缶詰料理 と 鳳凰美田

(1)


 ♪ パッパカパ~ン ♪

 薄暗く渋い店内に場違いな明るいラッパの音が鳴った。次いで、どこからともなく、女とも少年ともつかない声が響く。


『おめでとうございます、当店はユニーク来店者が100人に達しました!…(遅すぎるボソボソやる気があるのかボソボソボソボソ1年以上もかけやがってボソボソボソボソボソ)いや……ともかく、店レベルがあがりました。

 レベル2の特典は、店内から外に【缶詰】を持ち出せるようになりました…ました…した…た……』



 木霊こだまのように響きを残して、声の主は去っていったようだ。

 店内には、ゴブリンの尻の穴を見た(狐につままれた)ような表情になった店主の男と、客の女2人。

 男、マーチンは客の内、知った顔のヨランタに声を掛ける。


「ぁ、あー、らっしゃぃ。カウンター?テーブルにする?」


 女も、それをきっかけに気を取り直す。

「うん。…えっと、カウンターでいい?じゃ、カウンターで。何?さっきの。」

「知らん。怖い。ま、帰らはったみたいやから気にせんでもええやろ。今日は何にする?」


 客は、常連のヨランタともう1人、いかにも女戦士の風情を見せている大きな女。ヨランタは小柄だが、並べて比べると身長はさすがに倍はないだろうと目星がつくが、体積でいえば3倍はあろうという雄大な体格をしている。



「あ、こちら冒険者仲間の女戦士・レナータさん。おいしいもの出してあげてね。

 で。そうね。…さっきの声が言ってた、“缶詰” って?」


「缶詰は缶詰やがな。あ、無い? こういうの。保存食。調理済みで、2年くらいはこのまま缶を開けたらどこでも食べられるの。

 まあ、文明人ならここからひと手間かけたいもんやけど、旨いもんではあるよ。」



「外に持ち出せる」と確かに聞いたので、その『サバ味噌缶』をマーチンが外に投げやってみる。

 先日、ヨランタにカップ麺を持ち出させたときには煙も残さずに消えてしまった。が、今回は消えない。皆で外に出て、缶の蓋を開けてみた。ヨランタとその連れ・レナータが「おぉっ」と声を揃えて感心する。

 そう、プルタブの缶だって人類の叡智の結晶だ。


 缶の中には、おなじみのサバの味噌煮。骨まで柔らかく、シーチキンに次いでよほどの魚嫌いでもこれなら食べてもいいと太鼓判を押す、缶詰界のマスターピースだ。

 ただ、昨今は案外安価ともいえない。マーチンの顔もちょっと渋い。



 条件の検証のために、皆が店内に戻ってヨランタが持ち出し、次にレナータも持ち出して帰って来る。で、皆でひと口ずつ食べてみる。


「うん、サバ缶だな。」

「え、これが2年……。マーチン、缶詰屋になろう? そして次のレベルアップをしよう!?」

「塩味が濃くてウマい!」



 ひとしきり客の興奮が収まったところで、さて。サバ缶の品評会をしても仕方ない。料理人としては缶詰単品でお出しするのは、ポテチではすでに実行済みとはいえ、やはりカナエの軽重を問われる。


「じゃあ、サバ缶を使ったアウトドア料理を教えたげようか。」

「おぉー、キッチンに入っていいの? お邪魔しまーす。」

「…まーす…」


「① ジャガイモないし適当な芋を適当に切って小麦粉をまぶし、たっぷりの油で揚げます。」

「マジで?」

「② サバ味噌煮の水気を適当にきって、小麦粉をまぶしてサッと揚げます。

 完成、さば味噌のフィッシュ・アンド・チップス。」


「すごくおいしそうだけど、たっぷりの油って条件がまず狂ってるね、レナータ?」

「大型獣を狩った後なら、この半分くらいの油は確保できるんじゃない?」

「おぉ!」



「なるほど、これは難しいか。じゃあ、別の魚缶で。オイルサーディン・チーズ。これは簡単やで。」

「ほぅほぅ、色々あるのね? チーズは大好きよ。」


「① オイルサーディン缶のフタを開けて、そのまま火にかけます。」

「うーん、またしても銀色。でもおいしそうに見えてきたよ。」

「② チーズを山盛りに乗っけます。溶けてきたら、さらにバーナーで炙って焼き目もつける。完成。オイルはパンにつけて食べるとおいしい。」


「ふむぅ。そんな新鮮な上等チーズじゃなければ、私らでも作れるね!」

「炎の魔法使いが居ればね。何、その、魔道具?」

「あぁー。」



「そうか。まぁ、焼き目は無くてもいいから、お好みで。

 せやな、じゃあ……シーチキンはこの際、逃げやな。うぅん。…あ、さんまの蒲焼缶。」

「色々あるのねぇ。」


「じゃあ、簡単にフィッシュサンドイッチ。

 ① パンを薄切りにします。」

「マーチンの 薄切りにかける情熱は何なのかしら。」

「② ありあわせの適当なものとさんまを挟みます。タレもソースがわりに使いましょう。今日は、玉葱の薄切りとマヨネーズにしようか。それとさんま蒲焼。ほらおいしそう。完成。」


