肉豆腐と 田酒

(1)


 漆黒の闇を、炎といかずちやいばが立てる火花、魔獣の瞳が放つ凶悪な光が照らす。

 無音の闇を、咆哮と雄叫び、剣戟と破砕音が裂く。

 それらは一瞬の停止も見せず、右に左に目まぐるしくひらめき、轟く。


 やがて、恐るべき断末魔の叫びが質量をも感じさせるほどに重く響いた。



「みんな、お疲れー。うわぁ、レッサーデーモン倒しちゃったよ。もう、エースだね。英雄だね。A級になれるんじゃない?」


 戦士たちは力を使い果たし、その場に座り込んで息も絶え絶え、もう言葉を出す気力さえない。

 この壮絶な状況でひとり呑気なのが、回復役の少女。っぽい、それなりの女性。


「ヤバい怪我は随時で治してたから、中くらいの怪我の治療と軽い体力回復をかけていくね。もう帰るでしょ?」



 場違いに軽い声に、ゆっくりと、先の魔獣にも劣らず重い声が応える。


「俺達のクエストは調査だ。まず、コイツから回収できる部分を剥ぎ取る。ヨランタ、お前も手伝え。くすねるなよ!」


「はぁい、A級間近のユリアン様。

 …あらま、レナータ。こんな大怪我隠して我慢しちゃって。私じゃなかったら完璧に治せてたかわからないよ。ジグも、鼻面をバッサリやられちゃって。あぁ、治るから。戦ってる間は必死だよね、終わってから絶望する気持ちはわかるけど、治るから。ツェザリはこういう時いつも要領がいいよね。ハイ、あんたは大丈夫!」



「ヨランタ、アンタこそダンジョンも回復役も久しぶりだ、って言ってたわりに冴えてたじゃないか。旨いもの食って鈍ってんじゃないかって心配してたさ。」


「そりゃあ冴えわたるよ。良いもの食べて鈍るんじゃジグなんかグズグズになるはずだよ?」


「違ぇねぇ!おっとユリアン、サボってるわけじゃねぇよ、怒んなって。名前だけ可愛らしいのに怖いヤツだぜ。」


仲間たちも、大物に打ち勝っていつもより浮かれ気味。ずっと張り詰めているより、こういう時間も大事だ。



 レッサーデーモンの体は呪物としては捨てるところがない高額商品になる。が、呪いはもうコリゴリだよぅ。という気持ちのヨランタとしては、心臓部の魔石と手足の爪くらい剥いでいけばいいんじゃないか。それくらいの提案。

 だがリーダー・ユリアンとしては頭部が綺麗なまま倒せたので、そのまま持って帰って記念にしたい。できれば毛皮も剥いで、鎧やコートにしたい。なかなか欲張りな発案。


 私はね、そんなもの持てないよ。この細腕で持ち上がらないよ。やるならお好きに。

 作業はマッスルたちに任せて、ボス部屋の調査に取り掛かるヨランタ。


 殺風景な部屋だ。多少の装飾は施されているが、持ち帰って売って、値がつくとも思えない。何かあるとしたら、部屋の隅に雑に積み重ねられた犠牲者たち。

 敗れたとはいえ、それなりの実力者たちだ。その装備品はダンジョンの闇に朽ちさせるより、有効活用することが何よりの供養にもなるだろう。以前にも述べたが、ヨランタは回復術者ではあるが聖職者ではない。


「あれ、生きてる人がいる。うわぁ、ちょっとレナータ、来て!女の子だ!」




「お疲れさん。無事やったみたいやね。しぶとい!」


「そうよ私はしぶといのが魅力。それより、今日はスペシャルゲストが1人。

 ちょっと外じゃ言葉が通じなくてさ。皆していろんな言葉で話しかけてみたんだけど、わからないみたいで。

 で、私が “コンニチワ、カワイイ” って言ってみたら反応してくれたんだ。でも私がその2語しか知らないからねぇ。ここなら話せるかなって。」


「あぁ、見た目もアジア系、っていうより日本人っぽくはあるね。で、どうなん?」



 そう、ここはマーチンの店。

 ダンジョンから要救助者1名を連れて出てきて、他メンバーはギルドに報告と素材の取引などの必要があるので、そちらは任せた。

 私は、ひとつ心当たりがある、っていうことで、ダンジョンのボス部屋に転がされていた彼女をここまで連れてきたわけだ。



「ぁ、あの……」


 女の子が口を開いた!

