トラック6:私が好きなものを……ですか?【4杯目のオールドファッションド】
(心地良かったバーの静けさに重い沈黙が重なっている)
(意を決したあなたはテーブルを軽く叩いてバーテンダーさんを呼ぶ)
「……はい。カクテル、私が好きなもの……ですか? フルーツを使ったもので」
(あなたが頷くと、彼女の頭は冴えを取り戻したようで、酒棚を眺め始めた)
「いま作れるもので、私の好きな……あっ」
(弾かれるようにあなたへ振り返るバーテンダーさん)
//
「あ、あっ、でも……結構クセが強めで」
(いいからと、促すあなた)
「……はい。ありがとう、ございます」
(バーテンダーさんは一礼すると、用意を始める)
「あれ? マスク、マスクどこ……?」
(毛づくろいするハムスターのような動作でマスクを探すバーテンダーさん)
「あの、すみません……マスク、ないので説明の方は……」
(こだわりも含めて是非説明して欲しいと返すあなた)
//喜怒哀楽ないまぜに
「ん~~~~~~~~⁉」
(マスクはゆっくり探していいので、説明はして欲しいと告げるあなた)
「楽しいですか⁉」
(頷くあなた)
「コミュ障をからかって!」
(いやいや、お酒の説明、と手を振って否定するあなた)
「そっち⁉」
(頷くあなた)
//
「ん~~~~~~~~⁉」
(タブレットを差し出して、作るカクテルを尋ねるあなた)
「あー、メニューには載ってないです。いや、載っているには載っていますが」
(首を傾げるあなた)
「オリジナルのカクテルではなく……マイナーチェンジ的なレシピでして。こちらが通常のレシピで作ったものです」
(タブレットにカクテルを表示させるバーテンダーさん)
//観念した様子で
「もうこのままでお作りします。よろしいですか?」
(待ってましたと頷くあなた)
//飾り気のない調子になり
「では……作ります」
(消毒スプレーの噴霧音、鋭い擦り込み音)
(テーブルに並べられる大きめのロックグラス、砂糖入れ、暗色の酒瓶とガラス製の調味料入れのようなもの)
//静かに唱えるように
「角砂糖……ブラウンシュガーにビターズを2滴」
(トングで摘まれグラスに置かれた角砂糖に調味料のような液体が振られる)
//その調子が続く
「リキュールを少々、ジュースも」
(暗色の酒瓶の中身がグラスに注がれ、瓶入りのジュースがバースプーン1杯分加えられる)
「
(モヒートのときとは別のペストルでグラスの中身が潰し混ぜられていく)
「オレンジスライスを入れて混ぜる」
(オレンジスライスが加えられペストルで潰されていく)
(溶け切らない砂糖のざりざり音と混じる果肉音)
「大き目の氷」
(コロン、カロン、カコ、と大きな氷が3つ入れられる)
「バーボン。クセの強いものを使います」
(コルクの開栓音、メジャーカップから注がれる音が2回)
「ステア」
(バースプーンが氷をクルクルと回す)
「少し長めに混ぜます」
(グラスの内を氷が回り、外は白く冷えていく)
「チェリー」
(カクテルピンに刺されたチェリーが添えられる)
「最後にオレンジピールで香りづけ」
(長方形に切り揃えられたオレンジの皮がグラスの上で捩じられてから添えられる)
「……私の、好きなレシピで。オールドファッションド、です。どうぞ」
(差し出されたグラスを手に取り、飲もうとするあなたを制するバーテンダーさん)
「まずは、香りをお楽しみください」
(すぅー、はー、と深呼吸をしてみせる彼女に続くあなた)
(鮮明なオレンジの香りに導かれ、シャープになる呼吸音)
//静かに言い聞かせるように
「それから、一口。舌を湿らせるくらいをイメージして、ください」
(鼻腔をくすぐる香りと共に口内に滑り込むカクテルを舌先が迎え入れる)
(研ぎ澄まされた感覚に触れるふくよかな甘味、調和した苦さ、甘辛さ)
//優しく指導するような口調で
「甘い? ビター? それとも辛い? そう、そうしたらさっきより少しだけ口に含んでください」
(深い甘味と心地よい苦味は対立も矛盾もしない)
//指導口調から段々と甘く絡むような声で
「飲んだら、息を吸って、吐いて。アルコールのしびれや辛さに乗って、甘さを感じられる? 美味しい、ですか? どぅ? ねぇ? いかが、ですか?」
(甘くて苦くて辛い酩酊は心地よく舌の根からなにかを緩ませていく)
「…………」
(ちびり、ちびりと杯を重ねるたび、味わいは混ざり合いながら、鮮烈だ)
//唇を尖らせながら
「……お楽しみ、いただけてなによりです。飲み口の変化も、ご堪能ください」
(沈黙)
(時折、氷の鳴る音)
(……沈黙)
(ザラリとした砂糖混じりの液体をスッと吸い込む音)
(グラスを置く音)
(氷がカランと音を立てる)
(柔らかい沈黙)
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