第5話 天使です

 まだ新しい学校に馴染んでないせいか、授業中以外は廊下で他クラスになった中学時代の友人と会話する生徒も多い。


 そんなわけで今日も四階の廊下は大盛況だ。ちなみに二年生が三階で、三年生が二階になる。一階は職員室や美術室、保健室などの特別教室ゾーンだ。


「つーか、それ、マジで超ウケるんですけど!」


 お前はいつの時代のギャルだとツッコみたくなるような台詞にため息をつく。


 一番手前のA組が俺のクラスなんだが、何故か一つしかない教室のスライドドアに、ギャル軍団が背中を預けてお喋りをしていた。お前らは門番か。


「水島、そこ、退いてくれないか?」


 こんがり焼けた褐色肌に頭の悪そうな金髪。それでいてアクセサリーもジャラジャラ。怒られたがってるとしか思えないギャル軍団のリーダー格に声をかけた。


「え? フツーに通ればいいじゃん」


「……無理だから、頼んでんだけど」


 逆側から開ければドアがぶつかる。そしたら大騒ぎするんだろうが。


「ウチの脇の下からドア開けて、股の間をくぐればいいじゃん」


 まさしく嘲笑としか言いようのない顔を見せる水島。他のギャルもやんやと囃し立てるもんだから始末に悪い。


 実際にその通りにしたら、またからかわれる。別に俺が虐められてるわけじゃなく、連中は単に面白いネタを探してるだけだ。


「いいから退けよ」


 朝から色々ありすぎたせいで若干イラついてた俺は、ついうっかり強めに言ってしまった。


 マズイと思っても後の祭りで、案の定、取り巻きのギャルどもが「マジムカつく」などと言い出した。


「コイツ、ヤッちゃおう――って、楓?」


「はへ?」


 何故かぽーっとしていたギャルリーダーが、なんとも間の抜けた声を出した。


 目玉だけを動かし、周囲の状況を確認してから、気を取り直すように腕を組む。


 なかなかの巨乳さんが腕にぽよんと乗る。自動的に寄せられたむっちりな谷間が、第二ボタンまで開けられているブラウスの隙間から覗く。


「どこ見てんのよ。まるで嘗め回すようにしちゃってさ……」


 挑むように水島が顔を寄せてくるが、その息遣いが妙に荒くてエロい。


 この人、まさか興奮してんの?


 強い口調で退けと言われてボーっとしたり、おっぱい覗かれてはあはあ言い出したり、これじゃマゾだろ。まるで朝に出会った変態犬――。


「い、いや、さすがに考えすぎだよな、外見も違うし」


 でも連中は本来の姿と違うと言ってたし……ああ、もう。考えてもわかんねえよ!


「一人でブツブツとウザイんだけど」


 水島に睨まれた俺は試してみるべく、ちょっと強めに彼女の肩を押してみた。


 たいして力を入れてないのに、思ったよりも大きな音がして、取り巻き連中が殺気立った。


 しかし――。


「あふ……」


 水島はなんとも艶めかしい吐息を零した直後、慌てて言い繕う。


「こ、こんなんで調子に乗んなっつーの。どうせなら、もっとマジになってみなよ」


 周囲には怒りで紅潮してるように見えるだろうが、すぐ近くにいる俺にはわかる。


 この女、本気で興奮してやがる。


 しかも明らかな挑発をしてきたってことは、もっとやれって催促してんのか?


 うわ、面倒なのと関わっちまった。


「貴方たち、何をしているのですか。早く教室に入ってください」


 どうしようか悩んでいたら、ホームルームの時間になっていたらしく、女担任に注意された。


 二十代後半で独身。黒髪をアップでまとめて、お堅そうなスーツに身を包んだ姿はザ・教師。


 わりと美人なのに色気を感じさせないので、厳しそうな印象が付きまとう。


 不服そうにしながらも意外と素直なギャル軍団がそれぞれの教室に散らばり、わざとらしい舌打ちをした水島の背中を追うように、俺も教室に入った。


     ※


 通学路にある神社は、日中でも覆い茂る木々のせいで薄暗い。


 放課後になるなり猛ダッシュでやってきた俺は、奥にある水溜まりを大きくしたような泉に、腕まくりした手を突っ込んでいた。


 この神社には昔からの言い伝えがある。


 願い事を書いた紙を泉に沈めれば願いが叶うというものだ。といっても、近所の人間が知ってる程度のものだが。


 だからこそ俺も数日前に願い事をしたのだが、クラスの女子がその噂をしているのを聞いてしまった。


 本当かどうか試されて、俺の願い事が見つかったりすれば始まったばかりの高校生活が闇に閉ざされるのは必至。


 そこでこうして探してるんだが……。


「ない、か。昔と同じだな」


 生温い風が吹いた。緊張で唇がカサつく。


 子供の頃にも俺は一度試したことがあった。


「あの時は確か願い事じゃなくて、お供え物をしたんだったな」


「桃太郎ですね。今も愛読してますよ」


「誰だ!?」


 背筋が寒くなった。


 誰かに見られないように、入る前に何度も周囲を確認した。間違いなく俺以外には誰もいなかったはずだ。


「天使です」


 快活そうな女の声が聞こえた。


 しかし俺の前には、世にも奇妙な球体がぽわんと浮かんでるだけだ。


 ――浮かんでる球体?


「うわあああ! 人玉だあああ!」


 俺は逃げ出した!


 しかしまわりこまれてしまった!


「人の話聞いてました? 正確には人じゃなくて天使ですけど」


 手で振り払おうするも、器用に避けられる。


 輪っかを浮かべ、後ろ側? の小さな翼をパタパタさせて飛んでいるのは、まごうことなき拳大の黄色い球体。


 やたらとツルツルしてるので血色? は良さそうだ。


「俺を呪ったって美味くないぞ! くっ、殺せ!」

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