第19話 当事者であるわけだしね
「俺は強くなる。そしてその時こそ、俺自身の口から九鬼さんに想いを告げたいんだ! だからそれまで待っててほしい!」
「――っ!」
見開かれた目が半分ほど閉じられ、祈るように両手を組んだ彼女はほうっと息を漏らす。
「……素敵」
「え!? そ、そんなことないって。俺の単なる我儘みたいなもんだじ!」
「ううん……瀬能は昔とちっとも変ってない。今もアタシの王子様だった……」
何この甘々な雰囲気! これってもしかして大人な階段の入口程度にはいけちゃう!?
いやいやいや。落ち着け落ち着け。まだ付き合ってない段階で色々突っ走るとか、性欲の権化じゃん。ここは大人の余裕を――。
「ん……」
ムードに流されまくりの九鬼さんが、俺の隣に座って目を閉じた。
思ったよりもずっとサラサラな髪は、夕日の祝福を浴びて女神のごとく煌めている。
もういっそ俺も雰囲気に感化されていいんじゃ……。
いいや、だめだ! 一度決めたことは貫き通すんだ。
勿体ないけど!
勿体ないけど!!
「目を開けて、九鬼さん。俺たちはこれからもっとお互いを知らなきゃいけないと思うんだ」
唇の触れ合いがないと知り、少し不服そうな九鬼さん。拗ね気味なのも可愛いから反則だ。
「まずは空白の時間を埋めていこう。俺も過去のことを思い出したばかりだしさ」
それは至極当たり前の提案のつもりだった。
「……思い出したばかり?」
それは地の底から響くような恐ろしい声だった。
「十年来、アタシは片時も忘れてなかったのに? 心を奪った張本人はさっさと忘れてた? ああ、そうか。だから他の女ともイチャイチャできたんだ。そうだよな。アタシのことを覚えてたら目移りするはずないもんな」
渦巻く怒りがトレードマークの赤毛を逆立てる。
「ち、違う違う違う! 忘れたかったわけじゃなくて! 大切な思い出だから胸の奥深くにしまいすぎてたっていうか! 誰にも触れられたくなかったから大事にしすぎてたっていうか! でもさ、ちゃんと九鬼さんに教えられる前に思い出したじゃん!」
「……バ、バカ。大切にしすぎて忘れちゃうってありえないだろ……」
お? 怒りが消えた? 怖いけど意外とチョロイぞ九鬼さん。そこもまた可愛いんだけどな。
一周を終えた観覧車から出ると、夕日はもう沈みかかっていた。
寄り添うように歩く九鬼さんを見れば、すぐに目が合ってお互いにはにかむ。
なんとも甘酸っぱい空気に俺が照れていると、唐突に彼女は顔を険しくした。
「どうかした?」
「アタシたちを尾行してる奴らがいる」
九鬼さん曰く、遊園地で遊んでる途中から、らしい。
「この前の奴らかな」
俺たち……というか九鬼さんがボコッた不良連中がすぐに思い浮かぶ。
「大勢じゃない……けど心配するな。瀬能は――んんっ! その……りょ、亮太……は、アタシが守る、から……」
顔から火が出そうだ。
女の子に下の名前で呼ばれるのって、凄い照れ臭いけど、なんか……いいな。
「あ、ありがとう。でも、俺だって、あの、り、璃菜、さんを守りたいし……」
「そ、そんなに恥ずかしがるなよ! そ、それに……呼び捨てが、いい……」
「わ、わかった。り、璃菜……?」
「う、うん……亮太……」
二人だけの世界に突入して数秒後。
「もう無理――っ!」
尾行者が叫びながら姿を現した。
顔を真っ赤にした水島だ。仕方ないわねといった感じで白河さんも出てくる。
「俺たちをつけてたのってお前らなの!?」
意外な正体だったが、顔見知りなら顔見知りで問題も発生する。
「どこから見てたんだよ!」
「お化け屋敷に入る前あたりかしら? 水島さんの友人から二人が遊園地にいると連絡があって、面白がった彼女が見に行こうと言い出したのよ」
「うわ、趣味悪い」
あっさり内情を暴露された水島は大慌てになりながらも、白河さんを指差す。
「アンタだってノリノリだったじゃん! さっきだって観覧車の中でヤってんのかどうかしか気にしてなかったし!」
言い合いというか、一方的に水島が白河さんに絡むような展開に俺は半笑いを浮かべ、直後に隣からゆらりと立ち上る殺気に竦み上がった。
「お前ら……亮太とどんな関係だ」
髪だけでなく瞳まで真っ赤に輝かせそうな雰囲気で、九鬼さん――璃菜が前へ出る。
鬼が攻めてきたような凶悪な雰囲気は二人もすぐに察し、揃って顔をヒクつかせる。
「ま、待って! 落ち着いてってば!」
「そうよ、九鬼さん。私たちに変な気持ちはなかったのよ」
懸命に弁解するが、迫力満点の璃菜は止まらない。
「じゃあ、どうして図書室に三人でいたんだ? どうしてここまで様子を見に来たんだ? わかってるよ。アタシの亮太を奪おうってんだろ。そうはさせない……!」
ギリリと強く奥歯を噛む璃菜。本気で人を滅しかねない迫力に、空気までピリピリする。
「せ、瀬能! アンタからも――って、何で幸せそうな顔してんのよ!」
「アタシの亮太ってとこに感動して」
「そんな場合じゃないでしょ! ふわあああ、近づいてきたわよ! 凄い迫力だわ。あの調子だとボコボコにされるだけじゃなくて、晒し者にされちゃうわ! 裸にされて家まで歩いて帰れって命令されて、途中で写メ撮られて、SNSにアップされて、あっという間に特定されて、それで、それで……はあああん」
一人で悶えて、一人で突っ伏して、一人で恍惚に震えるマゾ犬。もう末期だ。
「仕方ないわね」
いまだ冷静さを残している白河さんがため息をつく。
「教えてあげるわ。キジの九鬼さんも当事者であるわけだしね」
キジという決定的な単語に、璃菜の動きが止まる。
「キジ? 当事者? まさか……」
「そのまさかよ。私たちは一緒に鬼退治をした仲間なの」
白河さんの説明に、璃菜が狼狽する。予想通り、彼女がキジだったのだ。
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