第27話 男なんて信じるに値しません
「……意外とヒロイン体質だったりするからな。その割には俺が強い男になってると思い込んで、近隣高校の不良に殴り込みをかけたりもするけど」
「……状況が理解できていないみたいね」
危機感のない俺を白河さんが横目で睨む。
「桃太郎の時もそうだったけど、こちらの世界で経験したことは元の世界にも反映される可能性が高いわ。これまでは大きな問題なく本性を隠せていた水島さんも、最近では怪しくなりつつある。かくいう私も学校でムラムラするようになったわ。これまではなかったのに」
「そ、そうなのか?」
「気付かないだけで、瀬能君にも変化の兆しがあるのではない? 例えば自分でヘタレだと言っていたわりに、桃太郎世界での経験を経て、不良少女の窮地にも臆さず飛び込めるようになったとかね」
「……っ!」
記憶が時を遡るにつれて、彼女の指摘がストンと胸に落ちてくる。桃太郎世界では鬼と戦う際に足が竦んで動けなかったのに、現実世界では勇気を振り絞れた。
それだけじゃない。あまり女子と会話できなかった俺が、水島相手でも怯んだりせずに喋れるようになった。九鬼さんとの一件があったからだとばかり思ってたけど、この世界の影響が及んでるとしたら……。
「確かに厄介だ。でも経験という意味じゃ、現実世界でも変わらないんじゃないのか?」
「……一つ聞いていい? 現実世界でどんな経験をすれば、瀬能君は不良の集団に突撃できるほど心を強くできたと思う?」
すぐには答えを見つけられない質問で、ようやく俺は白河さんの言いたいことを理解した。
「つまり、こっちでの経験値は現実よりも大きいってことか」
「肉体的に大きな変化はないから、主に精神に作用するのではないかしら」
「俺たちの精神に干渉してこの世界を作ってるから、とか? ゲームじゃあるまいし」
俺が自嘲していると、真面目な顔つきで白河さんが頷いた。
「ありえるわ。この状況を引き起こしているのは、相手の言葉を信じれば天使なのですもの」
「さっきから、コソコソと何を話してるんだ? アタシの前でイチャつきやがって……!」
揺らめく炎のごとく、赤髪が舞い上がる。威圧感も含めて、まるでゲームのボスキャラだ。
「思えば最初から変だったんだ。あんなに優しかった彼が、アタシ以外の女に鼻の下を伸ばして……きっとアタシをもてあそんで捨てるつもりだったんだろ!」
「そうです。男なんて信じるに値しません。ジュリエット……いいえ、九鬼璃菜さん。貴女に相応しい相手は他にいます。例えば年上なんていいかもしれません。優しく包んでくれますし。ですが男はいやらしい目でしか見ようとしません」
背後から抱き着き、母親は璃菜の耳に息を吹きかける。
「璃菜さんには母親のように見守る海のような相手が相応しいと思います。何も男にこだわる必要はありません。そうは思いませんか?」
髪の毛を撫で、頬擦りをして、するすると胸元に手を伸ばす。
魅入られたように立ち尽くす璃菜に、その手を拒もうとする気配はない。
「……瀬能君、このままでいいの?」
璃菜から目を離せない俺に、静かな声で白河さんが問うた。
「パートナーを変えるという選択肢もあるわ。すべては瀬能君次第よ。仮に九鬼さんと離れる決断をしても責めはしないわ。私にもチャンスができるもの。けれど、性分的に満足できそうにないわね。愛する女のいる男を誘惑する展開にゾクゾクしてしまうもの」
緊張で渇ききっていた口が無意識に「ハッ」と笑い声を押し出した。
「処女なのに、どこまでも白河さんはビッチだな」
「それが私の魅力なのよ。ギャップにクラクラするでしょ?」
「クラクラしすぎて、腰を抜かしそうだ」
靴底で土を踏みしめ、強い気持ちを胸に俺は璃菜を見据える。
「俺は璃菜が大好きだ! その気持ちまで勝手に否定してくれるなよ!」
大声で叫ぶと、スイッチが入ったように璃菜の瞳に輝きが戻った。
「う、嘘だ! だって、アタシを大切にしてくれないじゃないか!」
ズキッと胸が痛む。俺がどう思っていようと、彼女がそう感じているのなら事実になる。
「俺の我儘で寂しい思いをさせたのは事実だ。でも、本当に璃菜が好きなんだ! 他の誰でもない! 璃菜がいいんだ!」
ド直球を投げ込まれた璃菜が明らかに動揺する。
ここが勝負どころだ。恥ずかしいなんて言ってられない!
