挿話 : とうめしの朝食


 朝!

「美女2人と朝食を囲むおじさん! 果報者だねぇ。」


「何を1人で言うとんのや。ええから、そっちの片付け、2人でやっといてや。

 ウチは旅館とちゃうさかいな、朝はもうお客さんやないねん。」



 昨夜、私とユメさんが引き上げたあとも客が来ていたことは物音でわかっていた。その後片付けを、この男はサボって翌朝の私たちに押し付けたわけだ。ひどいなぁ。


 私としても、昨夜の出来事はどう表現したらいいのか、難しいところではあった。

 まず、新顔のニホン人・イチノヘ=ユメさん。彼女は日本からの遭難者らしかったのでここにつれてきたが、マーチンのニホンを日本Aだとすると、彼女の故郷は日本Bというべき、よく似た違う世界であるらしい。

 とてもかわいそうだが、正直持て余す。

 ので、とりあえずはここに泊めてあげることになった。で、お風呂に案内してあげるとひとしきり狂喜して、寝床に案内すると瞬間的に就寝してしまった。あの毛布に入り込む動作には半瞬の躊躇も感じられなかった。

 

 問題は、私の寝具を取られてしまったことで、考えてみれば予備の寝具など無い。

 冒険者らしく、夜中交代で3時間ごととかで毛布を使い合うという対処も考えたが、さすがの私にもそれは哀れだと思う心はあった。


 そういうわけで、マーチンが店を閉めて上がってくるときに押しかけて、事情を説明して同衾させてもらうことに成功。

 手を出してくれれば大成功だったが、彼もお疲れのようであっという間に就寝。私も、借りていた寝具より圧倒的に上質なマーチンの寝具の前に1分をもたずに沈没。

 私だって討伐に参加して超お疲れだったんだ。


 この上は、今夜も同様のシチュエーションに持ち込んで、あの状態を既成事実化していきたい! ついでに襲いかかってもらえるよう、あの冒険者どもにも相談を持ちかけたい。



 こんな調子の良いことを考えているヨランタだが、自分から襲いかかるという発想は持っていない。文化でもあるし、性分でもあるし、幸不幸でいえばド不幸であった彼女の人格形成期の出来事がそうさせている面もある。

 つまり、このままでは今後もこの2人の関係性に進展はない。



 そんなことより朝食の準備だ。

 朝、目覚まし時計の音に驚愕して部屋の隅に逃げ込んでホコリまみれになったヨランタを風呂に入れさせ、荒れてしまった部屋の掃除の後、物置部屋で寝させている一戸イチノヘを起こし、昨夜途中で切り上げた閉店準備の続きから1日を始めるマーチン。


 ようやく出てきた若い女2人にも想定通りに手伝わせて、手際良く進める。



「今日の朝食は?」


「うむ、昨日ヨランタさんが「最近質素にされてる」みたいに言うてたから、本当の質素飯を振る舞ってやろうと思ってな。」


「なんで? 怒っちゃったの?いやいや、堪忍してよ。ねぇマーチン卿。ほら、ユメちゃんもおいしいごはんがいいよねぇ。」

「ヨランタさん、マーチンさんを信じましょう。岩肌の苔をむしったものとか、獣の皮を干したものとかは出てこないって、私信じてます。」


「キミら。一応、ここは日本の地続きで、この建物の中は日本やと俺は思ってる。そっちの最低限の常識は、生のタニシの直食いとか、そういうものを基準にしてもらったら困る。


 いや、昨日な。客が来たんやけど、肉豆腐の豆腐なんか要らん肉だけよこせってうるさいから、肉だけ出して他人丼の台抜き具だけにしたんで、お豆腐が余ってんねんわ。」


「…なんだかゴメン。それでフテくされて掃除も翌日回しにしたのね。」

「この世界の人って、本当に…。」



「それで、とても味がしみたしゅんだお豆腐がたくさん。これをご飯に乗せた “とうめし” いわゆるとうふ飯。これが今朝の残り物ご飯や。」



 とうめし、それはどんぶりめしに良い茶色に色づいた豆腐が一丁、どっかりと乗っかったものだ。その上から、煮詰めた汁をタレとしてかけ回し、完成。



「「とうめし……」」


「一戸さんも知らんか。そうやろね。普通はおでん屋がおでんの豆腐でやるもんやから、若い娘が知ってたらすごく渋い。

 ヨランタさん。どういう顔しとんねん。朝に物陰から目覚ましを睨んでたのとおんなじ顔やで。」



 素朴、質素。その看板に疑いはない。

 ごはんは、おいしい。お豆腐も、おいしい。これも間違いがない。

 だが、これ・・を認めてしまってよいものか。なにも勝負を挑んでいるわけじゃない。でも、そうだ、この見た目はないんじゃないか。美意識。そう、マーチンの料理にはいつだって美が宿っていたはず。

 これは、このビジュアルは、ショック!


