(2)


「甘いものの2皿目は、柿のスライスにクリームチーズ添え。それと、お酒? あれで1合飲んだんかいな、君も大概やな。…じゃあ、次はちょっと珍しい、福島は郡山の “にいだしぜんしゅ” で合わせてみようか。」


 柿という果物は、初めて見る。クリームチーズというのも知らないやつだ。得体が知れないダブルだが、見た目ではおいしいに違いない信頼感があふれている。

 それらが盛られる織部志野の皿は、灰色っぽい白と深緑が鮮やかな柿の朱色を引き立てていて色を見るだけでも芸術的。

 

 自分の中で期待を高めて、おもむろに料理を口にする。柿はシャキッと良い歯ごたえ、そして爽やかな甘味。チーズは文字通りクリーミィ、で、甘くねっとりと全体を繋いで調和させる。


「柿は、来月くらいになったらトロッとしてすごい甘さのんがでてくるけど、いまの時分の歯ごたえあるのも新物って感じでええやろ。」


 説明はわからないけど、んー、おいしい。そこに新しいお酒。おお、さわやか。



 今までのマーチンの持ってくるお酒の感じから甘酸っぱい系を想像していたが、実際甘酸っぱさもあるが、これこそ甘瓜に近い清涼感がある。


「この、瓜っぽい青臭さ、これは果実酒でしょ! 騙されないよ!」

「はっはっは。それもお米と水で作ってんの。米に不可能はないの。」

 

「その、不可能を可能にする必要性はどこに?」


「必要とか、そういう話やないねん。できるならやる。やったなら完成度を追求する。難しい話ではないのね。」



 何やらケムに巻かれている気もするが、その気持ちはわからないでもない。私も技術向上には余念がない。

 しかしその辺、この都の聖堂の正規ヒーラーたちは政治に明け暮れて回復術は下手っぴなくせに、それでも良民たちからものすごい高額を取って回復の奇跡の御恵を垂れている。それで私たち闇ヒーラーを異端とか言って弾圧するのは逆ギレというものだと思う。


 いや、私も最近派手にやり過ぎだとは思ってるんだ。だからしばらくほとぼりを冷ますつもりだったんだけど、本格派のヤバい筋から名指しで呼ばれては引き受けざるを得ない。

 それで法外な利益を得てしまって、これがバレたら正規ヒーラーたちは威信にかけて私をとっちめに来るに違いない。ヤっバい橋を渡ってるんだよなぁ。



「ねぇマーチン、金貨150枚ほど預かっててくれないかな。」

「そんな大金をどうしろと?」

「もし私が次に奴らに捕まったら、欠損レベルでボコボコにした上に奴隷商に売り飛ばす、って警告されてるんだよね。もしそうなったら、これでマーチンが私を買い取って♡」

「そんなやくざ者と関わるん、嫌やわ。」

「どっちかっていうと私がやくざ者で奴らが公権力なんだよねー…王権とはまた違うのがややこしいところだけど…」


「パジャマ姿でくつろぎながらダークファンタジー世界の住人を気取られてもなんとも言えんわ。ヨランタさん、キミほんま生き方ちゃんと考えよ?

 ま、そんなことより甘いもんお食べ。ハイ、小倉あんとクリームのホットケーキ、アイス添え。」



「ふおぉぉーっ!」




 ナッツもいいけど、果物もいいけど、やっぱり香ばしく焼いた小麦粉ものがなきゃ。ラヴ・カーボ。

「あ、お酒も飲んじゃったので新しいのをください。」


「ガブ飲みやんけ。ちょっとは落ち着きや。じゃあ、甘い酒……これ。“ちえびじん” 九州は国東半島のお酒。味が濃いからロックにしてもええくらいやけど…そんなお上品なガラでもないか。どうぞお好きにお上がりやす。」


 ふっふっふ、今の私は無敵ですし、目の前のお食事に対処することが全てです。今回ばかりはいつものお箸2本じゃなくて小さいナイフと熊手がついてる。なるほどいつもの人も殺せるナイフと手、よりは使いやすい。さすがマーチン。ならば遠慮なく熊手で固定してナイフで切って、小倉あんとクリームと添えられたアイスとやらも乗せて、熊手で口にする。

 ふぉっ!



 パンッ! と、ホットケーキを口にした音ではありえない響きが鳴るとともに、ヨランタの服がまたもや弾け飛んだ。

 弛緩した表情の女と、呆れた顔の男。日本人である男にとっては「美味な食物を摂取した女人の服が消える演出」は覚えがある。が、リアルに目の前にするのはもちろん初めてのことだ。