「ゆっくりでいいよ、急がないから。お茶、飲む?お酒がいい? 言葉、わかるかな?」


「はぃ……言葉は、わかるんです、すみません。でも、死ねなかったのか、ってがっかりしちゃって。もう、どうでもよくなって。ごめんなさい。…えっと、ここは?」


「狭い酒場でごめんね。このおじさんは、ニホンのキョートから来た料理人の人で、マーチン。私はヨランタ。一度キョートに連れて行ってもらったことがある。

 絶望した気持はよくわかるよ。」



「私は、一戸いちのへゆめ、っていいます。日本から16歳の時に、気がついたらこの世界にいて、多分、もうわからなくなったけど10年は過ぎたんじゃないでしょうか……あの、日本に、帰れ…行けるんでしょうか?」


「まぁ、苦労なさって…」

「帰れるよ。京都やけどね。お家はどの辺?」


「あの、青森なんですけど。か、帰れるの? やっと…あ、いま、日本は何年ですか?」


「2024年、令和6年。」


「令和? …あの、芳至は、終わってしまったんですか?」

「ん? 昭和のあと、平成30年で、その後から令和よ? 天皇さんはご譲位されて上皇さんになって生きたはる。」

「あの、昭和が80年までで、その後芳至になったんじゃぁ…?」


「あー、ひょっとして、違う日本なんかな。」

「そんなっ……」


「ねぇねぇマーチン、何の話?」

「暦の話。どうも、よく似てるけど俺とは別の世界の日本から連れてこられたらしい。さて、どうしたもんかな。」

「気の毒な……」



 あぁーッ、と悲痛な泣き声が店内に響く。かけられる言葉などあるはずがない。せめてマーチンに出来ることは、良い方のほうじ茶を淹れて、そっと差し出すことくらいだ。

 私は……



「ねぇ、マーチン。私にはお酒と食べるものをください。」


「この空気のなかで呑む酒が旨いか?」


「えーっと、ユメさん? ちょっと違うかもだけど、日本のお酒と食べ物もあるよ。今日だけはヤケ酒しちゃおうよ。ね、それがいいよ。それで、ニホンの話を聞かせてほしいな。」



 目を真っ赤にしながら、なんとか泣き止んだユメさん。お茶をすすって大きな溜め息を肺腑から絞り出して、「おいしい…」とささやくようにつぶやく。


「日本にいたときはまだ高校だったからお酒なんて知らないけど、飲みたい…」



 いいじゃん、ドヤ!マーチン!…なぁに、その冴えない表情は。


「青森?青森…津軽…いや、一ノ戸ったら違う方?うぅん、知らんなぁ。いや、ほんま知らへんわ。

 あ、お酒は、田酒は青森やった。ちょっといい時用の酒やけど、出してあげよう。食い物は、とりあえず無難に進めようか。」


「お客を放ったらかしてぶつくさ言ってんじゃないわよぅ。」


「はい、はい。決めたから。とりあえず、酒器から選んで。」



 出た、このお店の初心者イジメ、好きな陶器カワラケ選び。ここは私が説明してあげようか。と思ったら、彼女はスッと1つの陶器に手を伸ばした。さすが、ニホン人、なの?


「これは…」


「それ?あぁ、欠けちゃった清水の陶器を金継ぎで直したやつ。割れ目が金色の模様になってキレイでしょ。割れる前は正直地味やったのが、かえって良うなったわ。」


「割れて、綺麗に…良くなる……」



「あ、いいな、キレイ。ユメさん、さすが日本人だね。良いものが自然にわかってる感じ?」


「いえ、ヨランタさん、よかったらこれを使ってください。私には、まだちょっと重くて。」


「重い?そうかな…」


「あ、そういうことならコレもあった。一戸さん、南部鉄器の鉄瓶とお猪口。焼酎用のイメージやったから忘れてた。」


「わぁ、マーチン、それってたくさん入りそうだね!」

「詩情を解さないウワバミめ、ちょっと黙ってろ。」



 やぁ、やっとユメさんが笑ってくれたぞ。さぁマーチン、この勢いで。


「それで良かった? じゃあ、突き出しはヨコワのお刺身と菊の花のおひたし。

 お酒は、青森発の一大メジャーブランド・田酒でんしゅ。名前はちょっとどうかと思うけど、超ええやつやから。ヨランタさんはガブ飲みしないように。」


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