 ふるりと震え、ごはんの上でのけぞって自重で割れていくお豆腐を睨む。


……? そういえば、昨日の肉豆腐のお豆腐は焼色のついた硬めのお豆腐だったはず。お焼き、とマーチンは呼んでいた。

 なんだ、残り物、とか韜晦とうかいしながら、これはこれでちゃんと私のために準備してくれてたんじゃないか。ひねくれているなぁ。好き。

 ところで昨日「お焼き」と聞いたユメさんはものすごい不思議そうな顔をしていたけど。後で理由を聞いてみよう。



「あぁ、一戸さんはレトルトカレーもあるけど、どうする?」

「こちらもいただきますし、カレーも欲しいです。」

「うん、ええ子や。温玉も乗せてあげよう。」


「私も!私もタマゴほしいです!」


「キミ、そろそろ痩せたほうがええんちゃう?」

「私は痩せ過ぎだったから、もっと太ったほうがいいんです!」

「今は昔のことをいつまでも……知らんでぇ。」



 甘辛い肉味の茶色空間にタマゴの白と山吹色が合わさり、最強に見える。これだ、これですよ。


「いただきます。」「「いただきます。」」

 私の発音も上手くなったでしょう。



 お豆腐をお箸でつまもうとして、崩してしまう。

 いや、ちょうど食べやすい大きさに切れた、ということにしよう。このサイズなら、ああ、またグチャッとなった。ごはんも、汁がしみてつかみづらい。


 マーチンはこれをどう食べているのかと見てみると…美濃焼の白い丼を持ち上げて、直に口をつけてかき込んでいる? そんなの、アリなのか。ユメさんまでもかわいらしくかき込んでいる。本当に、ありなのか。


「お匙、いる?」

「いや、私もそれで食べる。」


 もうお豆腐は全体を崩す。温玉も混ぜちゃう。それで、器の端を唇に乗せて。一気にin!

 滋味が押し寄せる。朝の、これから目覚めていく体に肉と醤油と砂糖味、それらを優しくまろやかに包むお豆腐ごはん。これは、


「うまい!」

「うん、まあまあ上出来。」「おいしいですね。」


「テンション低いなぁ。盛り上がりに欠ける。」

「朝から疲れること言わんといて。」

「え、えーっと、ンマーイ!」

「そういう大層なんと違うねん。」


「褒められたら嬉しがるし、黙ってたら気を悪くするのに?」

「んむ、む、む、…一戸さん、まだ食べる? ヨランタさんは?」


「あ、カレー、お願いします。」


「私は…ん……やめとく。夜に豪華版カレーをお願いしたいな☆」


「とんかつカレー? ま、ええか。うん。」

「とんかつカレー!? なぜそんな悪魔的発想が……隠してたの!? もちろん、とんかつカレー!」


「あ、それなら! 私も、今は我慢して、夜に…また来ても、いいですか…」


「それはもちろん。宿は外にとっときや。」


「いやいや、それには及ばないよユメさん。また泊まろうよ。」

「え、ヨランタさんが出ていくん?」


「なんでよマーチン、料金先払いしてるでしょ!」



「……それはともかくさ、ユメさん。ちょっと真面目な話。

 あなたにいちばんいい道は、今ここから失踪してマーチンのニホンで暮らしていくことだよ。ちょっと違ってもニホンはニホンでしょ。この国のダンジョンで死ぬよりずっといい。」


「で、でも!」


「あなたが異世界出身ってバレてもきっと良いことは無いし、そうしたらマーチンに危険が及ぶかもだからね。軽率につれてきた私が悪くて、申し訳ないんだけど。

 あなた、ほぼ死んでたんだよ。実際にこの国で生きて行けてないの。」



 ユメさんは黙りこくっている。今すぐ決められることじゃないのは当然のことだ。でも、実際にこの世界では死にかけていたんだし、すっぱり決められる決断力がなくては、いずれもっと周囲を巻き込んで本人も死ぬことになるだろう。

 私も、先の戯言たわごとめいた計略はいさぎよく放棄するくらいには深刻さを感じている。


 マーチンも大きく嘆息しつつ、思案顔。気軽に面倒事を持ち込んでゴメンよ。


 数分の後、重い空気を裂いて言葉を発したのはマーチン。


「青森、行ってみようか。」





🍶


(閑話なのに続く)






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