第23話 言葉を欲しがる女性は貪欲よ

 その理論でいくと、俺は璃菜の機嫌を損ねる行動ばかりしてたことになる。


 辻褄は合うし、納得もできるが……。


「嘘をついたら駄目だろ」


「……授業を簡単にサボったくせに、何でそういうとこは真面目なのよ」


「アホだな、水島は。大切に想ってる女性に正直でいたいのは当然だろ」


「はあ!? 何でアンタにアホ扱いされなきゃなんないのよ!」


「桃太郎の時に犬のお前を見てるからだよ」


 ズバッと言われた水島は、俯いて二の句を告げられなくなってしまう。猿だった白河さんと合わせてとんでもない醜態を晒しただけに当然だ。


「瀬能君の気持ちは理解したわ」


「さすが白河さん。ドMギャルとは違うよな」


 水島をうぐぐと悔しがらせて勝ち誇っていたが、次の白河さんの指摘で硬直するはめになる。


「九鬼さんの気持ちは離れるだろうけど、覚悟を決めているみたいだから、私はもう何も言わないわ」


 ……え?


 気持ちが離れる? 何で? どうして?


「見てよ、白河。コイツ、状況を何にも理解してないわよ」


「単純さは素直さに繋がる美徳だけど、今回はさすがに褒められないわね」


「ふ、二人して俺をからかってんだろ? そうなんだろ?」


 願いを込めて尋ねるも、帰ってきたのは沈黙の首振り運動だけだった。


「アンタ、九鬼のこと考えてあげた? 強くなりたいとかってのも、全部自分のことだけじゃん。いい? 女の子ってのはね、好きな人には常に自分のことだけ考えててほしいもんなの」


「……」


 返す言葉がなかった。


 勇気が必要な告白を拒んだのも、強くなってからという俺の身勝手な理由のせいだ。


 彼女の手作り弁当の時も嬉しかったけど、恥ずかしいという気持ちが先にきていた。俺のためにと用意してくれたんだから、最初にお礼を言うべきだったのに!


「どうせ電話とかでも、自分の話ばっかしてんでしょ?」


「その……通りだ……」


 彼女となるのを待ってもらっておきながら、好意を伝えられたのが嬉しくて、昨夜の通話でも延々と自分の趣味などを話していた。たった一晩だけだからと言い訳をするのは簡単だが、俺は彼女の好みや服の趣味などもまるで知らない。


「ま、すぐに反省できるだけ、そこらの男よりマシだとは思うけど」


 俺の落ち込みぶりが想定外だったのか、最初は責める風だった水島の口調が若干柔らかめに変化した。


「瀬能君は自覚なくパートナーを振り回すタイプね。相性がいいのは気が多そうでいて、一途に尽くしてくれる水島さんみたいな女性だと思うけど……いっそ乗り換えてみる?」


「そ、そんなのウチがお断りだし! 確かに仲間からあんなのと付き合ってんのとか言われて、カモにするためだしとか教室では虐めておきながら、家に帰ってからよくあんな口が利けたなとかってお仕置きされたりするシチュエーションには涎が垂れそうになるけど……あれっ? もしかしてコイツって理想の男……?」


 一人で妄想して悶えた挙句、とんでもない結論に至りかけてるが、生憎と俺の答えは決まっていた。


「相性なんて関係ない。俺が好きになったのは璃菜なんだから」


「どうしてそれを素直に九鬼さんへ言えないのかしら」


 鏡の位置を直した白河さんが、疲れ切ったように息を吐いた。


 横では水島が「ウチってピエロじゃん」と落ち込んでるが、すげなくスルーさせてもらう。


「俺的には十分すぎるほど伝えてるつもりなんだけどな」


「言葉を欲しがる女性は貪欲よ。満足の上に満足を求めるもの」


 謎解きみたいな言葉だが、今朝からの璃菜を見てるだけに、なんとなく理解できる気がした。


「とにかく瀬能君はもっと九鬼さんの気持ちを考えてあげて。別れたくないのならね」


「わかった。ありがとう、白河さん」


 官能小説好きなところとか、色々と驚いたところもあるけど、白河さんはやっぱり白河さんだった。本性ってのは、意外と個人の魅力の一つなのかもしれないな。


「礼には及ばないわ」優雅に微笑んで白河さんは言葉を継ぐ。「一段落したあとに瀬能君の息子を貸してもらえれば」


 俺の感謝と感動を返せ! 耳年増の処女ビッチめ!


     ※


 翌日の教室。


 昨夜からずっと連絡を取ろうとして、すべて失敗した璃菜の姿はなかった。


 一限目が終わっても、昼休みになっても、放課後になっても。


 電話にもメールにも一切の反応がなく、LINEにも既読がつかない。


「九鬼が学校を休むなんて初めてじゃないの?」


 しょぼくれて帰り支度を整える俺の席に、制服を派手に気崩している水島がやってきた。


「学校にくれば会えると思ってたんだけどな……」


 連絡が取れなかったのは、水島と白河さんにはホームルーム前に連れ込まれた図書室で説明済みだった。


「簡単に仲直りできると思ってたけど、アンタにベタ惚れだった分、反動で嫌いになっちゃってるのかもね」


「お、おいおい、それ困る。マジ困る」


「自業自得でしょうが」


 そう言いながらも、水島は一枚のメモ紙を俺の机に置いた。


 開いて中を見ると、璃菜の住所が書かれていた。


「水島……」


「ちょ……こんなとこでうるうるした目で見ないでよ。誰かに誤解されたら――」


「――楓、瀬能と何してんの? カラオケは?」


 廊下で待っていたらしいギャル仲間に声をかけられた瞬間、何かのスイッチが入ったみたいに水島の目つきが険しくなった。


「マジでウチに話しかけんのやめてほしんだけど!」


 いきなりの怒声に教室がシンと静まり返る。


 その一方で廊下で水島待ちのギャル連中は、手を叩いて大喜びだ。


「……悪かったよ」

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