第17話 まるでデートしてるみたいじゃねえか

 市内に一つだけある遊園地。休日になれば家族連れで賑わうが、平日の午後はまばらにしかお客さんはいない。


 その分だけ学生には定番のデートスポットでもあるのだが。


 他の女子と図書館にいたのをずいぶんと気にしていたので、それなら九鬼さんとも一緒に過ごせばおあいこだよね、という正しいのかわからない論理で俺が提案したのである。


「ほ、放課後に遊園地なんて、ま、まるでデートしてるみたいじゃねえか。ア、アタシとお前は、そ、そんな関係じゃ、その……な、ないだろ」


 赤面中の九鬼さんが、俺の横顔をチラチラ盗み見ながらしどろもどろに言った。


 確かに俺たちはまだ恋人でもないが、ここで帰るという選択はできそうになかった。


「だ、だったら、練習とでも思えばいいんじゃないかな」


 首を捻った九鬼さんが「練習?」と繰り返す。


「うん。いずれ思い出の人と会った時のためにさ。こうして予行練習しておけば、緊張しなくて済むかもしれないし」


「め、名案だな! よ、よし、れ、練習するぞ。ま、まずは、ど、どうするんだ!?」


 いきなり選択肢を放り投げられた。


 いや、違うな。乙女チックモード全開になってる九鬼さんは、俺に引っ張ってもらいたがってるんだ。


 一抹の不安は残るものの、まずは勇気を示すべくジェットコースターに突撃する。


 こじんまりとした遊園地に相応しく、直線的に落ちていく単純なタイプのものだ。


「ぐはあ」


 平然とする九鬼さんを後目に、俺は一撃でノックダウンされた。


「お、おい、大丈夫か?」


「へ、平気だよ。次はコーヒーカップあたりにしようか」


 恐怖度をグッと低下させたので、これなら醜態を晒さないはずだ。


 これは戦略的選択であって、決して情けなくはない!


「ぐはあ」


 何で途中から勢いよく回り出すの? まるで洗濯されてるみたいだったんだけど。


 愚痴る元気もなく、ベンチで涎垂れかけの俺を九鬼さんが心配そうに見つめる。


「お、おい、顔が真っ青だぞ」


「よ、余裕だよ。で、でも、次は乗り物から離れようか」


 たっぷり遊んで親密度を増してからにしたかったが仕方ない。遊園地の秘密兵器たるお化け屋敷の出番だ。


 怖がる女性を抱き締めて男らしさをアピールできると同時に、身体も心も密着して気分も好感度も急上昇間違いなし!


 完璧だ。デート初心者のくせに完璧すぎるぜ、俺!


「ぐはあ」


 何でお化け屋敷なのに、床が回転する仕掛けばっかりなの? お化け雇うお金ないの!?


 もっと頑張ろうよ! 九鬼さん、ちっとも怖がってなかったし! むしろはしゃいでたし!


「お、おい、何で悔しそうなんだ?」


「そ、そんなことないよ。け、けど、九鬼さんって怖いの平気なんだね」


「ああ。アタシは全然――」


 得意げに胸を張ろうとして、九鬼さんが緊急停止した。


「あ……ああ……あああ……」


 そして、先ほどまでの俺もかくやというくらいに頭を抱えてしまった。


「アタシのバカ……! せっかくのお化け屋敷だったのに楽しんでどうすんだよ。ヤバイヤバイヤバイ。全然可愛くないじゃんか。どうしようどうしようどうしよう」


 いいえ、悶える貴女は最高に可愛いです。


「だ、大丈夫だって。一緒に楽しむのが好きな男もいるし。それに今日は練習だろ? 本番で失敗しなければいいんだよ」


「そ、そうだよな!」


 元気を回復させた九鬼さんが満面の笑みを浮かべる。


 なんてことだ。輝ける太陽は地上にあったのか。


「瀬能って優しいんだな」


 照れ臭そうに、九鬼さんがブレザーのポケットに両手を突っ込む。


「もっと事なかれ主義っぽいのかなって思ってた。昔と変わっちまったのかなって」


「いや、そんな――ことあるかもね! 俺って昔からこんなだし!?」


 危ねえ! うっかり昔とは違うからねって認めそうになった!


 戦闘スタイルは脳筋っぽいのに、意外と策士じゃないですか。やだー。


 練習だ何だと言いつつも、俺が九鬼さんを好きになってるのは事実なわけで、遊園地で一緒に遊ぶのは楽しかった。


「こんなに遊んだのは久しぶりかもな!」


 遊具に黄金の輝きが降り注ぎ、振り返った彼女の横顔を艶やかに照らす。


「こんなに笑ったのも久しぶりだ。あの神社でお前と遊んだ時以来かな」


「……な、何のこと? 俺にはわからないなー」


 なんとか回避し続けているが、ちょいちょいと爆弾を放り込んでくるのが恐ろしい。


 あくまで認めない俺に苦笑してから、九鬼さんはもじもじと視線を彷徨わせ始めた。


「あ、あの……さ。もし良かったらだけどさ、アタシと……い、いや、やっぱいい」


 汗で張りつきそうな前髪を弄る彼女が気にしていたものは、実は俺が気にしていたものでもあった。


 だから――。


「……締めくくりに、その……一緒に観覧車に乗らない、かな……」


「う、うんっ!」


 心の底から嬉しそうにする九鬼さん。まだ恥ずかしいけど、勇気を出してよかった。


 ゆっくりと地上が遠ざかりだしても、正面に座っている九鬼さんはもじもじと自分の足元を見つめるばかりだ。


 そういう俺も緊張してるけど。


 こういう時こそ、俺がしっかりしないと!


「見てよ、九鬼さん。もう建物があんなに小さくなってるよ」


 俺に言われて窓から景色を見下ろし、九鬼さんは「うわあ」と瞳を輝かせた。


「凄いな。こんな風に見えるんだな」


「九鬼さんって観覧車は初めて?」


「……観覧車っていうか、遊園地自体が、かな」


 九鬼さんが、ほんの少しだけ悲しそうにポツリと漏らした。

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