第6話 これでゲームオーバーか

「おもいきり混乱しているみたいですが、とりあえず落ち着いてください」


 自称天使の球体がぺかっと光る。


 ……おお? なんか動悸が治まってきた。


「お前……じゃなくて、あなたは本当に……天使……なんですか?」


 恐る恐る尋ねると、頷いたつもりなのか、球体は上下に動いた。


「理解してもらえて何よりです」


 まったく理解も納得もしてないが、ひとまず棚上げしておこう。


「あ、あの……さっき、俺が子供の頃にお供えした本の話をしてましたけど……もしかして、泉から物が消える原因って……」


「私ですよ。最初はご老人が小銭を落としたのが始まりでしたかね。暇潰しに姿を現して泉から小銭を取り出してあげると、それはもう腰を抜かすほど驚かれましてね」


 そりゃ、そうだろう。俺だってさっきは失禁しそうに――って、コイツ、さらっと暇潰しとか言わなかったか? 本当に天使なのか?


 俺の疑問など露知らず、天使な球体は言葉を継ぐ。


「その場はそれで終わったのですが、翌日にはお礼と言ってお団子を泉に放っていかれましてね。以来、泉にお供え物がされるようになりまして、放置してるとすぐに物品で溢れ返ってしまうので、暇な時に取りに来てるのですよ」


 また言った! 


 本当に天使なら色々と忙しいのかもしんないけどさ。暇だからとか言われると、ありがたみが減るというか信仰心が欠落していくというか……。


「でも、本当に天使っているんですね。やっぱり寂れた神社が豪華になるほど位が高まったりするんですか?」


「何ですか、その意味不明な設定は。神社で遊――願いを叶えているのは、あくまでも人間のためですよ」


「……今、遊んでるって言いかけましたよね?」


「気のせいです」


「いや、さっきからちょくちょくと――」


 非難しようとして、天使の台詞を思い出した俺は動きをピタリと止めた。


「人間の願いを叶えてる……って言いました?」


「正確にはそのきっかけを与えるだけですが。完全に叶えてしまうと、人間は努力を怠りますからね。それではためにならないとジジ――こほん。まあ、そんな感じの理由で面倒極まりない方法を選択しているわけです」


 最後の方、まったく猫を被る気なかったな、コイツ。


 どうやら毒舌らしい天使の説明に一応納得しかけ、俺は重要な事実を思い出す。


「それじゃあ、俺の願い事も……」


「もちろん知っていますよ。もう彼女が欲しいなんて歳になったんですね」


 自称天使は過去を懐かしんだあと、


「そのわりには朝のチャンスをみすみす逃してましたけどね」


 とんでもないことを言い出した。


 いや、俺もこの流れから、そうじゃないかと疑ってたけどさ。


「やっぱり朝の一件は、お前の仕業だったのか」


「はい。……それより、瞬く間に私への尊敬の念が消えている気がするんですが」


 なんだか寂しそうな雰囲気を漂わせてるが、暇潰しだの遊びだのとのたまっておいて、尊敬されると思ってたのか、コイツは。


「じゃあ、あの三人が俺の彼女候補?」


「いいえ。単にあの三人も願い事をしていたので、まとめてみただけです」


「お前、人間に尊敬される気ないだろ」


 当たり前とでも返ってくるかと思いきや、意外にも自称天使はショックを受けていた。


「さすがに失礼ですよ! 緊張が和むようにと、わざわざ絵本の世界へ招待してあげたのに」


「だったら事前に説明くらいしておけよ!」


「何を言ってるんですか。人間界ではサプライズというのが流行中だと聞いていますよ」


 胡散臭い天使が、人間通みたいな雰囲気を匂わせる。


「桃太郎だって皆が大好きな絵本ですよ! 他ならぬ貴方がそう言ってくれたんじゃないですか! 今でもはっきり覚えていますよ!」


「マジで? まったく覚えてない。そもそもサプライズ云々関係ないし」


「言い訳なんてもうたくさんです!」


 え? 俺、いつ言い訳したの?


 疑問を口に出すより早く、トンデモ天使が眩い光を放ち始めた。


「こうなったら他の面子ともども、もういっちょ桃太郎の世界へご案内してやりますよ!」


「は!? おい、待て。だから先に人の承諾を――」


 やめさせるべく手を伸ばしたがすでに遅く、一瞬のうちに俺は山の中へ移動させられた。


     ※


 戻ってもお爺さんとお婆さんは見つからないのに、少し進んだら犬、猿、キジと遭遇した。


「これでゲームオーバーか」


「いきなり諦めないでくださいよう」


 鼻フックを装着したままで、ふがふがと励ます犬。とってもシュールだ。


「またいきなりだったわねぇ。そんなにワタシで童貞を卒業したいのかしらぁ」


 くねくねと腰を揺らす猿がウインクし、朝の出来事そのままに目を細めたキジが、右手の木刀で地面を打ち付ける。だから怖えよ。


「あなたがわたしたちをよんだの?」


 まだ口調が幼女っぽいので、どうやらキジの逆鱗には触れてないっぽい。


「俺も被害者だ。犯人は天使だよ」


 衝撃の事実を告げたにもかかわらず、全員の目が白く染まる。


「頭がおかしいんじゃないかって思うのもわかる。だが聞いてくれ。俺は見たんだ、天使を」


「あくまでも押し通すつもりみたいですよう」


「童貞を拗らせすぎてぇ、見てはいけないものが見えてしまってるようねぇ」


 猿が木刀を肩に乗せているキジを一瞥し、


「キジちゃんが見境なくキレたせいよぉ。早く卒業させてあげればよかったのにぃ」


「ほんきであいしあってるならとめなかった。あそびもふたまたもごんごどうだん」


 声は愛らしいのに「みつけたらぼくさつする」なんて付け加えるもんだから、とってもバイオレンス。

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