怖いヤンキーだと思ったら純情で、清楚な美人だと思ったらスケベで、生意気なギャルだと思ったらマゾでした。~絵本の世界で人間の表と裏を知りました。でも恋人は欲しいです~

桐条 京介

第1話 あなたはだれ?

「あなたはだれ?」


 可愛らしい声。舌ったらずな口調。小首を傾げる可憐な仕草。


 特筆すべきはたくさんあるが、とりあえず俺は目の前の存在に対し、こう言った。


「そっくりそのままお返ししたいんだが」


 乙女チックなフリフリの白ドレスに、カールのかかった金髪。


 どこからどう見てもお姫様な印象なのに、何故か右手に木刀を持っている。しかもクチバシ上等と気合の入った文字が書かれている。


 ……クチバシ?


 ヤバイ。この女、電波系だ。不思議ちゃんだ。


「もしかして……ももたろう?」


「どこをどう見たら、そんな答えになるんだよ……」


 言ってて悲しくなるが、俺はどこにでもいるごくごく普通の男子高校生だ。


「そうにしかみえない」


「あのな。いくらなんでも初対面の相手に桃太郎ってのはないだろ。……いや、褒め言葉なのか? 桃太郎って一応ヒーローだしな」


 子供の頃に好きだった絵本の主人公だし。


 何を言っても無駄と思ったのか、少女は俺の背後にある透明な湖を指し示した。


 湖というか大きな水溜まりみたいな感じで……あれ? どこかで見たことあるような?


「で、この湖が――うわっ!」


 振り返ろうとしたタイミングで、女に後頭部を鷲掴まれた。コイツ、意外と力が強え!


「ちょっ、痛いって、水に顔を近づけんな――って、え? 誰、これ」


 不思議ちゃんにグイグイ顔を押されている男。俺なはずなのに俺じゃない。


「……桃太郎?」


 顔がやたらとイケメンになってる以外は、どこからどう見ても桃太郎だ。


 何、これ?


 っていうか、誰、これ?


 もしかして俺?


 いやー、冗談キツイっすわー。


「だからきいたの」


「あー、うん。この姿を見れば、聞くしかないよな」


 俺が納得したところで、ようやく後頭部が解放される。


「……で、俺が桃太郎なら、君は……お姫様?」


 チャッカマンで点火したかのように、謎の少女の顔が赤く染まる。


「そ、そんなにおだててもだめよ。わたしにはすきなひとがいるんだから」


 頬に両手を当てて「きゃっ」と恥ずかしがる不思議系。


 さて、どうしよう。もの凄く対応に困る子だ。見た目は可愛いのに。


 とはいえ食指は動かない。俺は健全な男子だが、明らかに小学生っぽい少女に――そのわりにはやたらと力が強かったが――欲情するような変態ではない。


「ああ、よかったぁ。他にも人がいたわぁ」


 どこぞの怪盗の名前でも呼びそうな艶っぽい声に、俺は反射的に飛び跳ねる。


「驚きすぎよぉ。ええとぉ……」


 はいはい。桃太郎だって言うんですね。わかってますよ。


「童貞さぁん」


「違った! っていうか、何で知ってんの!?」


「だってぇ、旗に書いてあるじゃなぁい」


 うおっ! 本当だ。背中にくくりつけられてる旗に、でかでかと童貞って書いてやがる。しかもやたらと達筆なのがムカつく。


 童貞が許されるのは小学生までだよねと笑われないうちに、文句を言おうと声の主を見て、


「……猿?」


 俺は吃驚仰天、固まった。


 ロングのブラウンヘアにはナチュラルにパーマがかかっていて、垂れた目尻と厚めの唇の近くにセクシーなほくろがある。


「人をお猿さんだなんてぇ、酷いんじゃなぁい?」


 唾液を滴らせた紅舌がちろりと覗く。


 わざとだ。絶対、この人? わざとやってる!


 赤いハートマークのシールで、かろうじて大事なところを隠しているだけの肢体を妖艶にくねらせるものだから大惨事だ。


 俺がな!


「だって、その耳……あと額に猿って書いてるし」


 腰あたりから、ちょろちょろと尻尾見えてるし。


「あらぁ……てことはぁ……ワタシぃ、本当にお猿さんなのねぇ」


 確かめるようにその場でくるりと一回転。見えたのは逆ハートマークの赤いシールで隠されたむっちりヒップ。きっと猿だからなんだろう。


「あはぁ……そんなにじろじろ見てぇ……童貞君はぁ、エッチなんだからぁ」


 くねくねゆらゆら。


 くねくねゆらゆら。


 不思議な踊りを披露してるように見えて、着実にこっちへにじり寄ってきてる!


「おさるさんだからって、みさかいなくはつじょうしちゃだめ」


「ふぬううう!」


 愛らしい声に続いて放たれた愛らしくない木刀の一撃に、お尻の真っ赤なお猿お姉さんが悶絶する。


 凄い音が聞こえたし、かなり痛そうだ。


 ――ゴクリ。


 無意識に唾を飲もうとして硬直する。


 今のは俺じゃない。他にも誰かいるのか?


 草むらがガサリと鳴り、顔を出したのは犬耳をつけて涎を垂らした鼻フック付きの女だった。


「犬? いや、その鼻の感じだと豚になるのか?」


「んほおおお」


「うわっ! いきなり何だよ!?」


 突然叫び出したアンノウンに驚く――というより薄気味悪いので、慌てて距離を取る。


「いきなり豚なんて呼ばれたら、興奮するじゃないですか!」


 鼻フックしてても、それなりにきちんと発音できるんだな。なんか感動。


 ――じゃなくて!


「普通はそんなんで興奮しないだろ。マゾか、お前」


「らめえええ」


「だから何なんだよ!」


 大事な部分を白いフサフサ毛で隠している身体を捩らせ、大きく開いた口から透明な唾液を吹き零す。


 言葉にすればエロいが、実際に現場を目撃した身ではドン引きしかしない。

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