第9話 お花畑が見えちゃううう

 弱腰と受け取ったのか、露骨にキジが不快そうにする。


「さいしょからあきらめるのはかんしんしない」


「まぁ、キジちゃんほど好戦的なのもどうかと思うけどぉ、桃ちゃんは心配しすぎぃ」


「そうですよう」


 くねくねしっぱなしの猿に、すかさず犬が同意した。


「実際に叩かれてみれば、意外とイケますよう」


「駄犬は黙ってろ」


「だ、駄犬だなんて! ああっ、興奮しますう。もっと蔑んでくださいいい」


「とりあえず、この犬を川に捨てるから手伝ってくれ」


「わかった」


 かろうじて冗談だった俺の言葉に即答し、キジが犬を放り投げた。


 ざっぷんと上がった水飛沫を呆然と見ながら、


「おいおい、気持ちはわかるけど、本当に捨てたのかよ」


「ちがう。いぬらしくおよいでむこうぎしにいってもらう」


「もしかして川を渡るためか?」


 犬かきって言葉もあるくらいだし、泳げる可能性は高そうだが……。


「ロープとか持たせたのか? 手ぶらだと向こう岸についてもどうしようもないぞ?」


「こまかいことはきにしちゃだめ」


 結構大事な問題じゃないかな!?


 っていうか、あの犬、派手に溺れてるし!


「ああ、もう!」


 見捨てるのも寝覚めが悪いので勢いよく足から川に入り、


「うわっ、冷たいし、服、重っ!」


 流されそうになるのを踏ん張りながら、あっぷあっぷする犬を小脇に抱える。


「こいつ、意外に重っ! つーか、動けないんだけど!」


 助けてと視線で訴えようとしたその時、ぴょんと身軽に跳んだキジが俺の頭に着地した。


「おぶっ、ごぼっぽ」


 俺まで溺れかけてるというのに、一人だけあっさり向こう岸に到達する。


 なんたる横暴。なんたる自己中。怖いから面と向かって抗議できないけど!


「その手があったわねぇ。ワタシも頭の上を失礼するわぁ」


「ぶごごご」


 猿にまで踏み台にされて、俺、ただいま絶賛沈没中です。


「桃さんまで溺れてどうするんですかっ! しっかりしてくださいよう。ああっ、でも水責めというのもありですう」


「お前……本気で捨てるぞ、この野郎」


「いやあああ。虐められるのは好きでも、死ぬのはごめんですううう」


 渡り方はちょっと酷かったものの、キジと猿が長めの木の枝で途中から手伝ってくれた。


 ひーこら川を渡り切って、先に犬を岸に上げた俺の姿に、猿がうわあとドン引きした。


「鼻水まで垂れてるわよぉ。さすがにそんな桃ちゃんは誘惑できないわぁ」


 何が楽しいのか、人の前で尻尾まで揺らしてやがる。


「そいつはどうも!」


「え? ちょ、尻尾掴んで何する――」


「――こうするんだよ!」


 尻尾をおもいきり引っ張られた猿が、バランスを崩して頭から川へダイブする。ざまあみろ。


「あ、あんまりじゃ……って、この川、そんなに深くないのねぇ」


 そうだよ。深かったらとっくに溺れてるよ。


「慌てて損したわぁ」


 安心したように言ったあと、猿はあれぇと首を傾げる。


「それならどうしてぇ、ワンちゃんは溺れてたのぉ?」


 言われてみれば謎だ。


 足つくんだし、溺れる理由がない。


 話を振られた駄犬が「てへっ♪」と舌を出す。


「溺れて苦しむのは、水責めを楽しむ基本かなって」


「そうかそうか。それなら黄泉の国へ行くまで楽しんでくれ」


「んぼっ! 桃さん、目が怖――がぼぼっ、んぼぼっ、お花畑が見えちゃううう」


「このままだといくんでしょうけどぉ、漢字の方かしらぁ、カタカナの方かしらぁ」


 知らねえし、知りたくもねえよ。


「あんまり遊んでないでぇ、桃ちゃんは服とか乾かした方がいいわよぉ。ワタシはシールだけだからぁ……あアン、濡れたから剥がれかかっちゃってるぅ」


 そういや猿は大事なとこをシールで隠してるだけだもんな。


 ……そうだよ! シールだけなんだよ!


 現実世界じゃないし、見ても痴漢になんないよね!?


 むしろ絆を深めるのに必要なイベントだと思うし!?


 いっそ堂々と見ちゃってもいいんじゃね的な!?


 ガバッと顔を上げた先に広がるのは、実に美しい――。



 ――木刀の木目でした。



「のぞきはおとこらしくない」


「ですよねー」


 キジが愛想笑い全開の俺から、どこかの涅槃に逝きかけていた犬を奪い取る。


「あなたもけをかわかす。ん? なんかまじっくてーぷみたい」


 幼女が力を入れると、犬の身体からビリビリと毛が剥がれる。まさかの着脱可能タイプ!?


 ん? でも毛がなくなるってことは……。


「そ、そこはだめですよう。大事なところが丸見えにいいい」


 とかなんとか言いながら、きっちり股を開くアホ犬。どこまでも欲望全開である。


 ぷるんと水を弾いてまろびでる蠱惑的な双丘。ちょっと垂れ気味でも揉み心地よさそうなむち尻。そして極めつけは――。


「そんなに興奮してたらぁ、桃ちゃんの桃ちゃんが大きくなっちゃうわよぉ」


 シールを張り直した猿が妖しく舌なめずりをして、


「……あらぁ? 水に濡れたせいかしらぁ。すっごくちっちゃいわねぇ」


 俺の心を叩き折った。

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