 自分の料理がアレを体現したのだと考えれば悪い気はしないが、残念ながら今は戸惑いが先に立つ。


「…おいしかったら普通においしいって言ってくれてええねんで。これは、引くわぁ。」


 言葉をかけられてはじめて現状に気がついた女が、あからさまに雑な反応を示す。

「あの、また呪いで。……きゃー↓」



「それはどういう気持ちやねん。ええから服、着ぃ。」

「なんでそんな面倒くさそうな顔をする! 女の裸なんだからウヒョーとか言いなさいよ! 汚くないでしょ!私きたなくないでしょ!」

「逆ギレかい。…わぁったから。うわぁセクシー、鼻血が出そう。ひゃー。」

「鼻血ってナニよ私が毒物だって言いたいわけ!? ちょっとこっち向きなさいよホラどっこも汚くないでしょー!」


 酒の勢いか糖の酔いか、何も構わずにカウンター越しにマーチンに掴みかかるヨランタ。


「コラコラ、他の客が来るかもしれんやん。」

「来てないし来ないよ! ほら、美しいヨランタ様と結婚させて下さいと言え!」

「寝床と酒のためにどこまでするつもりやねん。そこに愛は無いのか。」



「オゥ大将、トンカツ6枚野菜抜きとイモ揚げ、頼むぜ!」

「エールも!…な!……あ、悪い。」


図ったように最悪のタイミングで新規の客がガラリと引き戸を開けながら元気よく注文。そしてそのまま帰ろうとする。


「毎度! こっちはええから気にせんと、テーブル席にどうぞ! ヨランタさん、このテーブルクロス巻いとき。あと、あのパジャマ代1500円はお勘定に乗っけとくから。」



 ヨランタの知らないところで知らない常連さんができている。


「あの服を身代わりにしなかったら、かわりに私の全身が弾け飛んでたのよ、呪いで。そうなるよりよっぽどいいでしょ。

…え、あの服そんなに安いの?お酒2合より安いじゃない。私のぶん10着、一緒に仕入れといて!」

「やかましいわ、アイスが溶ける前に食べてしまい!」



 とんかつとポテトが揚がる小気味よい音と、甘い香りに替わって肉食欲をそそる香りが店内に広がる。


 ヨランタは裸身に、残念にも充分に丈が足りているテーブルクロスを衣装として巻き付け、残りのホットケーキにちょっと残しておいた柿ときんとんも組み合わせながらちびちびと突付いている。

 あまりの旨さに解呪の魔იმედგაცრუება法を油断するたび、背中や脇腹部分の布がポフンポフンと弾けているのは、呪いの門外漢には理解し難いがそういうことであるらしい。



「ホイ、エール…あんたらは、どっちが伊勢角屋で、どっちがインドの青鬼やったっけ。まあ、うまいことやって。あと、突き出しの柿ピー。」

「おぉっ!来たぜ、コレ!コレ!」

「もうこの苦みがねェと一日が終わらねえ!ヒャハッ!」


「ぶー。マーチンが私を無視する。」


「しとらぁせんがな。客商売や。とんかつの匂いがかなん・・・かったら奥に上がっときや。」


「そんなの、さみしいじゃん。」


「それは、もうヤクザな商売の上がり時っちゅうことやな。俺が面倒見たる気はないけど。…ヤンさーん、恋人募集中やったらこっちのヨランタさんはどうえ? ……あかんってさ。」


「そりゃあ、私はペールエールなんて苦いもの金輪際無理だもの! それにマーチン大好きで通ってますし? ホットケーキもう1枚追加、急いでねー!」


「早すぎっ!って、まだ半分残ってるやん。気が早いの。まあ、ぼちぼちに。…とんかつ揚がり!」

「ヒューッ!」

「見ろよあの黄金色!今夜も鉄板だぜ!」

「オゥ、超特急のとんかつ2枚とポテト、ツバメソースとポテト用のアジシオ。お前ら今日はツケぶん払えるんやろな!」

「大将、今日の俺を舐めてもらっちゃあ困るぜ!」

「今日はあとブタヤキソバとトンテキと、カクニまで注文する構えだぜ!」

「全部豚やないか。儲けたなら牛までいかんかい! あと、野菜も食え。」

「草なんか食ったらツキが落ちるよゥ!」

「肉しか喰わねぇからお前ら体臭がキツイんだ、女にモテたきゃ草を食え! 食ったら旨いから!」

「エェーっ!」



 男たちはその後も好き勝手に肉を注文して、会計は少し足が出たので再びツケにして、上機嫌で帰っていった。

 ヨランタはその間もさらに3合の酒をお代わりして、丼鉢のきんとんを抱え込みながら虚ろな目で箸をしゃぶっている。さすがにもう甘いものといえど腹に入らないが、未練が残るようだ。


「ほらほら、もう明日に残しとき。何日かは保つから。お腹ポンポンやないかい。」

「そうしゅる……」


 日本酒6合に加えて糖分の過剰摂取で、かなり朦朧としているようだ。呪いはもう解けたのか、身体に巻き付けた布もボロボロになりつつはだけて、しかし回復術者は肌年齢その他も回復できるものだろうか、元気なお子様といった風情で全然いやらしくない。



「ねぇ、マーチン…」

「なんや。」

「こっち向いて。……痛ーっ!なんで叩くの!」

「いや、なんとなく。」


 客1人に深入りしすぎている、とマーチンも思うことがある。急に理由わけのわからない目に遭って異邦で店を始めることになって、いくつか難はあれどきれいな娘さんがほぼ全肯定で客になってくれたんだ、情が移るのは仕方ない。とはいえコレはなぁー。


 お詫びに部屋まで送りなさい、と背におぶさってくる娘さんの体重と接種した飲食物ぶん+2kgを感じながら大きな溜め息をつくマーチンであった。



🍶

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