第8話 いますぐさがしてきて
「……」
じーっと。
それはもうじーっと。
キジが無言で俺を見てる。超怖え。
「あ、あの……俺が何か……?」
「さっきのてんしが、わたしのこいをおうえんするっていった」
「はあ……」
子供の頃から一途に想い続けてるってやつか。
男冥利に尽きるが、生憎とそんな胸を熱くする展開が俺に訪れるとは思えない。
そうだったら、とっくに彼女できてるしね!
「ここにいるおとこはあなただけ。もしかして……」
「え? いや、多分、違うと思うけど」
「わたしもそうおもう」
なら聞かないでほしい。
「あのひとはつよくてりりしくてすてきだった……」
ほうっとキジが恋する乙女の顔をする。見かけが幼女だけにこれまたよく似合う。
「青春ねぇ。お姉さんが協力してあげるわよぉ」
「それならいますぐさがしてきて」
力になろうとした猿が、目の座ったキジの圧力に半歩後退りする。きっと今頃、口は災いのもとという言葉の意味を実感してるに違いない。
「そ、その前にぃ、現実に戻らないとぉ。鬼を倒さなきゃいけないのよねぇ」
救いを求めるように猿が俺を見た。巻き込もうとするのはやめてほしい。
「球体天使の言い分を信じるなら、だけどな」
「あらぁ。あのまん丸が嘘ついてるって言うのぉ?」
「だって俺、朝、全力で走ってたら現実に戻ってたし」
正確には怒り狂ったキジから逃げてたんだけど。
「ならはしる。ゆうひにむかってぜんりょく」
「あ、あの……今は夕方じゃないですし、無理ですよう」
意外と細かい性格なのかなと思いきや、指摘した犬は期待に濡れた目で、尻尾の生えたお尻をフリフリし始めた。明らかに期待&催促している。
「……」
無言でキジが木刀を振り下ろす。
「あうんっ! いきなりお尻にそんな……はあああんっ」
痛そうなのに大喜びである。
「もう駄目ぇ。ああ、私に酷いことしないでくださいっ」
男の俺でもドン引きな光景なのだ。幼女の姿とはいえ、実年齢は十六らしいキジはもっとだろう……と思いきや、さらに木刀を振るい始めた。
「ごほうびがほしければ、はしる」
「きゃううんっ」
木刀が風を切る音だけで興奮したらしい犬が、四本足で走り始める。しかも意外と速い。
「あっちは楽しそうねぇ」
「うおっ! だから音もなく背後に忍び寄るのはやめろって!」
耳に息を吹きかけられ、逃げようとした瞬間にフェロモン猿に抱きつかれる。
「ねぇン、桃ちゃん。お腰につけたきびだんごぉ……今度こそぉ、ワタシにくださいなぁ」
「だ、駄目だって、桃太郎に成人マークがついちゃうだろ!」
「大人のための桃太郎があってもいいじゃなぁい」
するすると猿の手が羽織の中へ入ってくる。
「乳首は……うああっ、ちょ……耳たぶを噛むなあ!」
「いい反応だわぁ、ずっと男の人をこうして責めてみたかったのぉ。官能小説みたいにぃ」
その官能小説って男が誘惑されるやつだよね?
凌辱されるやつじゃないよね!?
「そろそろぉ……大きくなってきたんじゃなぁい?」
「い、いやだあああ。初めてはもうちょっとロマンチックなのがいいんだあああ!」
今朝とは違って、今度は猿から逃れるために全力で走る。
童貞を卒業させてもらえるなら誰でも大歓迎。そう思ってた時期が俺にもありました。
でもさ、こういうのってなんか違うんだよ。あの犬なら喜びそうだけど。
いつの間にやらその犬を追い越し、先頭に立った俺は涙を巻き散らしながら走り続けた。
※
「はあ、はあ、はあ、ちょ、ちょっと、休もう」
膝に手を置いて荒い呼吸を繰り返す俺の目の前には、悠然と大地に横たわる大きな川があった。
流れはさほど速くないが、簡単に向こう岸へ辿り着けるような距離ではなかった。
すぐ隣では、犬が力尽きたようにうつ伏せで倒れている。
「おい、大丈夫か」
心配して声をかけると、犬はどこか惚けたような顔を上げる。
「木刀を持った人に追いかけられるのって……素敵なんですね……」
ああ、そうだ。こいつは駄目な奴だったんだ。もう放置しておこう。
「このていどでつかれるなんて、なんじゃくすぎる」
ほぼ離れずに後を追ってきたキジが、息切れ一つなく言い放つ。化物ですね、あなた。
「本当よねぇ。ところでぇ……男性は疲れると下半身が元気になるって言うわよねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。一生、この世界にいてもいいのかよ」
「それはさすがに困るわぁ」
猿が残念そうにしながらも、俺への追撃を諦めた。
「でもぉ、どうすれば出られるわけぇ?」
全員の目が俺に集まる。走っても現実へ戻れなかったんだから当然だ。
「朝とは状況が何か違うってことなのかな……」
「まだるっこしい。おにをたおせばかいけつする。てんしもいってた」
どこまでも幼女は男前だった。
「それしかなさそうねぇ」
「……鬼の責め苦……」
諦めたように嘆息する猿と、期待に唾を飲む犬。
どうしてこいつらはそんなに鬼ヶ島に行きたいんだ?
いや、現実に帰りたいのは俺も一緒だけどさ。
「簡単に言うけど、相手は鬼だぞ鬼! 勝てるわけないだろ!」
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