叱られた子ども

 事務室のドアを派手にぶち開けて、声の主はどかどかと部屋に入り込んできた。

 戦闘靴ブーツの重い足音を響かせながら、小柄な影は私の目の前まで迫る。

「隊長差し置いて瀬名くんに先に報告に行くたあ、どういう了見してんだ藍島ちゃんよお!」

宮野ミヤノさんんんん!」

 圧の強さに思わず後ずさった。私より小さな女性なのに、迫力に気圧されてしまう。

「一応、隊長より部長の方が偉い人だと思います!」

「現場の責任者は私じゃボケ!」

「藍島コウ、本部帰還しま……してました!」

「遅いわ!」

 そこで宮野さんは一度、大きく深呼吸した。

「……学校帰りの急場で『影叫スクリーム』討伐したのは見事だけど」

「はあ、ありがとうございます」

「なんですぐ通信よこさないの。藍島がの一体と交戦中ってわかってたら、人員配置をもっと柔軟に出来たんだからね」

「そっちって、他にも出たんですか」

「藍島の通学ルートとは真逆にね。予兆で終わったから良かったけどさ」

 だけどそれで終わらなかったら。指示や応援要請を遮断してしまったせいで、どんな危機に見舞われただろうか。


「……本当にすみませんでした。宮野隊長、瀬名部長」

 頭を下げる。首にかけたヘッドホンが重い。

「悪い、宮野」

 瀬名さんが謝る。上司の責任として。

 宮野さんは苦笑いで言った。

「藍島はさ、もったいないよ。隊の中でもトップクラスの実力があるのに、単独行動が多い。連携も苦手だし、指示もろくに聞きゃしない」

「雑音が入ると、集中が切れるんです」

 耳当てを握りこむ。

 これがないと、私は戦えない。

「藍島の耳は聞こえすぎるからね。でも、隊で支給されてるイヤホンも最近はすごく性能いいよ? 奴らの悲鳴やら雑音をキャンセリングしつつも、人間の地声はイヤホンしてても良く通るし本部からの通信もすごくクリア」

 うちの技術部の賜物、と宮野さんは耳元のイヤホンを指先で叩いた。

「ま、ヘッドホンにこだわりたいならそれでもいいけど。でも、指示は聞きなさい。通信は常時オンにしておくこと」

 宮野さんの言う事はもっともだ。ヘッドホン着用を特別許可してもらっているだけありがたいのだから。

 でも。


「瀬名さん、一緒に戦ってよ」

 私の訴えに、瀬名さんは今日一大きな溜め息をついた。

「瀬名さんが隣で戦ってくれたら、本部とか他の隊員の指示いらないもん。その場で指示くれたらさ」

 指さしでも口パクでもアイコンタクトでも。瀬名さんと呼吸を合わせて。

「……もう戦闘部門に復帰するつもりはない」

 なのになんで、討伐隊員から退いちゃうの。

 あなたに助けられた頃は幼かった私が、ようやく入隊できたその矢先に。

 一緒に戦えたのなんて、一年もなかったじゃない。

「瀬名さんなら、まだきっと戦えます」

「そろそろハゲ散らかしそうなおっさんなので無理です」

 瀬名さんは仕返しのように、私の嫌味をそのまま反論材料にする。子どもの、中身がない悪口しか言えない自分が情けなくなった。

「まあ瀬名くんが討伐隊員から退いたのは、確かに惜しいけどね」

 宮野さんの言葉に、私は必死で食いつく。

「そうですよ、同期の宮野さんが現役なのに!」

「でも異能力は普通、体力とおんなじで若い頃がピークで、あとは減ってく一方だからね。私はもうちょい粘るけど、四十しじゅうが見えたら降りる人多いから」


 そう言って宮野さんは、勢い込む私を牽制するように人差し指の先を突き付けてきた。

「でなきゃ藍島みたいな、十代の子どもからも隊員を募ったりしないよ」

「入隊年齢を引き上げたいという議論は、もうずっと続いてるけどな。我々の最盛期がもう少し長いか、異能力者が希少でなければ、お前みたいな子どもがここにいることもないんだが」

 子どもじゃない、そう言えたら良かった。

 だけど組織の、大人の保護下にある私は未熟な子どもそのものだった。

「そもそも、一緒に戦う以前に。お前が討伐隊にいること自体、本当は賛成していない」

 唇を噛み締める。

 どんなお説教よりお小言より、瀬名さんが一番に思うことが私を遠ざけることなら。

 だけどそれは聞き分けられない。

 あまりの悔しさに、めちゃくちゃに反論してやりたかったけど。それで言い争って、本気で引導を言い渡されるのも怖かった。


「ま、藍島のことは藍島が決めるべきだけど」

 宮野さんが私の肩を叩く。

「でも、瀬名くんはもう無理することないよ。私はひとり身だけど、瀬名くんは可愛い娘がいるんだしさ。危険な現場は退いた方がね」

 なだめる様な、言い聞かせるような言葉が腹立たしい。

(なにが娘だ)

 そんなものが、瀬名さんの足を引っ張るから。

 だからあんなにも強くて、なりふり構わず戦っていた戦士が。安全圏で日々数字と人を管理しながら、子どもが戦うことを憂う、ただのおっさんになろうとしているじゃないか。

 瀬名さんはまたひとつ、重い息を吐いた。

「とりあえず、ヘッドホンは技術部に提出しておけ。ふた月に一度は技術部の審査を通すことで、特別に許可してもらってるんだから忘れるな」

「……失礼します。瀬名さんのハゲ!」

「まだハゲてない」

 私の子どもじみた捨て台詞に、瀬名さんが呆れて返すのが聞こえた。






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