(2)


「おいおい、むっつかしい話してンなぁ!飯食いながら、オイ!」


 パシーン!とヨランタの背中を叩いてレナータが叫ぶように絡む。素早く出来上がりかけているようだ。

 既に伊賀焼の中身は空になり、では何を飲んでいるのかと思えばオイルサーディン缶の汁、というか油だ。おい、おい。


「うめぇーッ! この店のは、何から何までウメェな、おい大将!」



 そう、“フィッシュ・アンド・チップス” は先日もいただいた魚の唐揚げとお芋さんの唐揚げを合わせたもの。

 でも魚の味つけが上品な塩味のアレよりもべったりと濃い。そして、缶からそのまま食べたよりも表面のさっくりした歯ざわりと、この熱が愛おしい。お芋さんも、たしかに芋の一種ではあるんだろうけど、知らない芋だ。

 この芋だって何個か盗んで育てれば儲けられるかもしれない。でもなー、農家になるのは今じゃなくてもいいや。



 次の “オイルサーディン・チーズ”。こいつもシンプルだ。

 よくマーチンが煮たり焼いたりする魚は顔ごと出てきて、白くなった目玉に睨まれて実に閉口する。「目玉も喰えるから食べたがる人もいるし、頬肉なんかは一番うまい所やからな。嫌やったら食わんでもいいけど」なんてマーチンは言うけれど、ウサギや子豚の丸焼きなら目玉に睨まれながら肉を食せるのは豪傑というよりサイコ野郎だ。

 でもこの魚は最初から頭を取ってあって、ほら見ろマーチンの国の人だって頭なんか無いほうが食べやすいに決まってるでしょ、って言いたくなる。


 油漬け、という保存食は最近、オリーブ油の産地で考案されたと聞いた。マーチンの揚げ物に劣らないものすごい油の贅沢な使い方だ。

 それでも酢漬けより魚の味が格段に豊かだし、この油を口にすることで身体が喜んでいることがわかる。その上に、チーズ。これも牛乳由来の油の一種だ、植物油・魚油・動物油、油の万華鏡やぁ。

 めくるめく思いに想いを巡らせつつ、「オイルはパンにつけて食べると」と言っていたパンがないじゃないか、と口にする前にそのオイルをレナータに飲まれてしまっていた。この女……


 

 そして “フィッシュサンドイッチ”。くどいほど濃い醤油しょうゆ味醂みりん味に、とんかつのキャベツ他でお世話になったマヨネーズ。

 タマネギはこの辺にあるものとほぼ同じだ。

「ねぇマーチン、マヨネーズの缶詰ってある?」

「えぇー、瓶詰めならともかく、缶かぁ。調べてみるけど、どうやろ。……お、おぉ?」

「もう調べられたの?」

「マヨ味料理の缶は高額になるけど、ある。でもキューピーのマヨの缶詰は無いな、諦めよし。」


 うむーむー。そうだ、例えばこのサンドを外に持ち出したら、魚だけになるのか? サバのフライを持ち出したら、小麦粉のコロモが消えるのか? 試してみよう。

 料理を空き缶に入れて、さっそく検証だ。


 結果。サバはフライのまま残った。ジャガイモは消えた。サーディンチーズは、チーズだけ消えたけれど魚にチーズ味は残っている。サンドは、魚以外消えちゃったけどタレに絡んだマヨネーズは残された。


「で? それは何の実験?」

「パンとタマネギを持ち込みにしたら、テイクアウトに出来るかなって。」

「サンドイッチくらい自分で作りや。」

「マヨネーゼだよ、マヨちゃん!」

「あぁ、そういうことならこうしたら……」

 マヨネーズ多めにタレとミックス。さて、どうなる?


『汝、神を試すことなかれ…』

 あ、缶ごと全部消えた。レベルアップを告げた声と同じだったね。神様を怒らせちゃった? どうしようマーチン。…おや、マーチンの様子がおかしいぞ?



「ムカついた。いまのはムカついたなァー。誰でも、それくらい試すやろ。」

「神様的な声に即座に悪態つくの、やめよ? レナータちゃん震えてるよ。」


「そりゃあ、悪かった。申し訳ない、名無しの神さん。

…そういえば突き出しもまだやったわ。他に何が食いたいもん、ある?」



「肉!」

 挙手してレナータが噛みつくように叫ぶ。


「せっかくだから獣肉の缶詰も食べてみたぁい! あるんでしょ?」

 けっこう酔っているのか、ヨランタが無駄にクネクネしながらおねだりする。


「……無いことは、ない。けど、俺の晩酌用ので、かなり高級ものよ?酔っぱらいにはもったいないような。松阪牛まっさかうしの塊の缶詰。こっちのお金にしたら…銀貨1枚いちまんえん?」



