第10話 ガチじゃねえかあああ!
涙ながらに前進する俺は、まごうことなく物語の主人公だ。
「ヤケクソはだめよぉ。小桃ちゃん」
「小桃言うな!」
「そんなにちっちゃかったんです?」
「かりんとうっていうかぁ……乾電池くらいぃ? 単四のぉ」
男は寒いと縮み上がるんだよ! 俺だけじゃないんだよ!
「どうきはともかく、やるきになったのはいいこと」
木刀で素振りをしながら歩く真顔のキジさん。外見は幼女なのに、相変わらず怖いっす。
「でもぉ、やる気と戦果は別ものよぉ?」
「そうですう。やっぱりご主人様には大きな人がいいですう」
この駄犬、そろそろ本気で黙らせようか。幸いにして俺には刀もあるし。
桃太郎らしく背負っている刀をとりあえず抜いてみる。いざ鬼を前にした時に、役に立たなかったらどうしようもないしな。
けど、思ったより長くないな。桃太郎の武器って短刀だったっけ?
「さやにとりせつがはいってた」
キジが地面に落ちたメモ用紙を拾い、抑揚のない声で読み上げる。
「かたなはおとこのしょうちょうそのもの。おおきさやきれあじもひれいする」
「さっきから下ネタばっかじゃねえか! あの天使、桃太郎を何だと思ってやがる!」
ブチ切れる俺の横で、マジマジと刀を眺める影が二つ。瞳を輝かせる猿と犬だ。
「要するにぃ、桃ちゃんの刀はアレそのままってことなのねぇ」
「小さいのを晒される恥辱ってどんな感じです? ゾクゾクします? しますよねえ!」
「うわあああ。お前らなんてだいっきらいだあああ!」
全泣きで、刀をバットのごとく振って振って振り回す。
「あんまり激しくするとぉ、すぐになよっとしちゃうわよぉ?」
「うるせえよ、ちくしょう! 早漏も短小も俺の辞書に入ってねえんだよ、この野郎!」
こんな世界にぶち込んでくれやがったあの天使だけは絶対に許さない。絶対にだ!
「さっさと鬼ヶ島に行くぞ! どうせあの天使のことだ。鬼って書かれたラブドールでも出てくんだろうが!」
※
禍々しい妖気に包まれて、雷雲渦巻く鬼ヶ島。
強制的に桃太郎に扮している俺が見上げるのは、空へ届かんと聳える鬼、鬼、そして鬼。
「ガチじゃねえかあああ!」
筋骨隆々の身体に鋭い牙。残虐な輝きを宿す両目に震えが止まらない。
「そういうわけで、解散!」
右手を上げて回れ右。皆で急いで帰りましょう!
「これはさすがに短小桃ちゃんじゃ厳しいわねぇ」
「まだ言ってんのか、この発情猿は!」
真っ赤な尻を蹴飛ばして、強制的に突撃させてやろうか、こんちくしょう。
「だけど、かてないあいてじゃない」
何で木刀構えちゃってんの、この子。アホなの? っていうか、アホだよね? うん、アホだわ。相手は鬼だよ? 勝てるわけないじゃんか!
「夢見てないで撤退するんだよ! 言うこと聞かない子は置いてくからな!」
放置決定で、鬼が攻めて来たら逃げよう。きっと桃太郎の世界でも生きていけるさ!
だが鬼ヶ島の船着き場へ走ろうとしたのは俺一人だけだった。
「私はこの世界の住人ではないですけど、だからといって見捨てたりはできません。覚悟を決めて突撃します!」
「りっぱなかくご。どこぞのなんじゃくものはみならうべき」
何故かやる気全開の犬が四本足で駆けだし、見守るキジが腕組みしながらうんうん頷く。
こいつら、頭に脳みそじゃなくてヨーグルトでも詰まってんだろ。
「いきますよおおお! えええいっ」
気合の咆哮を放ち、果敢に突っ込んだ犬が――。
――鬼の足元にころんと転がって、服従のポーズを取った。
「さあ、蹴るなり踏むなり好きにしてください! 早くううう!」
アホ犬は最後までアホ犬でした。めでたしめでたし。
「――じゃねえんだよおおお!」
サッカーボールみたいに蹴られて遊ばれてるのに、心から満足そうに涎を垂らしてるあの駄犬! あの駄犬! マジでおもいっきりぶん殴りたい!
己の欲望に忠実過ぎた愚か犬のせいで、鬼に気付かれた俺たちは揃って追われるはめになる。
「ちょっとぉ、桃ちゃんは桃太郎なんだからぁ、頑張ってよぉ」
「ふざけんな! 体格だけじゃなく人数も違うじゃねえか。現実はゲームと違うんだよ!」
「そうなのぉ? 絵本の世界だからぁ、意外に桃ちゃん、凄い力があるんじゃないのぉ? 川でも溺れかけのワンちゃんをぉ、片手で抱えてたじゃなぁい」
言われてみればそうだ。
仮にもあの球体は天使。自分で呼び込んでおいて、あっさり見殺しにするとは思えない。
「こういう時はチートじみた力が発現するのが定番中の定番! 華麗に鬼を倒して、今まで俺をバカにしてた女どもがベタ惚れからのハーレム展開だな! 結末が読めたぜ!」
「さっすが桃ちゃんよぉ。無事に鬼ちゃんを倒せたらぁ、お姉さんがお好みのシチュエーションでぇ、筆・卸・しをしてあげるわぁ」
超ガンバリマス!
「俺の刀が光って反り返る! お前を倒せと悶え叫ぶ!」
「それってぇ、我慢――」
「――うおおッ! 食らえ、桃太郎スラアアアッシュ!」
即興の技名を叫び、想像の中では鬼の頭よりも高く跳躍し、脳天に必殺の一撃を叩き込む。
「桃ちゃあん、鬼の太腿までしか刀が届いてないわよぉ」
――ぽっきん。
あらやだ♪ アレな刀が折れちゃった♪
「うわあああ! 根元からぽっきり逝ってやがるううう!」
男の象徴だったよね!? 折れたらどうなんの!? 女体化すんの!? いやだあああ! せめて彼女作って、童貞卒業してからにしてよおおお!
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