第12話 アンタは立派な男だよ

 夕焼けが照らす住宅街。息を切らした俺は忙しなく周囲を警戒する。


「すっかり怪しまれてたけど、もう会うこともないだろ」


 鬼を倒した直後に「ぱんぱかぱーん」と、陽気な声とともに現れた球体天使をうるさいとぶちのめし、キジはじりじりと俺に詰め寄って思い出の男の子かどうか確かめようとした。


 普通なら「懐かしいな」と応じるところだが、軟弱者を嫌う幼女に散々軟弱者扱いされた俺は結局認めなかった。強くなくてごめんなさい。


「まあ、俺も連中が誰かはわからないしな」


 誰も正体を明かしたがらず、最後まで桃太郎だのキジだの呼び合ってたので当然だ。


 若干、一名ほど見当がつきかけてる人もいるけど。


「とりあえず願い事を取り消しに行くか」


 俺たちを現実へ送り返す際に涙声だったまん丸天使が、また新たな世界への招待を企てたら一大事だ。なんやかんやでキジいなかったら死んでたろ、あれ。


「……誰かいる?」


 神社の入口付近から中の様子を窺うと、男の怒鳴り声が聞こえた。


 あまり関わりたくはないが、気になって覗いてみると、


「あれって九鬼……さん?」


 女不良として有名な九鬼璃菜が、いかつい他校の男不良どもに囲まれていた。


「ずいぶんと調子に乗ってくれやがってるが、それも今日で終わりだ!」


「……御託はいいから、とっととかかってきな」


 男前な女不良は左手でクイクイと挑発しつつ、長い赤髪から取り出すように木刀を手にした。


 ……木刀? あれっ、既視感かな。なんだか変に見覚えがあるぞ?


「上等だ! ぶちのめしてから、たっぷりその体に礼儀を教えてやる!」


 スケベそうな丸刈りが他の連中に号令を飛ばし、女不良を囲む輪が狭まっていく。


 いくら彼女が強くても、あの人数に同時に攻撃されたら防ぎきれない。


「か、かわいそうだけど、狙われることをした九鬼さんの自業自得ってやつだよな、うん」


 見なかったふりをして回れ右。


 それがこの場における正しい判断だ。


 だってそうだろう。俺みたいな軟弱者が恰好つけたところで、何の役に立つっていうんだよ。


「奴だって人間だ。疲れるまで数で押すぞ。最初にヤりてえ野郎は気合入れろや!」


 不愉快極まりない発言に、鷲掴みされたみたいに胃袋がキュッと縮み上がる。


 気持ち悪い。吐きそうだ。


 だけどさ! 喧嘩だってきっと九鬼さんの方が強い! 俺なんか邪魔になるだけだ!


 それでもチラリと様子を窺えば、一人で戦う不良少女の姿があった。


「動きが鈍ってきたな。今日こそてめえも終わりだ、九鬼ィ! 俺たちの強さを思い知れ!」


「こんなのは強さじゃない……!」


「あン? そういやテメエは王子様を探してるんだっけか? ククク、残念だったな。大切に守ってきた純潔は、俺たちが貰ってやるよ。何なら王子様になってやるぜ!」


 数だけはいる男たちがゲラゲラと笑う。


 一対一なら彼女は負けてないが、正面の敵をぶちのめす間に背中を狙われるのだからどうしようもない。


 せめて輪を崩して動き回れるスペースがあれば……って、俺は何を考えてんだ!


 前を向いては俯く。ただひたすらにその繰り返し。


 震える足は動かない。ガチガチと歯が鳴って、視界に涙が滲む。


 こんな状況でも何もしようとしない俺は軟弱者でもない。ただのクソ野郎だ。


「そろそろ終わりが見えてきたな。生意気な女だが顔と身体は満点だからな。たっぷり楽しませてもらうぜ」


「さっきからベラベラと……よく回る口だな」


 羽交い絞めにしようとしてきた男を肘打ちで撃退し、荒い呼吸で大きな胸を上下させながらも、九鬼璃菜は微塵も戦意を失っていない目で高らかに言った。


「よく聞け! アタシの王子様はお前らとは違う! どんな時でも強さと優しさを失わない最高の男だ!」


 言葉の槍が心臓に深々と突き刺さった。


 痛い。苦しい。辛い。


 俺はそこまで言ってもらえる男じゃない。


 でも!


 だけど!


「うおおおッ!」


 腹の底から這い出た咆哮が夕闇の空を突き破る。


 驚愕する男の一人にタックルをかまし、とにかく彼女の背中側のスペースを開ける。


「何だ、てめえは!」


 不意をつけても多勢に無勢。あっという間に殴る蹴るの猛攻に晒される。


「早く距離を取れって! 俺なんかじゃ、そんな役に立たないんだから!」


 倒され、顔面を蹴られる。


 血の味が広がる口を開き、男の脛に噛みつく。


「弱えくせにでしゃばるんじゃねえよ!」


 俺だってそんなつもりはなかったよ! でもさ!


「やっぱり俺も男なんだ! 女が囲まれてるのに放っておけるかよ!」


「……っ!」


 隣で誰かが息を呑んだような気がした。


「雑魚が調子に乗ってんじゃねえよ!」


 丸刈りに側頭部を踏みつけられる。ズタボロになりすぎて、もう痛いかどうかもわからない。


「どーんと……突っ込んで、みた……けど、だめだめ……だな、俺……」


「……そんなことない!」


 転がり落ちた俺の呟きを、真っ先に否定したのは赤毛を逆立てた女不良だった。


「アンタは立派な男だよ」


 優しく俺の髪を撫でてから、彼女は立ち上がる。


「こいつが雑魚だってんなら、お前らはそれ以下のゴミだ」


「――ッ! ふざけんな!」


 丸刈りが仲間連中に檄を飛ばすが、崩れた包囲網を回復させるのは容易ではなかった。


 むしろそこに執着しすぎるあまり、数の有利さを活かせないまま、九鬼璃菜に潰された。


「こ、この……化物めっ!」


「言われ慣れてるよ」


 殴りかかってきた丸刈りに、カウンターの右ストレートが炸裂した。

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