第4話 ちょっと寄り道しててね
「……おい、アレ、九鬼だぜ」
顎をしゃくった友人につられて視線を向けると、髪の毛を赤く染めた長身の女生徒がいた。
「何やってんだ?」
信号のない横断歩道で、おろおろしている老婆に彼女が近づく。
「婆さんからカツアゲする気かよ。さすが不良だな」
地毛だという赤毛と、男相手でも圧倒する喧嘩の強さ。
身に纏う威圧感も含めて、周囲が彼女を不良と恐れるのは当然だった。
名前は璃菜で可愛いんだけどな。
「いや……なんか違うみたいだぞ」
確かに老婆から荷物は奪ったが、逃げるでもなく、逆に手を引いて横断歩道を渡らせた。
「九鬼が人助け? 嘘だろ」
友人の声が聞こえたのか、老婆に荷物を返した九鬼さんが、ギロリとこちらを睨んだ。
あれ? なんだか今の威圧感に覚えがあるような……。
そんなことを考えていたからだろう。逃げた友人に取り残され、気がつけば女不良と真正面から向かい合ってしまっていた。
一般男性の平均程度はある俺と比べても、九鬼さんの身長は大差ない。前髪で目元が軽く隠れているのも、迫力に磨きをかけている。
「アタシに文句でもあるのか」
女不良のテンプレみたいな言葉遣いだが、怖くて笑ったりはできそうもない。
「い、いや、九鬼さんは優しいんだなって……」
落ち着け、落ち着くんだ。相手は本物の鬼じゃないんだし、こっちが敵意を見せなければ襲われたりしないはずだ。……多分。
「弱い奴に優しくすんのは当たり前だろ」
「そ、そうだよね。当たり前だよね。あは、あはは」
「それが強い奴ってもんだ。心配しなくても、お前みたいな奴を虐めたりもしねえって」
面白くもなさそうに九鬼さんが言った。
こうして間近で見ると結構――いや、かなり整った顔立ちをしてるんだよな。普通にしてれば、不良なんて恐れられずに美少女扱いされたろうに。
「あン? アタシの顔になんかついてるか?」
「す、すみません!」
「そんなにすぐ謝んなよ。男だろ? も少しビシっと……」
途中で考え込むように、九鬼さんが口の動きを止めた。
なんだろう凄く怖い……というか、嫌な予感がする。
「お前の雰囲気……どっかで……」
「え? よ、よくわかんないけど、きっと気のせいだよ。それじゃ!」
「お、おい。そっちは学校と反対――」
まだ何か言ってたみたいだが、怖いのでその場から全力で逃走した。
……なんか少し前に、似たようなことをしたような……きっと気のせいだな、うん。
※
方向も考えずに走ったせいで、ずいぶんと高校から遠くなってしまった。
「やべっ。急がないと遅刻する」
九鬼さんが追って来てないのを確認して、方向転換する。
あとはまた遭遇しないように違う通学路を使おう。俺は慎重派だからな!
踏切前で立ち止まると、横から声をかけられた。
「おはよう、瀬能君」
風に乗って長い黒髪がそよぎ、清楚の象徴みたいな黒瞳が、眼鏡の奥から俺を見つめていた。
「おはよう、白河さん。今朝は遅いんだね」
「図書委員の仕事がなかったから、寝坊してしまったの」
ウフフと微笑む仕草もお嬢様チックで、清純という形容が誰よりも似合う。
下の名前は沙織で、クラスの図書委員を務めている。
「瀬能君こそ珍しいわよね。通学路、確かこっちではなかったでしょう?」
「はは……ちょっと寄り道しててね」
桃太郎の世界に。
いまだに現実だったのかはわかんないけど。
「コンビニかしら。先生に見つからないようにね」
委員長キャラながら図書委員だったり、校則に違反しているなどと口煩いことも言わない。
同じ中学に通っていた頃からそうで、親しみやすい人気者でもあった。
「そういや聞いたよ。早くも告白されたんだって?」
「もう噂になっているの? 困ったわね」
彼女に告白する男子は昔から多くいるが、俺が聞いた今回の噂も含めて、成就させられた奴は一人もいない。
理想が高いなどと勝手に言われてるが、真相は不明だ。
「白河さんは、彼氏とか作る気ないの?」
「彼氏か……セ――」
――ガタンガタン。
目の前を走っていく電車の音に掻き消され、笑顔の彼女が何を言ったのか聞き取れなかった。
「え? 何て言ったの?」
「……ウフフ。秘密」
悪戯っぽく笑って、ステップを踏むように白河さんが背を向ける。
ふわりと。
電車の通過によって発生した風が、邪な手を彼女のスカートに伸ばした。
「あっ!」
「――っ!?」
慌ててスカートを押さえた白河さんは振り返り、
「……見えちゃった?」
なんて可愛らしく聞いてきた。
紳士の嗜みとして首を左右に振ると、彼女は桜色の頬を緩ませた。
「よかった。でも、嘘だったら……怒るからね」
招き猫みたいにした手で、軽く叩く真似をする。
清純さとあどけなさが高度に融合した愛らしい仕草に、ノックアウトされそうになる。
けど。
だけど!
俺は見てしまった。
舞い上がったスカートの奥で、紫色に息づくTの衝撃を!
あの白河さんが……?
嘘だろ? あれじゃ、まるで発情中の――発情?
「いや、まさかな……はは、ははは……」
「どうしたの? 早くしないと学校に遅れるわよ」
両手に持つスクールバッグをお尻に当てた、見慣れた彼女の見慣れた笑顔。
「そ、そう、だね。急がないとね」
隣を歩いている間、何度も白河さんの顔をチラ見してしまったのは、仕方ないと思う。
だって男の子だもの。
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