第16話 男のプライドってやつ?

「あら、意外ね。水島さんは九鬼さんと友人なの?」


「まさか。ろくに話したことすらないわよ」


 そう言いながらも、水島は図書館の天井を見て小さく笑う。


「でもさ、あんだけ焦がれてんじゃん。少しは助けになってやりたくない?」


 白河さんが、想いを共感するように頷く。


 この二人まで九鬼さんに協力するとなったら、かなりヤバイんじゃ……? すでに俺は容疑者になってるわけだし。


 こうなったら……こっち側に引き込むしかない!


「あ、あー……それなんだけどさ……」


 注がれる視線に若干の気まずさを覚えつつも、俺はおもいきって告白する。


「実は……俺がその男の子だったっぽい……んだよね。よく見れば九鬼さんって、昔、神社で会った女の子に似てるし」


「はあ? マジで言ってんの!? だとしたら日本狭すぎでしょ! 何で次から次に関係者が集まってきてんのよ! 超怖いんだけど!」


「むしろ逆じゃないかしら。九鬼さんもこの春に引っ越してきたばかりらしいもの」


 白川さんが担任に聞いたという情報を披露すると、水島が唖然とした。


「マジで一途すぎなんだけど。アンタ、超大切にしなさいよ」


「何でいきなり応援モードになってんだよ」


「瀬能君は、九鬼さんの想いに応えてあげるつもりはないの?」


 カーテンに閉じられた窓に背中を預けながら、白河さんが優しい声で聞いてきた。


「そ、そりゃ、俺だって、その……なんていうか……」


「もじもじして、乙女か。けどさ、これなら話は簡単じゃん」


 水島が指をパチンと鳴らした。


「ロマンチックなのが好きそうだし、放課後の校庭に呼び出して告れば一発でしょ」


「無理だって!」


「何でよ? 九鬼の奴、完全に惚れてたじゃん」


「それは昔の話だろ! 憧れの男の子が俺だと知ったら……」


 軟弱者だと怒られるんならまだマシで、最悪なのは失望されることだ。


「それなら大丈夫だと思うわよ」


 頭を抱える俺を慰めるためではなく、純然たる事実だとばかりに白河さんが言う。


「あの好感度の高さからして、嫌いになったりはしないでしょ。むしろ今度は自分が瀬能君に男らしさを取り戻させる、とか言い出しそうな気もするけど」


 大いにありえそうな展開だが、それはそれで不満だったりする。


「なんかそれって……恰好悪いじゃんか」


「アンタが今更それを言う!?」


 桃太郎の時を見てきた水島が愕然とする。


 さすがに失礼だろと言えないのが辛い。


「だから、もっと強く、そして恰好良くなりたいんだろ!」


 そうやって自分に自信が持てた時、俺はようやくかつての男なんだと胸を張って言える。


「男のプライドってやつ? アホみたい」


「俺の一世一代の決意に、心の底から呆れんなよ!」


 はいはいと水島が手を振ったところで、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。


     ※


 教室に戻るなり手を掴まれ、あっという間に俺は校庭へ連行された。


 何故か目の前で怖い顔をしている九鬼さんに。


「さっきの時間、何をしてたんだ?」


 ガシッと肩を掴まれる。心配してくれているのか、かなり力強い。というか痛い。


「ちょ、ちょっと野暮用があって……」


 図書館を出る際に、水島から余計なことは言うなと念押しされている。本性がドMと知られれば彼女の立場的にマズいことになるだろうから当然だろう。


 九鬼さんがキジなら、隠すだけ無駄だけど。


「野望用か……そういえば白河と水島もいなかったな」


「そ、そうなんだ、初めて知ったよ、はは、ははは」


「初めて知ったのか。休み時間に一緒に図書館へ入っていった気がしたけどな」


 瞳の輝きを消失させ、ゆらりゆらりと九鬼さんが揺れる。


 何で知ってんの!? 誰かに聞いたの!? まさか監視してた!? マジで怖いんだけど!


「そ、そそそれは……その……」


「まあ、お前が誰と仲良くしようが? アタシには関係ないけどな? でもな? 嘘は駄目だろ? 昔はもっと真っ直ぐだったのにな?」


「た、たまたま調べものがあっただけなんだよ。そ、それに、俺は昔から性格変わってないねって、知り合いに言われたりするんだけどなあ」


 危ねえ! プレッシャーだけじゃなく、さらりとカマまでかけてきやがった!


「……本当か?」


「ほ、本当だって! そ、それより、何で俺は尋問されてんの?」


 ハッとしたように九鬼さんが俺から手を離した。


 俺の顔と床を交互に見ながら、両手を握ったり解いたりする。


「ベ、別に理由なんかねえよ。そ、その……き、気になって……」


 どうしよう。強気な女性がもじもじしてるのって、めちゃくちゃ可愛いんだけど。


 と、また九鬼さんが俺の顔をじーっと見てきた。


 やっぱり美人だよな。乙女チックな一面を知ったせいか、もうあんまり怖くないし。


「九鬼さんって、綺麗だよね……」


「は、はあ!? い、いきなり何言ってんだよ!」


 大慌てする彼女を見て、考え事をうっかり口に出してしまった事実を知る。


 今更、とんでもなく恥ずかしくなってきた。


「ご、ごめん」


「べ、別に謝らなくてもいいだろ。そんなこと言われたの初めてだから、嬉しかったし……」


 喧嘩の時は容赦なく相手の胸倉掴んで威圧する九鬼さんが、羞恥のあまり俺と目を合わせられないでいる。新鮮!


「ああ……くそっ。お前が変なこというから……」


 髪の毛をくしゃくしゃっとした九鬼さんが、大きくため息をついた。


「まだドキドキしてるじゃねえか。ど、どうしてくれんだよ。せ、責任取れよ!」


「責任って言われてもどうすれば……」


「そ、そこは男が決めるもんだろっ」


 リードされたがる奥手な女不良というのも、何気にグッとくる。


 どうやら俺は自分が知らなかっただけで、様々な属性を持っているらしい。


 だが節操なしではない。決して!


「そ、それなら、こういうのはどうかな」

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