第11話 何、このムリゲー

「落ち着いてぇ、桃ちゃん! ワタシが確かめてあ・げ・るぅ」


 もぞもぞ、さわさわ。


「ちゃんとぉ……あるのよねぇ?」


「短小ネタはもういいんだよおおお!」


 叫びながら折れた刀で鬼の太腿を刺す。刺す。刺す。


 ぽきん。ぽぽきん。ぽぽぽきーん。


「桃ちゃんのアレな刀ぁ……粉々に砕け散っちゃったわねぇ」


「もういいんだ……俺、明日から女の子になるんだ」


「ちょっとぉ! それって死亡フラグになるんじゃないのぉ!?」


 犬転がしに飽きた鬼が牙を剥き出しにして迫る。


 あ、これ本当にヤバイやつだ。俺、死んだわ。


「こうなったらぁ、お色気でのうさ――ぷぎゃ!」


 赤いシールヒップをふりふりした猿が、顔面をへこまされて彼方へ飛んでいく。


 俺、漫画以外で、殴られた人間が宙を舞うの初めて見たわ。


「何、このムリゲー。クソすぎるにもほどがあんぞ」


 お手上げポーズのまま、どっさりと地面に倒れる。無駄な抵抗はするだけアホだ。


 鬼の巨大な足裏が迫り、目を閉じたまま最期を待つ。俺の人生、儚かったなあ。


 激しい音がして、すぐに強烈な衝撃が――。


 ――やってこない?


「えっ!?」


 恐る恐る目を開けると、俺を守るように幼い少女が立っていた。キジだ。


 木刀を水平に構え、手で裏側から鬼の足を真上へ押し返す。


 残った片足を素早く右足で刈ると、キジの何倍もある巨体が土煙を上げて背中から大地に突っ伏した。


「凄え……」


 呆然と呟いた俺を立ち上がらせ、キジは木刀の先端を鬼に向ける。


「あなたにはまだつよさがたりない。いちどたちむかったのなら、さいごまでつらぬく」


「そんなこと言ったって、人間にはできることとできないことがあるだろ!」


 俺の反論に、しかしキジは薄く笑う。


「だいじょうぶ。どーんとつっこんでみれば、いがいとなんとかなる」


 あれ? どこかで聞いたことがあるような台詞だな。


 いや、今はそれどころじゃない。目前に迫った鬼をどうにかしないと。刀、折れてるけど。


「わたしはそのことばにすくわれた」


 文字通りどーんと突っ込み、鬼の巨体をグラつかせる幼女。まるで特撮でも見てる気分だ。


「そんなことできない。そういったら、つよくなれともいわれた」


 曲がった鬼の膝に乗り、腹筋に足をかけて、脇腹から肩へと登っていく。その身軽さはキジというよりも猿だ。


「あなたはできるのときいたら、かれはわらってうなずいた。あれこそ、ほんもののつよさをもつひと。わたしはあのひとにあうためにうまれてきた」


 ほうっと熱っぽい吐息を零し、左手を添えた頬を幼女が桃色に染める。


 なんとも乙女チックな光景だが、右手は握った木刀を鬼の頭部に食らわせ続けていたりする。


 ドサリと倒れた鬼を背に、木刀を高々と掲げたキジは濁りのない瞳で真っ直ぐに俺を見た。


「だからわたしはつよくなった。そしていまもどーんとつっこんでいる」


 俺は何も言えなかった。


 いい話かどうか、迷ってるからじゃない。


 気のせいなんかじゃなく、やっぱりその話に聞き覚えがあるからだ。


 ガクガクと膝が震え、一筋の冷や汗が頬を伝う。


「かおいろがわるい」


「き、きっと、鬼が怖いからだなー。あは、あはは」


 露骨に動揺してしまったせいで、明らかに怪しまれている。


 言えない!


 その偉そうに語ってたガキが、多分、俺だなんて!


「……あのじんじゃはわたしとあのひとのおもいでのばしょ」


 覚えてる。というか思い出した。


 俺が子供の頃に出会ったのは、当時通っていた幼稚園を羨ましそうに見ていた女の子だったはず。


 引っ越しが多くて通えないって話で、気にしないで遊ぼうと言ったら、怖いから無理って返されたんだ。そこでさっきのキジの台詞を言ったはずだ。


「そ、それで、わざわざその人と遊んだ神社にお願い事をしたのか」


 ぎょろりと双眸を開いたキジが、瞬きもせずに俺を視界の中心に据える。


「どうしてあそんだとわかる? そこまでいってないのに。もしかして……」


 マズった! めっちゃ怪しまれてる!


 憧れの存在らしい俺が、成長して見事なヘタレになってると知られたら……。


『なんじゃくものにはしを』


 なんて言われかねない。っていうか、そうなる未来しか見えない!


「こ、子供同士の思い出って言ったら、遊んだこと以外にないだろ!」


「……いわれてみれば、そう……なの?」


 下唇に親指を当てて、考え込む幼女。


 ……の後ろから、ここぞとばかりに鬼が迫る。


「あ、危ないっ!」


 飛び込んで彼女を救おうと思ったのに、度胸のない両脚は震えっぱなしで動いてくれない。


 どこまでヘタレなんだよ! くそったれめ!


 自分を罵倒したところで、新たな力など得られるはずもない。


 その間にも鬼が繰り出した拳は幼女を捉え――。


 ――たと思ったところで回避し、手首を掴んで一本背負いを喰らわせた。


 背中に目がついてるの? そもそも何で自分の何十倍もある巨体を軽々と放り投げてんの?


 彼女は言っていた。強くなったのだと。


 俺は思った。そういう問題じゃないだろと。


 生暖かい目で見守ること数分。


 キジだという一人の幼女による鬼退治が完了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る