 コトリ、と音を立ててマーチンが美しい箱入りのブツをカウンターの手元に置いてみせる。

 客の2人は酔いも冷めたような顔で丸くした目を見合わせる。


「ちなみに、今までの缶詰のお値段は?」

「そうな、1万円やったら、…20個くらいでわけてあげようか。」


 缶詰なんかは普通にスーパーで仕入れているので、意外にしわい値付けをするマーチンである。


 

 客の女2人が目配せしあって、少し時間をかけてからうなずきあい、宣言する。


「マッツァカ=ウシーの缶詰、ください。」


「缶詰やなくて普通の料理やったら10分の1の値段でもっとええもん作ったげるけど?」


「そういう問題じゃないの。今日は今日のテーマがあるから。」


「そぉか。知らんかったけど、それでいいなら。酒は?」


「私は同じもの2合おかわりで。レナータちゃんはお水にする?」

「……同じ酒ぇー。」


「ジョッキで水飲んでからにしぃ。ほな、そちらさんには同じ日本酒のソーダ割りにしたげよう。」

「え、そんなメニューがあるの?」

「言いもって普通のサイダーを出す泥酔者対策よ。…気持ちよく飲もうじゃぁないか。」



 まず出されたジョッキのぬるめのお冷やを勢いよく飲み干すレナータ。で、あらためて出てきた酒とジョッキのよく冷えた三ツ矢サイダーで乾杯。やっぱり旨い!


 マーチンは “冷やおろし” という技法について「役割が終わった」なんて言っていたけど、本当の所そんなこと誰にもわからない。

 私の回復魔法の師匠も常々「自分のこの世の役割はもう終わってるんだ」なんて言ってて、その前半生の素行不良のせいで私はこの師匠筋のせいで最初から正規ヒーラーへの道は閉ざされていた。

 それで仕方ないから冷暗所で生きる人生を送っているわけだけれども、そのおかげでいまこうしておいしいものを飲み食いできる。この特技が無ければ実の母にどこへやら売られて、この年齢まで生きていることもなかっただろう。

 その私が回復術で、この世の死ぬはずの命を安価で繋いでいる。冷やおろしの酒だって、私はじめたくさんの人の活力になってる。

 この世にあれば、役割なんて後からついてくるもんだ。



 レナータも “ソーダ割り” を、喉を鳴らしてすごく旨そうに飲んでいる。

 この2人はもう長い付き合いだが、かつてヨランタの仕事絡みのンチをレナータとその仲間たちで救ったことから、仲間うちではヨランタのほうが歳上なのに「お母さん」「娘」と呼び合う仲だ。ただ、外見上ではそれでまったく違和感がない。

 


「に!く! にー!くっ!」


 その辺の事情は置いておいて、化外の蛮族のごとき叫びを上げながら高価な缶を開封する。ペリペリと開いていくにつれ、輝くばかりのお肉が顔をのぞかせる。


「お肉ですわよ、お母様!」

「いや、まあ、キミのおごりだから有り難ーくいただくけどね。」

「あ、温めようか?」

「いや大丈夫……おぉーっ。」


 大きいと思えば大きい、小さいといってしまえば小さい、謎世界の高級肉。

「すごい、柔らかい。お肉味の何か…違うものみたい…」 

「……大銀貨一枚の半分が、口のなかでもう溶けちまった…」



「その感想は、旨かったん?ダメやった?」


「わかんない。貴重なものである感じだけはわかった。」

「おう。わかったから、普通で安くて量があるやつを頼むわ。」


 酔っていてもロマンを求めないレナータのそっけない注文に軽く眉をしかめるヨランタ。

 気の合う仲間も、なかなか食事の冒険には付き合ってくれない。

 こういう時、ひとりでいるよりも孤独を感じる。とんかつで一時期増えた客足だって、今ではすっかり落ち着いてしまった。


 いいんだ、他人の好みなんて缶詰みたいなものだ。ちっぽけでもそれぞれにみんな違う中身だし、無理に暴くものでも他人の都合で変えられるものでもない。

 急ぐ理由もない、そのうちバッチリの相棒もみつかるだろう。いや、マーチン自身がいちばんバッチリの人かもしれない。それならそれでいい。むしろそれがいいんじゃないか。



 結局ヨランタはこの酒場の物置部屋に有料とはいえ住み着いてしまっている。やがて「ごちそうさまー」と去っていくレナータを見送り、あらためて今宵も飲み明かすつもりでふんぞり返り直す。

 ちなみに知り合いには「男と同棲している」と吹いているが、信用があるのか無いのか、大体の雰囲気はお察しされていた。



「ねーマーチン、また別の冷やおろしのお酒とオヒタシ!」

「おひたしかぁ…あ、ほうれん草の缶詰ってものあんにゃけど?」


「いや、もう大丈夫です。みずみずしいので問題ないです。」

「まぁ、それがいいと俺も思う。いつ、こんなん仕入れたんやろ?…ハイ少々お待ちを。」



チートパワーアップの機会を逃してしまったとはつゆ知らず、まったりモードで襟元をくつろげて終盤戦への備えを固めるヨランタであった。



🍶

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