ワイシャツと黒い髪

「単独行動での戦闘行為、本部からの指示無視、最後まで本部への連絡なし」

 疲れた顔したおっさんが、溜め息を落とした。

 事務机を挟んで相対したその人に、私は言い訳という名の報告を上げる。

「学校帰りに遭遇したんで一人でした、戦闘中は通信入ると集中削がれるんで最悪死にます、だから通信ブッチしてたけど最後には本部に連絡入れましたー」

 おっさんはますます渋い顔をして頭を抱えた。整えた髪が乱れる。

「……単独による討伐については状況を加味しよう」

「ですです」

「だけど通信は切るな。本部や他隊員との連携は密にとれ」

「えー、でも」

「でもじゃない」

 額を抑えた長い指、庇を作ったみたいな手の下から据わった目が覗いてる。

 薄らと浮かんだ皺と隈。

瀬名セナさん、疲れてんね」

「誰のせいだ誰の」

「多分、一部は私のせいだけど」

 迷惑をかけている自覚が無いわけでは無い。面倒というなら、瀬名さんにはずっとかけどおしだ。

 助けてもらってから、ずっと。


「お前がやらかすと、俺も責任を問われるんだぞ。部下をかばうのも上司の仕事だが、査定に響くからやめてくれ」

 瀬名さんは椅子を半回転させた。腰への負担を最大限考慮したつくりのオフィスチェア。

「査定とか、化け物の討伐組織っぽくない」

 回る椅子ごと体の向きを変えた瀬名さんは、サイドモニターに目をやりながら言った。

「『討伐隊オーダー』はただの異能者の寄せ集めじゃない。人事査定も労務管理もきっちりした、まともな組織だ」

 発生の起源は、私も瀬名さんも産まれる前のこと。

 ある時に空を割って、人に害をなす、影、みたいなものが現れた。

 それまでの武力や組織じゃ対抗出来なくて。世界のあちこちで影は暴れて、色んな国の技術や兵器が投入されたけど敵わなくて、人は戦う術なんてなくて。

 絶体絶命の危機に、呼び覚まされたのだろうか。私たちみたいな、異能の力を持つものが生まれた。

 戦う力をもった人間は自ずと集まり、また集められ、討伐隊として組織された。

 なにしろ世界中で同じような動きが起きたから、同じような組織は乱立したけれど。

 現在では、多くの戦功をあげた上、影に対する有効な対抗策と処理能力を有した組織が残った。

 私たちが属する『討伐隊オーダー』もその一つだ。


「そして概ね、それらの組織は異能の集団の管理と、統制に成功した者たちだよ」

 そういうことだ、と瀬名さんは話を結んだ。

 きゅっと締められたネクタイ。首元のボタンひとつも外していないワイシャツ。

 戦闘用の防護服スーツを、窮屈で苦手だって言った人が。

(こっちの方がよっぽど窮屈そうに見えるよ)

 きちんとアイロンがけされたワイシャツには、黒い肩章が縫い付けられている。討伐隊オーダーの徽章である鏃のモチーフが彫られたボタンと、縁取りの刺繍糸の色は白金。私が身につける青色のそれとは違う。

「……瀬名さん、ハゲそう」

 瀬名さんが目を細める。

「デスクワーカーなんて絶対むいてない。ストレスでハゲ散らかしちゃうよ」

 眉間に皺を寄せた表情は、モニターの細かい数字を読み取ろうという風にも見えた。瀬名さんはぽつりと呟く。

「まあ、髪の量は減ったな」

「そんなの知りたくなかったんですけど?!」

「それなりに気は使ってる」

 育毛に励む瀬名さんとか、想像したくない。整髪剤とか無縁だったくせに。


 真っ白いカフスとか磨かれた革靴とか、内勤だからって言うほど規定は厳しくないはずなのに。

 髪だって、量のことなんかどうだっていいけど。ちょっと前まで、今より長かった髪を無造作にくくって、目立ち始めた白髪だって放置していた。

(染めたって良いけどさ)

 特にこめかみの辺りに目立った白い髪も、今は黒く染まっている。

 今の瀬名さんは、身だしなみに気を配ったかっこいいおじさまだと思う。

 だけど髪を振り乱して戦ってた瀬名さんの方が、ずっとかっこ良かった。

「というか、話を逸らすな。俺のことはどうだっていい。そもそも、俺はお前が……」

「そもそもの話はもう良いですってば」

 瀬名さんの言葉に被せるように、私は話を断ち切る。それ以上は聞きたくない。

「おい、コ……」

「藍島ァ!」

 粘ってお説教を続けようとした瀬名さんの声は、突如飛び込んできた大声に遮られた。








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