴどく振ってやる」
俺の手をギュッと握り、胸にくる台詞を言ってくれる璃菜。
「璃菜……」
「亮太……」
「だーかーら! 学校が始まるっつってんでしょうがあああ」
名残惜しそうにしながらも、ズルズルと璃菜は水島に引きずられていく。
ため息をついた白河さんが追いかけ、停学中の俺は三人を玄関で見送る。
「放課後、また来るからな」
笑顔の璃菜に手を振り、俺は手に入れた幸せを噛み締める。
ドンドンドン!
ノックというより、殴るような音だった。
「璃菜……のわけないか。誰だ?」
昼休みにはまだ少し早い。水島や白河さんでもないだろう。
玄関にある父親のゴルフバッグからドライバーを取り出し、俺はドア向こうの誰かに聞く。
「どちら様ですか?」
「わだじよおおお」
めっちゃ号泣してる。女の人っぽいけど、そのせいで年齢の予測もつかない。
「……オレオレ詐欺なら無駄ですよ?」
「あげでよおおお」
ドアが乱打される。これはもうおまわりさん案件ではないだろうか。
スマホに110番を打ち込んだところで、俺の指が止まった。
「ねがいごどをがなえであげだじゃないいい」
「願い事?」
「彼女でぎだでじょおおお。わだじのおがげでえええ」
警察でよほど辛い目にあったのか、ドアを爪で引っ掻き始めた何者かがとうとうズルズルと崩れ落ちる音がした。
「そのぜいで、でんがいをおいだざれぢゃっだのおおお」
盛大に泣いてるせいでダミ声だが、なんとなく言ってる内容は理解できた。ドアの前にいる誰かは俺に彼女ができたのを知ってて、てんかいというところから追い出されたらしい。
……よし。聞かなかったことにしよう。
男らしく決意した俺はドアに背を向け、入力されたままの110へ発信しようとする。
「あなだにみずでられだら、いぎでいげないいい」
「おいっ! ご近所さんに誤解されるようなこと言うな!」
何だか外に人が集まってきてるような気配がするし!
だが奴は俺が焦りだしてるとわかると、さらに大きく泣き出した。
「なんでもじでいいがらあああ! わだじをずでないでえええ!」
「わかった! とりあえず中に入ってくれ!」
大慌てで玄関へ引き込んだ瞬間、俺は絶句した。
「……誰?」
てっきり球体天使だと思ってたんだが、そこにいたのは俺と同い年くらいの少女だった。
ピンクのショートカットで肌は雪のように白く、蛍光灯が反射するほどすべやかだ。手足もすらりと伸び、タンクトップにホットパンツという恰好は健康的というよりもエロい。
「わだじだっでばあああ」
相変わらず号泣中の女が、鼻水まで垂らした凄惨な顔を俺の腹に引っ付ける。お気に入りのパーカーだったのに――あっ! コイツ、鼻かみやがった!
「だああ! もう泣くな!」脱いだパーカーを相手の顔面に押しつけつつ、念押し気味に聞く。「……お前は本当にあの天使なんだな?」
「そうだって言ってるよね! まだ信じてないのかな!?」
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