お待ちかねのカツカレー と Ice Breaker

(1)


「そういえば、この世界には獣人とか、エルフとかドワーフとかってるん?」


 焼き鳥・粕汁パーティーが散開して後、洗い物をしながらマーチンが何の気なしに問う。

 皆がめちゃめちゃ食べて騒いで、ゴメンねぇ。と、ヨランタも自然な感じで片付けを手伝いながら答える。


「ニホンには獣人っていないの? こっちには犬獣人とか猫獣人とかいるけど、知性的には犬猫寄りで、二本足以外はヒトっぽくないかな。ちょうどそのポンちゃんくらいだよ。人に混じって暮らすのは難しいねぇ。

 で、エルフとかドワーフって?」


「なんや、無いんか。お伽ばなしのな、エルフってのは森に住む美形で長命で賢い種族や。」



「んー。似たようなのはいるかな。〝樹の実人〟っていって森に住んでて、美形かどうかは意見が分かれるけど、同じ花や樹の実の見分けがつきにくいみたいに、だいたい皆同じ整った顔で区別しづらい。ツェザリは大好きだけどジグや私は、あれはちょっと美形とは違うと思う。

 長命かどうかは、ホントに個人を区別できないからわからない。木のウロから成人の姿で生まれてきて、数十年過ごして木の洞に帰っていくらしい。その後しばらくして記憶を引き継いで生まれ直すけど、彼らにとって必要な情報と忘れてもいい情報の感覚が私たちと違いすぎて、同一人物の長命とは判断しかねるわね。」


「ふーん。似てなくは、ないかな。ドワーフは? 鉱山に住む小人で、男女とも髭もじゃ、力が強くて鍛冶が得意で酒呑みな奴ら。」


「それは、アレかな。1つ目1本足、口が2つで腰が曲がった〝流浪の鍛冶民族〟。だいたい小柄でみんな腰が曲がってるから一見、小人っぽいかも。でも彼らは人間だよ、たぶん。」


「1つ目で口が2つでも人間? さすが、〝人間〟の間合いが広いね。」


「私も詳しくは知らない。たぶん、1つ目は片目のことで、口が2つはそういうマスクなんじゃないかしらと思うの。」



 ロマンの刺激っぷりは微妙だが、異世界は異世界なりに世界の広さを感じさせてくれるお話にやや満足、といった表情のマーチン。

 だが、ヨランタはヨランタで、聞きたいことがあるらしい。


「話変わるけど、マーチン。ひょっとしてとんかつカレー、嫌い?」


「えっ? 別にそんなことないけど。なんで?」


「いや、なんか作りたくなさそうだから。」



「…んー。まぁね。どちらかというと、この店で出したくはないタイプの料理かな。」

「なぜ!!! とんかつだよ!?」


「うるさい。とんかつはな、日本酒のアテとしてはギリギリ、無しではない。が、とんかつ定食は日本酒のアテではありえない。この違いがわかるか。」


「うーん、とんかつ、ご飯、味噌汁、生の草のセット……ご飯! ご飯だね?」



 うわぁ、またマーチンの面倒くさいのが始まった。ヨランタは身構える。

 何だかんだ、料理人の立場は強い。人の価値観によって大小の差こそあれ、日々の食事の質は生死の豊かさを左右するものだからだ。

 ヨランタは知らないことだが、シェフchefというフランス言は英語ではチーフchief。隊長・首領・主という物々しい意味をもつ。その決定に歯向かうなら、たとえ理不尽な決定だったとしても、チーフコマンダーに物申す覚悟が必要だ。