「うん、おいしいよ。」

「絶品じゃんヨランタ、アンタ最近こんな良いもんばっかり喰ってんの?」


「待て。先に食い始めるやつがあるか。まぁえぇけど。ほな、酒はえぇねんな。」


「申し訳ありませんマーチン卿、一番いいお酒をお願いします。」


「誰が卿やねん。ちょっとだけお待ち。」



 店主マーチンが久しぶりに酒器セットを持ってくる。

 レナータは怪訝ケゲンそうな目で、籠いっぱいの土塊つちくれを眺める。ヨランタにとっても久しぶりの新鮮な反応だ。


「好きな器を選んでお酒をいでもらうんだよ」と先輩風を吹かすヨランタ。

 格好つけるためには、良い感じのものを選んでひと言添えて、出来る女の雰囲気を演出しなければならない。そう思うと、意外にプレッシャーがかかって迷ってしまう。


 考え込んでしまったヨランタを尻目に、レナータは「これがいい、気に入った」と早々に選ぶ。

 伊賀焼イガヤキ。歪んでゴツゴツした器肌に、薄緑のガラス質になったビードロ釉が硬質なイメージを強調している。明るい色になっている器の底にはガラス質がたまりになっていて、濡れたように光を放つ。



「ふ、フーン。渋いところを突くね。ふーん、ふぅーん。」

 迷うが、むしろもうそれより早く酒が飲みたい。「えいっ!」

 結局ほとんど見もせずに、伸ばした手に当たった酒器を取る。


「お、それは信楽焼シガラキヤキのポン子ちゃん。さすが、お目が高い。」


 マーチンが半笑い、いや4分の3笑いで口を挟む。

 それは、見たこともない半人半獣の姿を模した陶器人形。注ぎ口がついているので、ただの人形でないことがわかる。ぐい呑みの方にも、獣人の子供が風呂に浸かっているようにふざけた表情で一体化している。

 もし♂狸であったらヒャッと叫んで叩き割っていたかもしれないが、幸いにしてその破局は免れた。


「か、かわいい…(似てるそっくり)」

 レナータが笑いをこらえて震えている。ヨランタの頬も耳も真っ赤だ。



「その酒器には近江の酒を出せたら良かったんやけどな、申し訳ないがこちら。

 野州・日光山の水で仕込んだ、鳳凰美田。その冷やおろしの酒。鳳凰美田は、それこそみりん干しからガトーショコラまで合わないものが無いからな。鉄板のおすすめ!

 …お連れさんも、一緒でいい?」


「ああ、アタシはこのザルと同じペースじゃ呑めねぇから、少なめに頼むよ。」

「なによ、お上品な。ビビってんの?」

「そりゃビビるよ。ユリアンもツェザリもジグムントだってアンタの酒量にはビビってる。そのちっこい身体のどこに入っていってんだか。」


「魔法でごまかしてんのと違う? ま、おあがりやす。」

「ハイ いただきまふ。」

「そんな魔法聞いたことも……ウマイな!しかも強い!」



 並んだご馳走たちを飲み食いしながら、マーチンが “冷やおろしの酒” の説明をするのに耳を傾ける。

 大昔、冷蔵庫(?)がなかった時代には、夏を室温で過ごすと日本酒は高温にやられてれてえて臭くなってしまう。それを防ぐために、前年晩秋にまとめて作られた日本酒の一部を冷暗所に保管しておく。で、夏が終わって涼しくなってきた時点で取り出して出荷する。それが “冷やおろしの酒”。


 特別といえば特別だが作り方が大きく変わるわけではなく、ただ長期間良い環境で保存されるために良い具合で熟成され、角がとれた穏やかな味わいになっているらしい。

 ただ、マーチンさえ「らしい」なんて言うくらい微妙な話で、“冷蔵庫” ができた時点で歴史的役割を終えて、今では秋の訪れを祝う、詩的な風情を楽しむ酒なんだとか。…そんなコト言っていいの?


 でも、言われて味わってみれば、穏やかな味という感想はわかる気がする。


「穏やかって、言い換えたらインパクト弱くて印象に残りづらいとも言えるしなぁ。そのポン子に負けてるやろ。」


「いや、おいしいよ!とってもおいしい、このポン…鳳凰の冷やおろし!」


 もう大概いろんなお酒を飲み比べて、「うん、この酒はこういうタイプか」みたいにカッコつけることもできるようになってきたけど、これはまた別格においしい。冒険者のステータスでいえば満遍なくレベルが高くて、グラフのトゲが見当たらない感じ。

 スゴイけど、表現が難しいんだよな。これが角がとれた穏やかさ、ってヤツ?



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