トラック8:なんといっても、今夜は貸し切りですから♪【5杯目のオンザロック】
(ゆったりとしたドアの開閉音、続くベル音)
「お待たせしました。表の看板をクローズにしてきました」
(最後のお酒の提供前にやることがあると言った彼女が店内に戻ってきた)
(もう閉店の時間なのかと確認するあなた)
「ご新規さんの受付終了です。セラピストの接客が時間制ですので」
(オイモはもう戻すのかとあなたが尋ねるとバーテンダーさんは首を振る)
「寝ていますから、このままで。時間制なのはハムスターの体調管理のためなので、こういう場合は無理に引き上げたりはしません」
(状況を把握したあなたは頷く)
「では、さっそく……と、その前に。お客さん、お冷はいかがですか? せっかくなので氷をカットしてお作りしますが」
(バーテンダーさんの提案に首肯するあなた)
「はい。それでは……」
(シャ、シャァ、と氷をカットする音)
(先程とは異なりカットの音と動作に迷いはない)
(カットされた氷が背の高いグラスに入れられ、水が注がれる)
「どうぞ」
(一見氷が入っていないようだがグラスを傾けると重みを確かに感じられる)
(透明で柱状の縦長氷がそこにあった)
「そういうグラスと氷でハイボールやジンソーダを飲むのもいいですよ」
(なるほど、とあなたはグラスを揺らしながら想いを巡らせる)
「さて、どうするか……」
(バーテンダーさんは残り僅かなウイスキーボトルを見つめ考え込む)
(やがてグラスを選び始める)
「グラスはこれと、これ……いや、それよりも」
(いくつかのグラスがテーブルに並べられ、入れ替えが繰り返される)
「よし、この2つで氷は……」
(グラスを選び終えると彼女は氷のカットを始める)
(タン、タン、とリズミカルに包丁が走る)
(同じようなリズムが段々と小刻みになってゆく)
(バーテンダーさんは氷を手に取り、撫でるようにそれをカットする)
(シャ、シャ、シャ、と硬く冷たい音があなたの耳に触れる)
(カラン、カランと2つのグラスに氷が入れられる)
「ここにウイスキーを」
(コルク栓をギュッと握る音、中身が減っているためかポンと音が響く)
(メジャーカップに注がれたウイスキーが2つのグラスに均等に注がれる)
(バースプーンで氷がクルクルと回される)
「どうぞ」
(先程のオールドファッションドのグラスより一回り小振りなグラスは赤みがかった琥珀色で満たされている)
(その琥珀色の中にダイヤモンドカットされた氷が浮かんでいる)
「…………」
(バーテンダーさんは薄目で香りを確かめるように深く息を吸い込んでいる)
(あなたはそれに
(ややあって2人の目が合った)
//優し気に
「乾杯、しませんか?」
(グラスを掲げて静かに乾杯する2人)
(香りはいままでのカクテルと比べると大人しいが、口にするとシャープでじんわりと味わいは広がる)
「いかがですか? 美味しい……はい、確かに」
(バーテンダーさんは頷き、ウイスキーを口にする)
//満足げに
「うん、美味しい……ふぅ」
(どうしてこれを選んだのかを尋ねるあなた)
「このボトルを選んだ理由ですか? はい、少々お待ちください」
(彼女は酒棚から取り出したボトル2本、いま飲んでいるものをテーブルに並べた)
(それからバーテンダーさんはグラスを手にしたままキッチンスペースからあなたの隣へやってきた)
「お隣、失礼しますね」
(隣に座った彼女はテーブルに並べた3本のボトルを左から順に指さした)
「1杯目のハイボール、4杯目のオールドファッションド、5杯目のオンザロック。どれもウイスキーですが、共通点があります。分かりますか?」
(しばしボトルを眺めて考えるあなた)
(楽し気にボトルにチョン、チョン、チョンと触れるバーテンダーさん)
//ウズウズした感じで
「ん~? あっ、分かりました? はい、3本ともラベルに動物が描かれています。こういう偶然がたまに起こります。3本目は私からおすすめしましたけど」
(ピタリとハマった? と尋ねるあなた)
//穏やかに
「……はい。お客さんが来店した今日という日にピタリとハマりました。お客さんはどうですか?」
(もちろんと、再びグラスを掲げるあなた)
//胸いっぱいになりながら
「ありがとうございます」
(それから黙って乾杯する2人)
(心地よい沈黙)
(グラスで氷が鳴る)
(やがてウイスキーを飲み終えたバーテンダーさんが席を立つ)
「私は片付けを始めますが、このままゆったりとお過ごしください」
(いいのかな、と彼女を見つめるあなた)
//肩の荷が下りたようなスッキリした調子で
「はい。なんといっても、今夜は貸し切りですから♪」
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