第21話 何でそんなに怒ってるんだよ
「瀬能君に九鬼さん、昼食が終わったら、新堂先生が職員室へ来るようにだそうよ」
もう少し水島を虐めて遊ぼうとした俺に、教室へ戻って来た白河さんが言った。
新堂先生は俺たちの女性担任だ。呼びつけられるようなことは何も……あっ、昨日の授業をサボった件か? でも、それなら白河さんと水島も一緒だよなあ。
とりあえず職員室へ行くと、新堂先生は俺たち二人を椅子に座らせた。
「二人が不純異性交遊をしているという話があるのですが」
口調は普段通りの丁寧なものだが、目つきはずっと厳しい。値踏みというか……まるで敵視されているようにも感じるのは何故だろう。
「してないですよ。誰が言ってたんですか!」
「学校中の噂になっていますよ。他の先生からも色々と聞かれるのですが、何分事実を知りませんので職員室まで来てもらったのです」
少々困り気味の新堂先生が眉毛で八の字を作る。
「瀬能君は否定しましたが、九鬼さんの見解は違うみたいですよ?」
怪訝そうな先生の視線に釣られて真横を見ると、璃菜がアヒルのように唇を尖らせていた。
「別に。亮太が言うならそうなんだろ」
明らかに拗ねている。何が気に入らなかったんだろうか。
「詳しい事情は知りませんが、我が校は別に男女間の交際を禁じてはおりません。ただし、いきすぎた場合は指導が入ります。ですので学生らしい節度ある行動を心掛けてください」
要するに学校の内外で、公共良俗に反する真似をするなと注意しておきたかったのだろう。教師も大変だよな。お疲れ様です。
職員室を出ると、露骨に不機嫌そうな璃菜が一人で教室へ戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って! 何でそんなに怒ってるんだよ」
「怒ってない」
「どう見ても怒ってるだろ」
「気のせいだろ。それより交際も交遊もしたくないアタシに構ってていいのか?」
ぷいっと璃菜がわかりやすい反応を示す。拗ねてた理由はそれか。
「俺が強くなるまで待ってくれるって約束だったろ」
「……いつ?」
ギロリと睨まれ、返答に困った俺はあわあわしてしまう。
「そ、そのうち……かな」
「じゃあ、今でもいいだろ」
むすっとしながら、璃菜が極端な意見をぶちかましてきた。
「ま、待ってくれって。俺にも男の誇りみたいなのがあるんだって!」
「逃げてるだけじゃないのか?」
「そんなことない! さっきだってちゃんと皆の前で弁当を食べたろ!」
さすがにカチンときたせいで、普段はヘタレな俺の口調も少しばかり刺々しさを増す。
「――っ! その言い方だと、仕方なく食べたみたいに聞こえるぞ?」
「誤解するなって! 弁当は嬉しかったし美味しかった! 俺はただ……」
「……もういい」
内側に溜め込んだ怒りで握り拳を震わせながら、璃菜は靴音を鳴らして廊下を歩きだした。
「話くらい聞けって!」
追いついて腕を掴むも、すぐに振り払われる、その間、こちらは一度も見ない。
そうかよ! だったらこっちだってもう知るもんか!
売り言葉に買い言葉ではないが、昼休みを境に冷戦が勃発した。
「まさか昼とは真逆の用件で、呼び出すことになるとは思いませんでした」
放課後の職員室で、思案顔の新堂先生が俺の前で腕を組んだ。
「すみません」
「別に瀬能君のせいではないのですが、あまりにも周りの反応が大きいので、教師として放置しておくわけにもいかないのです」
教師という職業は本当に大変そうだ。俺は頼まれても目指したくない。
「それで、いかなる理由で抗争を始めたのですか?」
「抗争って……確かに教室の雰囲気は殺伐としちゃいましたけど……」
昨日までは恐れられていた女不良だ。本人にその気がなくても、滲み出る不機嫌さだけで周囲の生徒はビクビクしてしまう。
結果、授業中の私語は皆無となった。担当した教師だけはいつになく喜んでたけど。
「もしかして、昼休みの一件が原因ですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
否定はしたが、俺の反応から察したらしい先生は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。そのお詫びと言ってはなんですけれど、先生が力になります。何でも相談してくださいね」
他の先生から見えないように、俺の右手を両手でそっと包み、大人の余裕溢れる微笑みをプレゼントしてくれる。
何だろう、この不思議な温かみは。世の男性にマザコンが多いという説が真実に思えてくる。
「教師は生徒の力になるために存在します。瀬能君、どうか先生を頼ってください」
先生の目は真剣で、心から俺の身を案じてくれてるのがわかった。
だからといって個人の恋愛事情を相談するというのはいかがなものか。
俺が悩んでると、新堂先生が不意に顔を寄せてきた。
「こうすれば職員室内でも、秘密のお話ができますよ」
耳元で囁くように言われ、吐息が優しく耳孔を撫でた。
まるでキスをするような距離から、普段は厳しい教師が女の顔を覗かせる。混乱に混乱が重なり、わけもわからないまま、とりあえず新堂先生に顔を近づける。
――ガタッ。
大きな物音が鳴り、職員室内の視線が一点に集まる。
職員室のドアを開いたまま、璃菜がこちらを見て硬直していた。
「璃菜!?」
俺が顔を上げると同時に、彼女は背を向けて駆け出していた。
「もしかしたら……変な誤解をされてしまったかもしれませんね」
冷静に状況を分析する女教師に苛ついたが、文句を言ってる場合じゃない。
失礼しますと挨拶し、大急ぎで璃菜を追う。
だが遅かった。
「もう姿が見えなくなってる……LINEにも既読がつかないし……」
闇雲に探したところで見つからず、電話にも出てもらえない。どうすりゃいいんだ。
「アンタ、こんなとこで何やってんの?」
図書室の前で不思議そうな水島に声をかけられた。職員室のある一階を走り回ってたら、いつの間にか校舎の外れの方まで来ていたらしい。
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