第24話 別れ話なんて聞きたくない!

 思うところはあるが、璃菜の住所を手に入れられたのもコイツのおかげだ。恩返しってわけじゃないが、話を合わせて素直に頭を下げた。


「わかればいいし!」


 怒りで肩を揺らす水島だが、その前に俺を申し訳なさそうに見て、口パクでごめんと謝った。仲間の目を意識して、俺に冷たく当たるなら貫けばいいのに。


「根はいい奴なのにな。何でギャルになったんだ?」


 まあ、いいか。そんなことより、まずは璃菜と仲直りしなきゃな。


 璃菜の住居は市内にあるマンションの505号室だった。


 マンションんというより団地に近い造りで六階まである。エレベーターも設置されていて、比較的新しいのが汚れの少ない内装からもわかる。


「き、緊張するな……」


 彼女に謝りたくてここまで来たが、考えてみれば女性の家を訪ねるなんて初めての経験だ。


 脚が震えて、胃も痛い。不安で泣きそうだが、璃菜に振られるよりはずっといい。


 覚悟を決めてインターホンを押す。


 反応はない。


 もう一度、押す。


 やはり反応はなかった。


 どっと汗をかいた俺は、俯いて「はーっ」と息を吐いた。


「まさかの留守かよ……」


 居留守の可能性も考えたが、中に人の気配はない。それに璃菜の性格上、電話ならともかく、直接訪ねてきた人間に対し、無視を決め込むというのはないような気がする。多分だけど。


 何にしても、待ってれば会える可能性が高い。建物内に滞在してると不審な目で見られそうなので、とりあえず外に出て近くから様子を窺うことにする。


 夕暮れまで待ち続け、ようやくとぼとぼと制服姿で歩いてくる彼女を見つけた。


「璃菜っ!」


 マンションの入口に入ろうとしていた璃菜が、ビクンと肩を揺らした。


「りょ、亮太? 何でここに……」


「璃菜に会うためだ。大事な話がしたい」


 真っ直ぐ目を見つめて言うなり、ハッとした彼女が一目散に逃げだそうとした。


「待ってくれ!」


「離せよ! アタシには話なんてないし! 聞きたくない!」


 無理矢理俺の手を解くと、両手で耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。


 これじゃ不良というより駄々っ子だ。


「いいから聞いてくれって!」


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!」


 俺と目線を合わせようとはせず、長い赤髪を狂ったように振り乱す。


「別れ話なんて聞きたくない!」


「……は?」


 唐突な宣言に、俺の中で数瞬ほど時間が止まった。


「どうしてそんな結論になるんだよ! 俺が璃菜を嫌いになるわけないだろ!」


「じゃあ職員室で先生と何してたんだよ! 手なんか握り合って……」


「あ、あれは励まされただけというか、なんというか……」


 しどろもどろになる俺を、璃菜はキッと睨みつける。


「説明できないってことは、やましいことをしてたってことだろ!」


「そんなわけないだろ! 俺は璃菜一筋なんだ! 信じてくれよ!」


 心を尽くした言葉のつもりだったが、目を閉じたままの彼女は強く頭を振った。


「アタシだってそうしたい! でも! 桃太郎の時は他の女に目移りばっかしてたし、先生にもデレデレだったじゃないか!」


 シンとしたマンションにヒステリックな声が響き渡る。


 肩を震わせ、涙を堪えながら、璃菜は大きな瞳で俺を見上げる。


「アタシ、気付いたんだ」


「……な、何を……?」


 唇を噛み、掠れた声で璃菜は言う。


「先生はもちろんだし、あの時の猿と犬も年上の雰囲気があった。それに惹かれた亮太は……熟女好きなんだって!」


「えええ……」


 どんな言葉にも真摯に対応しようと思ってたが、さすがにこれは斜め上過ぎた。


「アタシ……今すぐ、熟女になんてなれない……!」


「うん、それはそうだね」


 なられても困ります。


「あのさ、璃菜、よく聞いて。俺は別に年上趣味じゃないから」


「……っ! いいんだ。アタシを慰めてくれなくたって……」


 悲劇のヒロインよろしく、俯いて静かに涙を零す璃菜。


「最初からアタシには分不相応な恋だったんだよ……」


 立ち上がり、胸に当てていた手を翼を広げるみたいに宙へ躍らせる。


「でも……諦められない! 亮太を好きな気持ちを抑えられないんだ!」


「だったら悩む必要はないだろ。俺だって璃菜が好きなんだから!」


 騒ぎを聞きつけたマンションの住民が、窓からチラチラとこちらを見てるが、この期に及んで恥ずかしいとかは言ってられない。


「嬉しい……! でも不安なアタシは心からその言葉を受け入れられないっ」


「そんな……」


「だから! アタシに亮太を信じさせて!」


 スカートのポケットから取り出された璃菜のスマホが、俺の眼前に突き付けられた。


 これは……新堂先生の隠し撮り!? しかも胸チラつき!? 授業中の光景みたいだけど、何撮ってんだ! けしからん! 本当にけしからん!!


「……ハッ!」


 ついつい数秒ほど見入ってしまったあと、強烈な殺気を感じて顔を上げる。そういえば俺は璃菜と一緒にいたんだった!


「やっぱり……やっぱり……!」


 璃菜の声が震える。溜まっていた涙が目尻から零れる。


「ち、違うんだ! っていうか、今のはちょっと卑怯だろ!」


 見知った女性の――それも美人女教師のちょいエロ画像を見せられて、微塵も反応するなというのは、年頃の男にとってあまりにも酷な要求すぎる!


「言い訳なんて聞きたくない! 亮太のバカァ!」


 子供みたいに泣き叫び、璃菜が逃げ出した。


 慌てて後を追おうとして、俺はビクッと動きを止める。


 目の前に、どこかで見た覚えのある球体が突然出現したからだ。


「お、お前は……天使!?」


「そうです! 得はないけど、頑張って皆さんの願いを叶えている天使さんです!」


 何やら少々天使らしからぬ発言を聞いたような気もするが、今は悠長にツッコみを入れてる場合じゃない。


「何しに来たんだよ!」


「ご挨拶ですね。もちろん、願いを叶えに来たんですよ」


「願い? 俺は何も……」


「それでは今回も、楽しい世界へご招待ーっ!」


 パタパタと羽を震わせた天使が叫ぶと、辺り一面が白光に包まれた。

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