第2話 アニメじゃあるまいし

「あ、貴方……才能がありますよ! どうか私のご主人様になってくださいいい」


「うわあああ、こっちくんな!」


 逃げようとして足元に縋りつかれ、太腿に柔らかな感触がトレビアン――じゃなくて、一体全体、どういう状況になってんだ!


 ぽっちゃり系の犬をなんとか振り払い、湖の水で顔を洗う。


 ほんの少しだけ冷静さが戻ったところで、俺は改めて周囲を見回した。


 あるのは木。草。そして木。


 どこからどう見ても山の中です。本当にありがとうございます。


「ここ……どこだ……」


「住み慣れた街じゃないことは確かねぇ」


 真っ赤な木刀痕がついているお尻を摩りながら、色気たっぷりの猿が言った。


 あれ? ってことは、もしかして、こいつらも俺と同じなのか?


「……全員、日本出身?」


「そうよぉ。どこだと思ったのぉ?」


「どこって……アメリカ系?」


 外見だけで判断すれば謎の――とはいっても全員謎なんだが――少女はヨーロッパ系。猿はアメリカ系。犬もしくは豚はアジア系だ。


 全員が湖で自分の外見を確認してから、とりあえず輪になって会議を始める。


「このじょうきょうは、どうかんがえても、ももたろう」


 口火を切ったのは少女だ。本当に可愛いな。見てて癒される。


 間違っても俺はロリコンじゃないけどな!


 ないけどな!


「それで犬と猿か。けど、そうしたらキジは……」


 俺を含めた全員の視線が、クチバシ上等の木刀を肩に乗せている少女に集まる。


「木刀がクチバシの代わりだとしても、明らかに一人だけ似てないだろ」


「……なにかもんくでも?」


「いえ、ないっす」


 腹が立ったからって、木刀を高々と掲げるのは卑怯だと思います。


 ……ところで、何であの犬は四つん這いでキジに尻を突き出してんだろうな。


「ずいぶんとヘタレな桃太郎ねぇ。だから童貞なのよぉ」


 からかわれたのかと思いきや、ウインクした猿が情感たっぷりにすり寄ってくる。


 距離が縮まっただけで、純情な息子が反応しそうになる。これがフェロモンってやつか。


「お姉さんがぁ……卒業させてあげるぅ……そうすればぁ、自信がつくわよぉ」


「耳に息を吹きかけんな!」


 我慢できなくなるだろ! 色々と!


 全力で距離を取り、痛いくらいの動悸をなんとか鎮める。


「と、とりあえず、きちんと話そう」


 全員が頷いたのを確認して、話を続ける。


「いつの間にか俺たちはこの山にいて、何故かコスプレをさせられてるわけだが……」


「コスプレではないですよう。尻尾も本物ですし」


 上目遣いで、おどおどと犬が言う。


 なんだか無条件でぺしんと叩きたくなるような、虐めてオーラを放出中だ。


「そうねぇ。それとワタシはぁ、なんだかムラムラするわぁ」


「私はゾクゾクしてます。特に貴方の生ごみを見るような目が――んふううう」


 はあはあ言い始めた猿と犬は放置し、ところどころで怖い一面を覗かせながらも、比較的まともそうなキジを見る。


「何か普段と変わってるとこってある?」


「ぜんぶ」


「……全部って、ん? ちょっと待てよ。もしかして本来の姿と違ったりするのか?」


 考えてみれば俺もだ。服装は別にしても、背が高くなって身体つきもガッチリしている。何よりこんなイケメンじゃない。


 猿と犬も頷いたのを見て、ため息をつきながら俺は考え込む。


「まさか異世界に迷い込んだとか? いや、アニメじゃあるまいし、そんな展開あるわけない。誰かの手の込んだ悪戯って考えた方が納得できるな」


 日本国内を探せばこういう山はもちろん、特殊メイクの技術を持った人間も見つかるはずだ。


「なやんでもこたえがでないなら、すすんでみればいい」


 小っちゃくて可愛い少女から、男前な提案が飛び出した。


「待て。ないとは思うが、本当にここが別世界――仮に桃太郎の世界だとしたら、進んだ先には鬼が待ち構えてるんじゃないか?」


「桃太郎の絵本通りならぁ、そうなるわねぇ」


 無駄にセクシーな仕草で猿が頷いた。


「だったらまずは周囲の捜索が先じゃないか? なんか道もあるし、麓まで引き返すんだ。もしここが本当に桃太郎の世界ならお爺さんとお婆さんがいるはずだろ」


 意味不明な状況下で必要になるのは情報だ。決して俺がヘタレだからじゃない!


 だというのに、次々と白い目を向けてくる三人の女。痛い、心が痛い。


「しょうがないだろ! このまま先に進んで、本当に鬼がいたらどうすんだ!」


「ぶちのめせばいい」


 あらやだ、この子、やっぱり男前。


「本物の鬼相手に木刀で勝てるかよ! 言っとくが刀はあっても、俺は戦力外だからな! こんな面子で挑んでも負けるだけだ! 捕まったりしてもいいのかよ!」


「その時は鬼に責めてもらいましょう! きっともの凄く激しいですよ!」


「ド変態はちょっと黙ってろ」


「あふううう! その目が素敵いいい」


 悶絶するマゾ犬は放置だ。なんか微妙に怖い目で俺を見てるような気がするけど。


「大丈夫よぉ」


 今度は猿が何か言い出した。


「戦う前に疲れさせればいいのよぉ。鬼なんだからぁ、きっとアレも鬼サイズよねぇ」


「知らねえし、俺に聞くな。ド変態二号」


「あらあん、妬いてるのねぇ」


「どこ触ろうとしてんだよ!」


「桃ちゃんのぉ……お腰につけたき・び・だ・ん・ごぉ」


「それはきびだんごじゃねえんだよ! あふっ、らめぇ」


 ――ズバアンと。


 それはもう見事に、騒々しい場をシンとさせる打撃音が響き渡った。


「なげかわしい」


 この子、眼光鋭すぎなんだけど。中に虎とかが入ってたりしないよね?

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