「だ、だって……だって……」
信じられないと首を振る璃菜に、今度は白河さんが言葉を渡す。
「事実でしょ。今も私は、九鬼さんと別れたら付き合ってあげると言ったの。けれど瀬能君の答えはさっきの愛の告白通り。ここまでおもいきり振られると、逆に清々しいわね」
「惑わされないでください。彼らは貴女の素直な気持ちに付け込み、利用するつもりなのです。また心をもてあそばれたいのですか? 今度は肉体も好きにされてしまうかもしれませんよ」
悪魔のごとく囁くジュリエットの母親を睨みつけ、璃菜が何か言う前に俺は叫ぶ。
「俺だったら、璃菜にもてあそばれたって構わないぜ! 利用だってしてくれていい!」
「りょ、亮太……」
「不良に囲まれてたら、何度だって助けに入る。体中痣だらけになったって構うもんか! すべてを捧げても構わない! そう思える相手が初めてできたんだ。それこそが好きって気持ちだろ! 愛ってもんだろ!」
「なら、どうして彼女を悲しませたのですか?」
「……それ、は……」
「瀬能君の想いなど、その程度でしかないのです。自分を優先し、他人は二の次なのです。確かに愛とは呼べるかもしれません。ただし、瀬能君自身への、ですが」
「違う!」
「違いません。これ以上、心優しい璃菜さんを苦しませないであげてください。彼女の幸せを願うのなら、自ら身を引くのも愛ではありませんか?」
氷のような目と言葉に、たまらず一歩後退りする。
呼吸が苦しくて、胸が痛い。このままじゃ駄目だとわかってるのに、弱気の虫が顔を出す。
そんな俺の背中を支えてくれたのは白河さんだった。
「私たちは人間だもの、間違いだって犯すわ。でもね、気付いたあとでやり直すことだってできるはずよ。そうでしょ、瀬能君」
「白河さん……」
「しょぼくれた顔をしていたら、せっかくの想いも九鬼さんに届かないわよ。大丈夫、跳ね返されて傷ついたら、こうして背中を支えてあげる」
「うん……うんっ!」
「白々しいですね。そうやって他の女と親しくするから、璃菜さんは傷ついたのでしょう? ですが私は違います。彼女だけを見て、彼女だけに寄り添い、彼女だけを愛します」
璃菜に正面を向かせ、傷ついた心に母親が甘い毒を流し込もうとして――。
「口では色々言ってたけど、やっぱ、ただのレズじゃん」
「――っ!? は、離してください! 貴女は張りつけられていたはずでは!?」
暴れながらも驚愕する母親を取り押さえたのは、なんと水島だった。
「甘く見ないで。常日頃、どんな縛られ方がいいか身を以て研究してるウチに、あの程度の捕縛が通用するわけないじゃん」
お前、ドヤ顔で何言ってんの!? 槍持ってる兵士までドン引きしてるじゃねえか!
変な空気になったのに気づいたのか、周りを見渡した水島が赤面する。
「な、何してんのよ! ウチが邪魔者を押さえてあげてんだから、今のうちに九鬼の目を覚まさせなって! このレズ女に奪われちゃってもいいわけ!?」
「いいわけないだろ! 璃菜、俺の話を聞いてくれ!」
「聞きたくないって言っただろ!」
ヒステリックに叫ぶと、璃菜は急にファイティングポーズを取った。
「どうしてもってんなら、アタシとタイマンしろ!」
「……何で?」
「亮太の想いが本物なら、アタシにだって勝てるはずだ!」
「そんな無茶な!」
「問答無用!」
迫りくる拳。泣き叫ぶ最愛の女性。混乱する頭。
何がなんだかわからないうちに顔面に衝撃が走り、俺の肉体は宙を舞っていた。
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