「そう。いまどきそこまで気にする必要もないが、ご飯をアテに日本酒を呑む行為は禁忌タブーなんよ。」


「なぜ!」


「どちらも米のものだから。…コメは神聖で大事なものなので、飯と飲料ダブルでコメは大事なものをむさぼり喰らう行為とされて嫌われている。と、いうことになっとる。

 ま、わかりよくいうと栄養が濃すぎて糖尿まっしぐらやから止めとけ、って生活の知恵でもある。」


「あぁ、糖尿……」


「キミは魔法で治せるかもしらんけどな。あえて糖尿タイムアタックすることもないやろ。

 で。〝カレー〟は、カレーライスの省略形、つまりご飯ものなんで、日本酒でカレーという選択肢は基本的に無い。」



「そんなぁ……いや、でも諦めない。マーチン、〝基本的に〟と言ったね!」


「ん。つまり、カレーライスのライス抜きならば、カレーも、とんかつカレーも酒の肴として立ち上がってくる。」



 この日の内にさらにカレーも、というわけにはいかず、あれだけの暴飲暴食の果てにも消化不良感を残して、結局ひとり眠りにつくヨランタ。

 そして明くる日。


「あれ、今日はどうしてんの、ヨランタさん。」


「今日は休暇。お休み。だからゴロゴロする。」


「そりゃあ珍しい。けど、日がなそこでダラダラしてられたら目障りやなぁ。どっか、外で遊んで来。」


「そう言われると思って、今までも暇なときはお外で遊んでたの。でも最近いよいよ追手がヤバくて。

 あと、今日こそはカレーの約束を反故にされないために見張る。」



「…前半のノーコメントでお願いしたい感と後半のくだらなさの差がえぐいな。じゃあ、これからカレーの材料を買いに行こうか。ある程度の食材は謎の神様が毎日届けてくれるけど、無いものは無いからな。」

「えっ、それ、どうなってるの?」


「知らん知らん。でも、そうでもなかったらウチの店なんか潰れてしもてるわ。」


「さすが、神に愛された男・マーチン。あ、じゃあ、これからお買い物?私もついて行ってあげようか?」


「そこで、なんで「あげよう」が出てくるのかわからん。荷物持ちくらいはさせてあげてもええけど。出町のどローカル商店街のスーパーまで徒歩で買い出しでよければ。

 言っとくけど、1コも面白ないよ。」



 大慌てで身だしなみを整え、前回マーチンに買ってもらった服に身を包んだ。その時の経験から、ニホンでは化粧は未発達な感じだったので、私も合わせるなら楽といえば楽だ。

 もっといろんな色や模様を使えば華やかなのに、とも思うけど、マーチンがジグみたいにキメキメにしても笑っちゃうだろうから、そこは、まあ、人それぞれに文化もそれぞれだ。

 鏡はあんなに上等なのに、勿体ないことだね。



 そして買い出しから帰ってきた。

 前回はヤバい乗り物で謎施設や繁華街に乗り付けたけど、今回はのんびりその辺を歩いて、生活感あふれる市場へ。それでもやはり、とにかく異文化に圧倒されて、何と言っていいのかわからない。


 あちらに行ってしまえば言葉がわからなくなるのが何よりも問題で、向こうのおばちゃまはマーチンが何を言っても聞かずにわからない言葉を話しかけてくる。

 一応、こちらにいる間に必要そうな言葉を、ニホンとこちらの文字でマーチンの帳面に書いて通訳ノートにしていたので、ごくごく簡単な意思疎通だけは確保していた。


 仕入れ後に川べりで昼食にした唐揚げとかやくご飯のおにぎり、たまごサンドイッチ、ハンバーガー、そして缶のビールのおいしさ、充足感、多幸感は、もうここが天国なんじゃないか、いま人生をお仕舞いにしても満足だ、と思えるほど。

 色彩あふれる風景と穏やかな秋の日差しは、この国にもなくはない。でもそういうところはたいがい魔獣の縄張りだし。

 だけど、この先もっといいことがあるかもしれない希望がニホンには広がっていた。それを思うと未来が楽しみでもある。なかなかもって、どうしたものだろうか。






🍶


挿話扱いでカレーにしようかと思ったら文量が多くなったので通常回になりました。

特集特需の2週間で2万PV、700❤の500フォロワー、もうすぐ150★。皆様に大感謝です。有り難いことです。




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