第22話 どんだけ間が悪いのよ、アンタ
「璃菜を見なかったか!?」
「ちょ! 痛いってば!」
「いいから! 知ってるなら教えてくれよ」
悲鳴に近い声を上げた水島の肩を激しく揺さぶる。
「少し落ち着けっての!」
「うごっ! す、脛は反則だろ……」
崩れ落ちるように蹲る俺の頭上で、水島が鼻を鳴らした。
「責めるのと暴力は違うから。覚えとくといいわ」
いい女風に決めてるが、台詞の内容はとてもドヤ顔できるものじゃないと思う。
「図書室の前で何を騒いでいるのかと思ったら、今度は瀬能君が来たのね」
「今度?」
室内から顔を出したばかりの白河さんが頷く。
「少し前まで九鬼さんがいたのよ。水島さんと一緒に、瀬能君と仲直りしたいという相談を受けていたの」
「放課後になるなり、腕を掴まれて図書室に連れ込まれた時はどうなるかと思ったけどね。おかげでウチの仲間は大慌てだったし」
きっと仲間は人気のない場所で、水島がボコられる未来を想像したのだろう。
「……それなら俺の相談にも乗ってくれないか?」
一人でどうしようもないなら、事情を知る人間に助けを求めるしかない。
俺が深刻そうに切り出したのを見て、白河さんは図書室の扉を開けた。
「廊下じゃ誰かに聞かれるかもしれないから、中に入るといいわ」
相変わらず人気のない図書室で、俺は職員室での一件を二人に説明した。
話を聞き終えた水島が、十人以上はかけられる長机に肘をつき、大きくため息をついた。
「どんだけ間が悪いのよ、アンタ」
「俺もそう思う」
普通に会話してるだけならまだしも、周りの先生にバレないように顔を近づけていたのだ。勘繰る人間がいたとしても不思議はない。最悪なのはそれが璃菜だったってことだ。
「絶妙なタイミングで職員室に訪れたという意味では、九鬼さんもだけどね。それにしても彼女が職員室に何の用だったのかしら?」
白河さんは不思議そうにするも、用件を果たす前に立ち去ったろうから璃菜以外には誰もわからない。可能性が高いのは、先生の誰かに呼び出されたって理由だろう。
「そんなことより、九鬼の誤解を解く方が先でしょ。新堂とは何もないのよね?」
「あってたまるか」
「真実はともかく、そう見えてしまったのが問題ね」
白河さんが背中を預けたパイプ椅子が、嘆くようにキイと鳴った。
「九鬼ってかなり嫉妬深そうだから、ウチらが仲介したら逆効果になんない?」
ウチには関係ないしなどとは言わず、予想外に水島が親身になってくれる。
「何? ウチの顔をじーっと見て」
「いや、意外だなと思ってさ」
「困ってる奴がいたら、助けるのは当たり前じゃん。もう知らない仲でもないし」
ヒヒッと悪戯っぽく笑う水島にドキッとする。
「悪かったな」
「またいきなりね。ウチに謝ることでもしたわけ?」
「勝手な印象で水島のこと、軽薄そうな奴だって思ってたからさ」
「ついでにすぐヤらせてくれそうな女子、でしょ?」
「俺はそんなこと言ってないんだけど!」
動揺する俺を見て、ケラケラと笑う水島。コイツ、からかいやがったな!
「でも、大半の男子はそうだからね。ま、こんな服装してるから当然だけど」
ボタンを多めに外している胸元を強調してみせる水島。璃菜のことが好きでもブラジャーが見えそうになった瞬間、視線が固定されるから男って生物は罪深い。
「この場面を九鬼さんに目撃されたら、挽回はさらに難しくなるわね」
ため息をついて、白河さんは眼鏡をキラリと光らせる。
「それにね、瀬能君はまだ甘いわ。せっかく水島さんが隙を作ってくれたのだから、そんな恰好してるのは滅茶苦茶にされたいからだろ? まずは机に乗ってスカートをめくってみろよ、どんなショーツを履いてるか見てやるぜ、くらいは言わないと」
「もろに官能小説に出てきそうな台詞だな!?」
さすが堂々と官能小説を見たいという理由で図書委員になった女である。
ちなみに家で読めばいいんじゃという俺の指摘には、真実に気付いた男子生徒を誘惑できなくなるじゃないという狂った回答を頂戴済みだ。
「あまり人を変態扱いしないでくれる? ……ちょっとはグッときたけど」
「きたのかよ。お前も大概だよな」
「彼女持ちのくせに、胸元チラつかせただけで、食いつくアンタに言われたくないわよ!」
「だからまだ彼女じゃねえって! 噂になってんのか、先生にも聞かれるし」
「先生って、新堂?」
「ああ。白河さんが昼休みに呼びに来てたろ。あの時に不純異性交遊をしてないかって聞かれたんだよ。もちろん俺はそんなことしてないし、付き合ってもないって答えたけどな」
得意になって胸を張った俺に、二人分の溜息がぶちまけられる。
「しつこく聞いても言わなかった喧嘩の原因がそれとはね。道理で、瀬能君が本当に自分のことを好きなのか気にして、落ち込むわけだわ」
水島だけでなく、白河さんにまでジト目で睨まれる。完全に女の敵扱いだ。
「事実を言っただけで、何でそうなるんだよ」
「本気で言ってるとしたら、重症だわ」
額を押さえて言ったあと、水島は長机に乗って上半身を近づけてきた。
「例えばアンタが九鬼に告白して、好きだけど付き合えないって言われるわよね? そのあとで周りに付き合ってないからとしつこくアピールされればどう思う?」
「俺なら友達にそうなんだよと認めつつ、相手を信じてその時をひたすら待つな」
逆に周りには付き合ってると言われた方が、事実と違うので不安になるかもしれない。
「……ここまで女心が理解できないとはね。さすがに九鬼がかわいそうになってきたわ」
険悪な雰囲気になりかけたところで、白河さんがパンと手を叩いた。
「瀬能君の対応で喜ぶのは、水島さんみたいな特殊性癖の持ち主だけよ」
「な、なんだってーっ!」
「ウチの時と反応がまったく違うんだけど」
水島が不機嫌そうにするが、ツッコむところはそこでいいんだろうか。
「見るからに九鬼さんはバカップル体質でしょ。瀬能君が俺の彼女だと周りにアピールすればするほど機嫌が良くなるタイプよ」
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