第25話 ジュ、ジュリエット?
日中だったのが夜に変わり、目の前には大きな城がある。俺は草むらからそれを見上げてるわけだが、何が何やらさっぱりわからない。
唐突に現れて、唐突に姿を消した天使の仕業だけに、桃太郎同様現実とは違う世界なのは予測がつくが……もしかして、また御伽噺の中なのだろうか。
ガチャリ。
恐る恐るといった感じで窓を開けて、バルコニーに人が現れた。
「……璃菜!?」
白いドレスを身に纏い、髪が金色に変わっている彼女はまさしくお姫様だった。
お姫様が出てくる御伽噺? いや、ひょっとして童話とかか? 白雪姫? シンデレラ? ドレスだから輝夜姫じゃないよな。
混乱する俺がボケーっと突っ立っていると、不意に彼女と目が合った。
パチクリと睫毛を交差させたあと、ドレス姿の璃菜は何かに気付いたように目を見開き、その後すぐに嬉しそうに胸の前で手を合わせた。
満点の星空をバックに両手を広げ、大地に立つ俺へうっとりと告げる。
「ああ、ロミオ。私に会いに来てくれたのですね!」
ロミオ!? じゃあ、ここはロミオとジュリエットの世界!? 道理でまったく覚えがないわけだ。俺、読んだことないし。つーかジュリエットってお姫様だったっけ?
戸惑う俺とは対照的に、呼称まで変えてノリノリな璃菜はどんどん言葉を紡いでいく。そういえば桃太郎の世界でも幼女のキジになりきってたな。演じるのが好きなんだろうか。
「私も貴方を愛しています! ですが二人は決して結ばれない運命なのです!」
うるるっと瞳を濡らす璃菜ことジュリエット。迫真の演技だ。知識がないから、本当にこんな台詞があったかどうかもわかんないけど。
とはいえ桃太郎の世界でも物語通りに行動しなければならないといった縛りはなかった。ジュリエットになりきっている璃菜も、好きなようにアレンジを加えてるのかもしれない。
「家にいる限り、私たちは一緒になれません! ですが私は貴方と一緒にいたい!」
突き刺さるような視線が早く攫ってと要求してくる。最早これは懇願ではなく強制だ。
「な、なら、一緒に家を出よう! 俺も璃菜と一緒にいたいから!」
パアっと顔を輝かせたあとで、何故かプイっとそっぽを向いてしまう璃菜。心からの感情をぶつけたつもりだが、何がお気に召さなかったというのか。
「もしかして……」
自分から視線を外しておきながら、物言いたげにチラ見してくるのは璃菜ではなくジュリエット。そしていつの間にか中世の貴族みたいな衣装を着ている俺はロミオだ。
「ジュ、ジュリエット? 今宵は君を奪いに来た。僕と一緒に家という縛りから抜け出そう」
これで合ってるかはまったく自信がない。雰囲気に合わせて僕とか言ってみたけど、これってかなり恥ずかしいな。璃菜は――うわ、引くぐらい喜んでる。
そういや前にロミオとジュリエットが好きみたいなことを言ってたな。
「ロミオに覚悟があるのなら、私は喜んで従います! どこまでも一緒に行きましょう!」
ご都合主義よろしく、ジュリエットの台詞に合わせて、ご丁寧にバルコニーへと続く光の階段が出現した。どう考えても本来の話にあるわけないので、あの天使の演出に違いない。
「高っ! 風もあるし、サーカスで綱渡りでもしてる気分だな」
バルコニーへ近づくにつれて高度が上がっていくので、なるべく下を見ないようにしてるが怖いものは怖い。一段一段が大人二人が並べる程度の大きさしかないし。
途中まで来たら引き返すのも難しいし、一気に渡り切った方がいい。決断を下した俺は目を瞑って全力で走った。
きっとジュリエットを連れて逃げれば、現実へ戻れるはずだ。バルコニーへ着くなり目を開けて、差し出されていた手を力強く掴む。
……あれ? どうして手が余ってるんだ?
目を瞬かせ、二本ある右手の正体を確かめるべく顔を上げる。
「ロ、ロミオ……これは一体……?」
右手を差し出したまま、屈辱と怒りに肩を震わせるジュリエット。
その隣には俺としっかり手を繋ぎ合った年上の女性が立っていた。頬を赤らめ、どうしようとばかりにジュリエットを横目で見てから、おずおずと左手を俺の手に重ねた。
「まさかロミオの想い人が、ジュリエットの母であるわたくしだったなんて……このような運命の悪戯があってよいのでしょうか」
「は? え? あっ! くっ! て、手が解けない!」
両手でガッチリホールドされてるせいで逃れられない俺の胸板に、ジュリエットの母親はそっと頬を寄せてきた。
「こうなっては仕方ありません。わたくしも覚悟を決めましょう。ロミオ……すべてを捨てて貴方と一緒になりましょう!」
何言っちゃってんの、この人!? 読んだことないけど、さすがにわかる! 本物のロミオとジュリエットにこんな展開ないよね!?
あわあわとしながらジュリエットを見ると――。
――怒りで髪の色が本来の赤に戻っていた。
「ロミオぉ……やはり……やはり……ババ専だったんだなあああ!」
「違うんだあああ!」
直前まで目を瞑ってたから、わからなかっただけなんだよ! っていうか、何でジュリエットの母親まで一緒に手を出してたんだよ!
「これでわかったでしょう、ジュリエット。お前はロミオに遊ばれていただけなのです。何故なら、この母こそが彼の真なる想い人だったのですから!」
話をややこしくしないで、お母さあああん!
このままじゃ本気でマズい! なんとか璃菜の誤解を解かないと!
母親を懸命に振り解き、ジュリエットに近づこうとした瞬間、今度は奥から身なりの良い中年男性が現れた。
「おのれ、ロミオ! ワシの妻をたぶらかすとは絶対に許せぬ! この罪、貴様の命で償ってもらうぞ!」
もしかしてお父さん!? 鈍く輝くレイピアが俺の鼻に突きつけられる。本気だ、この人!
命の危険を察した俺が両手を上げるより先に、母親が気丈に前へ進み出た。
「やれるもなら、やってごらんなさい! 愛とは命そのものです! わたくしへの熱い想いを抱いたロミオが、あなたごときの剣に倒れたりするものですか!」
「ならアタシが粉々にしてやる。生きて帰れると思うなよ?」
完全に悪役と化した赤髪のジュリエットの拳が、俺の額を掠めていった。
前髪がふわりと舞い、あまりの恐ろしさに泣きそうになる。
「お、落ち着い――」
「さあ、ロミオ! 早くわたくしを連れて逃げるのです!」
言葉とは裏腹に、母親が俺の手を掴んで猛然とダッシュする。
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