トラック3:バーらしさ、堪能できているでしょうか?【2杯目にバラライカ】

(ハムスターがヒマワリの種を割る音)


「慣れてきましたか?」


(頷くあなたにバーテンダーさんは笑う)


「2杯目、いかがですか?」


(誘いに乗ったものの、決めかねているあなたはバーテンダーさんに尋ねる)


「バーらしさを感じるカクテルがいい、ですか?」


(キッチンをしばし歩き回るバーテンダーさん)


「それでしたら、コチラはいかがでしょうか?」


(タブレットを操作してカクテルを示されたので、そのまま任せることにした)


//スイッチが入ったように落ち着いた調子で

「はい。それでは……」


(消毒スプレーの噴霧音、鋭い擦り込み音)

(金属音を立てて置かれたシェーカー)


「こちらのシェーカーを使って、作っていきます」


(メジャーカップを使って立て続けに3種類の液体がシェーカーに注がれる)

(バースプーンでシェーカーの中身が混ぜられていく)

(冷えたカクテルグラスがテーブルに置かれる)

(カコン、カコン、カコンとトングに掴まれた氷がシェーカーに投入される)

(シェーカーにストレーナーとトップが取り付けられる)


//やや早口で無機質に

「ウォッカ、ホワイトキュラソー、レモン果汁と氷を入れ、シェークします」


(シャカシャカ、キコキコ、キンキンとなんとも言えないシェークの音がリズミカルに移ろいゆく)

(シェーカーがテーブルに置かれ、トップが外される)

(コロン、と転がる氷と金属が触れ合う音が響く)

(グラスにコポポとカクテルが注がれていく)

(シャカ、シャカシャカとシェーカーが振られ、キンと最後の一振りでグラスが満たされた)


//元の調子に戻って

「お待たせしました。バラライカです」


(差し出されたショートカクテルを眺めるあなた)


「あ、こういったカクテルはですね。3口ほどで飲むとよいと言われています。そうでなければいけない、ということはありませんが、氷で冷やしていますから時間をかけて飲むにはやはり不向きかと」


(あなたはグラスを傾けバラライカを飲む)


「いかがです? キリッとして爽やか、ですか。はい、ウォッカベースでレモン果汁も入ってますのでアルコール度数は高めですが、飲みやすいカクテルです」


(確かめるように二口目を飲むあなた)


「お酒は詳しくないと言われていましたが、結構お強いんですね。チェイサー、あ、お水を、どうぞ」


(差し出された水をあなたは口にする)

(見咎められるかもとは思ったもののあなたの手はバラライカへと伸びてしまう)


//ニヤけるのを堪えるように

「……そんなに美味しかったですか?」


(安堵しつつあなたは首肯する)


「それは、ありがとうございます。ただ……」


(水差しからチェイサー用のグラスに注ぎ足される冷水)


//笑顔のまま、有無を言わせぬ調子で

「お次のお酒を頼まれる前にそのチェイサーはお飲みください」


(観念して、ちびちびとお冷を飲み始めるあなた)


「…………」


(卓上のケージではハムスターが回し車のなかで駆けている)


//何か思いついてから、やや戸惑った調子で

「あっ……お、お客さん。チェイサーの意味ってご存じですか?」


(首を横に振るあなたを見て満足げな笑みを浮かべるバーテンダーさん)


「チェイスという追跡や追いかけるといった意味の言葉があり、チェイサーはお酒を追いかけるようにその後に飲むドリンクのことを指します。お水をチェイサーとして飲まれる方が大半ですが、ソーダ水を飲まれる方や、なかにはアルコール度数の低いお酒をチェイサーにする方なんかもいらっしゃいます」


(それならとタブレットでメニューを見ようとするあなたの手にバーテンダーさんの冷たい指先が触れた)


//先程よりもやや威圧的に

チェイサーお冷を飲まれてから、次をお選びください」


(思い留まるあなた)


「もぅ……落ち着いてお酒を楽しんだり、こうやって蘊蓄うんちくを話したり聞いたり、時には沈黙を堪能するのもバーらしさ、醍醐味だいごみですよ」


(なるほどとグラスをゆったりと傾け耳を澄ませるあなた)

(回し車に飽きたハムスターが二本足で立ち上がり鼻をひくつかせていた)

(あなたはハムスターのご飯皿から小松菜を手に取り、葉と茎を千切る)

(ケージの蓋を開け、その茎を釣り糸のようにそっと垂らすとハムスターは背伸びしてそれを掴もうとする)

(とっとっ、とっ、とハムスターの足音が聞こえる)

(小松菜を掴み取ったハムスターは目を細めしゃくしゃくとそれを食む)


「…………」


(しばしの間、ハムスターの食事を眺めていると視線を感じた)

(あなたが見上げるとバーテンダーさんは微笑みを浮かべていた)


「バーらしさ、堪能できているでしょうか?」

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