第20話 取り繕っても無駄だし

「じゃあお前らは変態犬と発情猿……?」


「大っぴらにその呼称をされるのは、さすがに少し抵抗があるわね。フリフリドレスが大好きで、実は乙女チックなキジさん?」


「や、やめろおおお!」


 頭を抱えた璃菜が、思い出したように俺を見る。


「ち、違うんだ! ア、アタシは強い人間だからな!? お姫様に憧れたりなんてしてないからな!? 穴が開きそうなくらいロミオとジュリエットを読んで、自分に置き換えて妄想とかするわけないからな!? 悲劇のヒロインに憧れてないからな!?」


 派手にパニクる璃菜が、聞いてもいないことまで暴露しだした。


 別にお姫様好きでもいいと思うんだけどな。強くなれと強い女が好みはイコールじゃないし。


「瀬能は桃太郎だから、取り繕っても無駄だし」


 水島から明かされた衝撃の事実に、璃菜はさらなる悲鳴を上げた。


「アタシ、酷いこと言いまくって……! それより、本人に向かって思い出の話したり、偉そうに説教垂れたりしてたぞ!?」


「気にしなくていいよ。俺がヘタレだったのは事実だし」


「で、でもさ、最後は鬼に向かっていってたろ? あとは――」


 なんとか俺の活躍を思い出そうとしていたが、璃菜は急速に表情を暗くする。


「発情猿と変態犬を見て、はあはあ言ってたな」


「そ、そうだっけ? め、目が怖いよ、璃菜さん」


 思わずさん付けで呼んでしまうくらい、怒りに震える彼女は恐ろしかった。


「川でもチラチラ見てたよな? 挙句には女なら誰でもいいって、発情猿の誘惑に負けそうになってたよな?」


「誤解だって! だからパンチの練習はやめて!」


 躊躇なく平伏する俺を見て、水島が両手を軽く上げた。


「はいはい。夫婦喧嘩はあとでゆっくりどうぞ」


「ふ、夫婦っ!」


 着火しそうな勢いで喜ぶ璃菜が、なんとも可愛らしい。怖がってたばかりだというのに、俺も大概だな。


「ウフフ。でも、無事にカップルになったみたいでよかったわ」


「付き合ってはないぞ」


「「え?」」


 白河さんと水島の声が揃った。


「好きだとは言ったけどな。俺が強くなったら告白する。そう決めたのさ」


「付き合ってから強くなればいいんじゃないの?」


「水島は男心がわかってないな。告白は自分からしたいだろ」


「……アンタがアホなのはよくわかったわ」


 何故か呆れる水島。コイツは本当に失礼だな。


 その点、白河さんはわかって――おや、こちらも呆れてらっしゃる?


「二人がそれでいいのなら、余計な口を挟む気はないけど……男らしいのかどうか判断に困るところね」


「ヘタレだから逃げたんじゃね?」


「……さっきからアタシの亮太をアホだのヘタレだの……覚悟はできてんだろうな」


 にじり寄る璃菜の重圧に蕩けそうになり、ほとんど無意識にお尻を突き出す水島。よく今まで周囲にドMだとバレなかったな。


 ……もしかして友達連中は、知ってて気を遣ってるだけなんじゃ……。


「とにかく! ウチには学校で気安く話しかけたりしないでよね!」


「そうするよ」


 他の女子と仲良さげに話したりしたら、怒りそうな人が隣にいるしな。


「九鬼もだからね! アンタだって乙女チックなのをバラされたくないでしょ!」


「アタシは別に言いふらされても構わないぞ?」


 予想外の返答に水島がたじろぐ。


「ど、どうしてよ!? イメージが壊れちゃうじゃん!」


「アタシが強くありたかったのは、いずれ出会う亮太に強くなったと認めてもらいたかったからだ。その時に初めて積年の想いを告げるつもりだったしな」


 人前で言葉にされると、なんだか恥ずかしいな。嬉しいけど。


「その亮太が想いを受け入れてくれたんだ。もう恐れるものは何もない」


「その割にはさっきは慌てまくってたじゃん」


「あ、あれは……亮太に嫌われたらどうしようって……」


 いじらしすぎる! こういう一面を時折見せるから、怖いところまで魅力的に見えてきて困る。これが計略だとしたら、一生彼女には勝てそうもない。


「はいはい、ご馳走様でした」


 笑って一件落着かと思いきや、白河さんはわざとらしく流し目を送ってくる。


「どんなに素敵な食事も毎日続けば飽きるもの。つまみ食いしたくなったら、遠慮なく言ってね。いつでも私が相手をしてあげる」


「……」


「亮太? どうしてすぐに拒否しないんだ?」


「ふぐっ! く、首は締めちゃらめえええ」


 沈む夕日を追いかけるように、高々と舞い上がった笑い声は楽しそうに地面へ吸い込まれていった。


     ※


 好奇と動揺が支配する教室。中心にいるのは俺と――。


「ほら、亮太。食べさせてやるから、あーんしな」


 とても楽しそうに俺の世話を焼く璃菜がいた。


 休み時間になるたび律儀に俺の席へやってくるし、今みたいに昼休みになれば手作り弁当をご馳走してくれる。


「ちょ、ちょっと恥ずかしいな」


「照れんなよ。ほら、この唐揚げは自信作なんだ」


 机の上に広げられた二段重ねの弁当箱。おかずには唐揚げやミニハンバーグなど男の好きそうなものが所狭しと並んでおり、ご飯にはたらこふりかけでハートマークが描かれている。


「じゃ、じゃあ……あーん」


 恥ずかしかろうと女性の想いに応えるのが男の役目。


 覚悟を決めて唐揚げを頬張ると、ジューシーな肉汁が口全体にぶわっと広がった。微かに鼻から抜けていく風味はレモンか。


「凄く美味しい。璃菜って料理が美味いんだな」


「へへっ、いつか食べてもらいたくて練習してたんだ」


 照れ臭そうに笑う璃菜は、どこからどう見ても不良なんかじゃなかった。


 教室の隅では水島率いるギャル軍団も、こっちを見ながらヒソヒソと囁き合っている。


「マジでありえなくね?」


「九鬼と瀬能の組み合わせって、超ウケるし」


 む? 今言ったのは水島だな。


「皆、いい加減にしてくれよ。別に俺は鞭で叩かれて服従したわけでなければ、弱味を握られたわけでもない。だから逆らえないまま、恥を晒させられたりなんてこともないぞ」


 どっと笑うクラスメートとは対照的に、無言になった水島が耳をピクピクさせている。


 おお、耐えてる耐えてる。いつまで人前用でいられるか見ものだな。

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