第3話 ふたまたはしけい

 おっかな、びっくり、おどおどと三人揃って少女を見つめる。


「おとこなら、もっとつよくあるべし」


 もう一度、パシンと木刀で地面をしばく少女。


 一体、元はどんな姿だったんだ。まさか女子プロレスラーとかじゃ……ありえるな。


「かおをあげて、まえをみる。そうすればゆうきがでてくる。あとはまけないきもちをもって、ひたすらつきすすむだけ」


 キジが木刀を雲一つない大空へ向ける。やたらと様になっていて、俺のみならず他の二人も見惚れている。


「それがわたしのしんねん」


「小さいのに難しい言葉を知ってるのねぇ」


「わたしはじゅうろくさい。からだもほんとうはもっとおおきい」


 じゅうろくさいか……十六!?


「俺と同い年じゃねえか!」


「偶然ねぇ、ワタシもよぉ」


「私もですう。桃さん以外は、外見と年齢が一致しませんねえ」


 まあ、元々全員が本来の姿と違うってのは確認済みだったけどな。


 キワモノすぎる犬、猿、キジか……正体はどんな人間なんだろ。


「桃ちゃんはぁ、現実でもやっぱり童貞なのぉ?」


 フェロモン猿がとんでもない質問してきた!


「だったら悪いのかよ。俺だって、相手がいれば捨てたいんだよ!」


「あらぁ、泣かなくてもぉ、ワタシでよければぁ、相手してあげるわよぉ」


 パックリのM字開脚、ごちそう様です!


「ほらぁ、拝んでないでぇ……ワタシのシールをぉ……剥・い・でぇん」


 淫らにくねる腰はさながら誘蛾灯のごとし。ふらふらと引き寄せられて、


「ふごっ!?」


 俺は後頭部をいきなり掴まれた。


「あいをたしかめあうのは、すきどうしですること」


「いだっ、いだだっ!」


 もの凄い力です、幼女さんっ! 頭が砕けるっ。西瓜みたいに弾けるって!


「それとも……おんなならだれでもいいってことか、おい」


 幼女さん、声にドスが利きすぎてます! そんなサービスは頼んでないです!


「男の子だものぉ。魅力的な女性に惹かれるのは当然よぉ」


 うっふんと聞こえてきそうなセクシーポーズを披露した猿を、キジがギロリと睨む。


「はつじょうざるはだまってろ。ぶっつぶすぞ」


 とてつもない迫力に気圧され、すごすごと下がるお猿さん。諦めないで俺を助けて下さい。


 元凶が素知らぬ顔をするようになった今、頼れる人間は一人しかいない。


「つ、潰すってどんなふうにです? わ、私で実演してもらってもいいでしょうか」


 駄目だ、あいつ。早くなんとかしないと。


「俺だって初めては好きな人とがいい! でもモテねえんだよおおお!」


「ほんとうになさけない。おまえがかっこよくなればいいだけ。かれのように……はむりだろうけど、めざすのはじゆう」


「……そう言われても、俺、その彼って知らないんだけど」


 それにしても外れない。背伸びして掴んでるのに、どうしてこんなに強い握力が出せるんだ。


「むかし、わたしをたすけてくれたひとのこと。ないてばかりだったわたしに、つよくなれっていってくれた。そのひとにふさわしいおんなになるため、がんばってじぶんをきたえた」


 鍛えすぎだと思います。


「そ、そうなんだ。キ、キジさんは、その人の事が好きなんだね」


「もちろん。かれとあったらこくはくする。わたしのすべてをあげてもいい」


 恋する乙女の瞳で遠くを見つめたあと、自分が何を言ったか気づいたキジが「きゃっ」と朱に染まった頬に両手を当てた。


「はずかしい……」


 握力は乙女に程遠かったが、とりあえず苦境から脱することはできた。


「つ、次は私の番ですよう! 貴方からもお願いしてくださいよう!」


「自分で頼めばいいだろっ」


 ついつい力が入ってしまったせいで、駄目犬を突き飛ばすような恰好になってしまった。


「わ、悪いっ!」


「鬱陶しかったからってこんな……こんな……あふううう! もっとしてえええ!」


 白い毛で大事な部分が隠れていても、お尻はお尻。フリフリされれば、健全な男子なら欲望を膨らませるのは当然だった。


 ……約一名、微塵も理解してくれようとしないけど。


「ふたまたはしけい」


 漂う殺気に本気の目。捕まったら、間違いなく殺られますわ。


 冤罪を負わされた人の気持ちをなんとなく理解できた俺は、全力でその場から逃走した。


     ※


「こ、ここまでくれば……って、あれ?」


 膝に手をついた状態から顔を上げれば、そこは見慣れた通学路だった。


「服も……元に戻ってる」


 スマホで確認しても、イケメンとはほど遠い自分がいるだけだ。変な世界から解放されて嬉しいはずなのに、なんだかちょっと悲しい。


「どう……なってんだ。白昼夢でも見てたのか?」


 古典的に頬を抓ってみる。普通に痛い。


 二股だとキジに因縁つけられて、全力ダッシュで逃げてたら日本に返ってきたってことか。


 考えれば考えるほど意味が分からない。


「朝は普通に家を出て学校へ――って、そうだ、学校だよ!」


 スマホで時刻を確認する。


「家から出た時と変わってないな」


 夢だとしても、少しは時間が経過しててもおかしくないのに。


「……とりあえず学校に行くか」


 左手に見えた神社を通り過ぎ、繁華街へ出る。あとは真っ直ぐ進めば、四月から通っている県立戸嶋高校に辿り着く。


「よう、瀬能。朝から疲れた顔してんな」


 同じクラスの友人が、走ってくるなり肩をポンと叩いた。


 瀬能亮太ってのが俺の名前だ。


「朝から夢の世界で桃太郎ごっこしてたもんでな」


「は? またゲームの話か? お前、好きだもんな」


 曖昧に笑って誤魔化す。


 うっかり零してしまったが、本気で話したところで信じてもらえないし、電波認定されるのがオチだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る