第26話 ロミオを八つ裂きにしろ!
「逃がすな! 追え! ロミオを八つ裂きにしろ!」
父親の号令で、ぞろぞろと兵士が走ってくる。全員、目が血走ってて怖えよ!
「まったく……黙って見ていれば、こんな状況になるなんてね」
追手の先頭に立っていた女騎士が回れ右をすると、持っていたレイピアを真横に一閃した。
必然的に二列になっていた先頭の兵士が転ぶと、足場の悪さから踏み越えることもできずに、後続が立ち往生する。
「え? え?」
「何をボーっとしているの。この隙に逃げるのよ。またあの天使の力でしょうから、死ぬことはないと思うけど、万が一ということもあるわ」
「その喋り方……もしかして白河さん!?」
「白河さん?」
裏返りかけた俺の叫びに、母親が耳をピクっとさせた。
その母親を一秒ほど凝視してから、彼女はフッと小さく笑った。
「それは仮の名よ。今は近衛隊長をしているわ。私の身体に魅入られて、夜な夜な悶々としている部下たちを誘惑するのが日課……という設定よ」
自分で設定とか言っちゃったよ。この人もこの人でノリノリだな。
俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、白河さんは楽しそうにウインクする。
「せっかくの機会だもの。楽しんだ方がいいわよ」
「それどころじゃないって! 璃菜の激怒っぷりを見たろ!」
「赤毛のジュリエットっていうのも新しいわよね。ヒロインの母親と逃避行をするロミオも斬新だけど」
「好きでこうなったんじゃない! この人がろくでもないことばっかりするから!」
俺に睨みつけられたジュリエットの母親は、申し訳なさそうにもせず言い放つ。
「ほんの悪戯心だったのです。笑い話にするつもりが、まさかわたくしに横恋慕していたとは……想定外でした」
「だから誤解だっつってんだろ!」
話が通じねえ! くそっ、これからどうすりゃいいんだ。
白河さん扮する近衛隊長のおかげで追手はまけたが、土地勘もない森の中では闇雲に動いても迷うだけだ。
「ボスを倒すという意味なら、ロミオとジュリエットが結ばれればクリアじゃないかしら」
「なるほど。じゃあ桃太郎でいう鬼の役がジュリエットの両親か」
考えてみれば、最初から邪魔するように動いてたような気もするな。
「この世界への案内人に聞ければ早いのだけど、姿を見せようとはしないわね」
「またエンディングまで出てこないつもりなんだろ」
言ってから俺はため息をつく。今の問題は天使よりも怒れるジュリエットだ。
「そんなに心配しなくてもいいわよ。今頃は彼女が説得をしてくれているはずだから」
「彼女ってまさか……」
白河さんが目を細めて頷く。彼女がこっちの世界にいたのでもしかしたらと思ったが、どうやらアイツも来ているらしい。
「彼女はジュリエット付きの侍女になっていたわ。子供の頃からメイドになりたかったらしくて、こっちが驚くくらいはしゃいでいたわね」
「将来の夢がメイドなら、就職先はメイドカフェだな」
「あくまで本物に憧れていたらしいわよ。メイドカフェだと失敗しても凄惨なお仕置きはしてもらえないからって言っていたわ」
「相変わらずの変態ぶりで安心したわ」
現実ではギャルな自分を演じなきゃいけないから、しがらみのない世界にくると欲望全開ではっちゃけちゃうんだろうな。
「予想外の展開ばかりで慌てたけど、何とかなりそうだな」
果報は寝て待てとばかりに草原へ転がる。空には満点の星が輝き、威勢よく掲げられた無数の旗がなびいている。
……無数の旗?
「瀬能君、あれを見て!」
上半身を起こすと同時に、白河さんが指差した方を見る。
そこには罪人みたいに、下着姿の黒髪メイドが一本の棒にくくりつけられていた。
「まさか……」
「ええ、メイドになっていた水島さんよ」
「説得に失敗したのか!?」
近衛騎士と思われる鎧を着こんだ連中が轡を並べて前進し、奥には神輿みたいに兵たちに担がれて仁王立ちするジュリエットがいた。
「みぃ~つけたぁ~」
ひいい! 怖い! 怖すぎるううう!
逃げようとした矢先に母親が転び、見捨てられないままに囲まれてしまう。
「茂みの中で何してたんだ? 逢引か? 愛を囁き合ったのか? アタシのことを好きだって言ってたくせに? 全部嘘だったのか?」
光を失って淀んだ瞳に見据えられ、息苦しさから身動きもできなくなる。
誤解がまったく解けてねえ。呼吸を荒くしながら張りつけの水島を見る。
「ごめんなさい。途中までは真面目に説得してたんだけど、あの目で見つめられるうちに、お仕置きされたらどうなるんだろうって思っちゃって、ついつい昔からロミオは奥様と逢瀬を楽しんでて、今夜の逃走も手伝っちゃいましたって白状しちゃったの」
「しちゃったの、じゃねえだろうがあああ!」
説得どころか嘘の証言をして、火に油を注いでるじゃねえかよおおお!
「大丈夫です。ここはわたくしに任せてください」
兵士に槍を突きつけられながらも、母親は自信満々に娘と対峙する。
「男なんて所詮はこの程度です。どんなに女が愛を捧げても、身勝手な理由で他の女になびきます。性欲に支配された心なき獣、それこそが男なのです!」
言い切ってジュリエットを胸に抱く母親。赤髪を優しく撫で、諭すように言葉を継ぐ。
「男に期待してはいけません。女同士の気軽さも、心地良さも与えてくれないのですから。貴女も、もうわかっているはずです」
「……」
「あんな男のことなど忘れてしまいなさい。そして貴女は本物の幸せを見つけるのです。それが同じ女性であるこの母の、命を懸けた最後の教えです」
「お、お母様……」
ひしっとジュリエットが母親の背中に手を回した。
演出された感動的なシーンに、妻の浮気に怒り狂っていたはずの父親まで涙ぐんでいる。
何だこれ。
呆然とする俺の隣で、白河さんが小さく舌打ちする。
「いけないわ。九鬼さんが状況に流されてしまっている」
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