初討伐?
湧き穴は看護大学に向かう道の切通しにある。
周辺は立入禁止になっていて、人や車はう回する。
早朝、班の人に連れられて湧き穴にやってきた。
近くの草地に軽トラを駐めて準備する。
集まったのは四十人ほど。芦田教官たちと昨日の参加者も何人かいる。華奢な美少年、犬矢来が歩いているみたいで微笑ましい。
教官たち以外は農作業の格好している。長袖に長ズボン、竹の防具に足元は長靴。
麦わら帽子もいるが、ほぼバイクのヘルメット姿で、フルフェイスの人もいる。
『フルフェイスはおすすめしない。血や死体、内蔵を見て吐くからな。自分のゲロで窒息死はイヤだろ?』
昨日教官たちに言われたが、慣れればよいのだろう。目を守る必要もあるしね。
俺は革製の肩アーマー(侯爵家の紋章入り)に、膝も包むすね当てと厚底のブーツ。小物入れのついた剣帯に兵士用の剣。
フルアーマーと大魔剣は必要ないだろうな。
うん、浮いてるなあ。
「ぷぷぷ……くっくっくっ……」
芦田教官が俺を見てツボにはまったのか、お腹をかかえて身をよじっている。
「くくく……ケント……その格好……ぷぷぷ……コ、コスプレ……」
しっけいな。
これは継承戦争と魔帝戦争で実戦済みなんだ。
芦田教官たちは全員が上下迷彩服にヘルメット、シューティンググラス。迷彩アーマーを着用しようとしている。
昨日のカジュアルな感じとはまるで違う。小銃、拳銃は携行せず帯剣しているが、自衛隊?
芦田教官の徽章を見て気がついた。
「芦田教官、それは空挺にレンジャー徽章?」
「ほう、知ってるのか。俺たちは自衛官だ。だいぶボロボロにされたがな」
「……特殊作戦群(※)?」
「……」
「ちょいオタなだけです」
芦田教官はニヤリと笑いを返してきた。
湧き穴。
切り通し斜面のブロックに、縦5m横10mほどの長方形の穴が空いている。
穴の両側、高さ5mでコンクリートの壁が作られている。斜面からジョウゴ型に伸びている。直進してきたものが広がらず、出口は一、二匹が通れるようになっている。
待ち受けて両側から槍を使い、各個撃破すると聞いたやつだ。
壁の出口は広場になっている。所々にバリケードが置かれて、勢いを殺すようにされている。
湧き穴に日が差し込むはずが、まるで黒く塗られたかのように立体感がない。
軽トラを駐める前から気がついていた。
魔素が穴から流れてくる。近づくほど俺の魔力が回復していく。染み込んでくる魔素の感覚に、思わず手を開いたり握ったりする。
「どうしたケント。初めての湧き穴に怖気づいたか?」
「初めてだが、怖いわけじゃない」
ここではお初だけどねぇ。
ハズラック王国世界では見慣れていた。ただ「むき出し」というのは初めてだ。
あっちではどこも入口には石積の建屋が作られ、国に厳重に管理されていた。
魔帝の配下が出てくるんだから当然だ。
穴の前では槍や矛、棍棒、マチェーテなどを持った者が警戒している。常時五十人ほどが三交代でつめているという。
朝六時からを一班、日中十四時から二班、夜間二十二時からを三班と呼んでいるようだ。
「三班、交代だ。お疲れさん!」
柱に屋根だけの東屋がいくつか作られていて、交代した夜間当番が休み始めた。八時間集中しての監視と討伐は、気力も体力も使うだろうしな。
あれ?
「おはようございます、モナミさん」
「え? あ、ケントさん。おはようございます。ケントさんも当番なんですね」
「ああ、今日からですよ。一班、かな。モナミさんも当番だったの?」
「私は戦う体力ないんです。みんなの食事の用意、給食班です」
「そういうのも大事だね」
うーん、昔から兵士の食事に気を使うところが勝つんだよね。戦えば腹いっぱい美味しいものが食える。単純だけど、士気には良い。
兵站は大事だけど、今の食糧事情だと苦労してそうだな。
「一班用の食事も用意してます。休憩の時食べてくださいね」
「ありがとう」
当番が入れ替わり、初参加も場所を指示されて一番外側で配置につく。マンツーマンで経験者がつき指導を受けている。
俺にはなぜか芦田教官がついてきた。
交代しなかった者の中に、チェーンギャングのように二人一組が足を鎖でつながれている者が十人いた。二人組の鎖には間に鉄球がつけられている。
「あれは?」
「見たことないか? 犯罪者、罪人だ」
「あれでは、逃げられないな」
「ああ、ゴブリンを殺すか、みんなの盾になるか。まあ、雑用もやらせる。それが罰だな。犯罪は割に合わんよ」
罪人たちはみな額に横一文字のタトゥーがある。一目で犯罪者とわかるように刻まれるという。あの田中も前科もちだったか。
ひどく汚れ、疲れた顔をしている罪人たちの中に、見覚えのある顔があった。田中をアニキと呼んでいた若い男だ。疲れた顔で、かすかに震えている。
「くるぞ! たぶんゴブ一匹!」
穴を注視していた腹の出た中年男性から大きな声があがった。交代した者も戻って来る。
「用意! 一匹だからって油断するな! きちんと足止めしろ! そこ! 早く位置につけ!」
芦田教官が指示をだす。
ゆっくりとゴブリンが闇からでてきた。
「キィーーー!」
甲高い声をあげて、小走りで近づいてくる。背丈は人と同じぐらい。標準的な大きさだな。
「大きいが一匹だ! 障害物投下は中止! 槍! 矛!」
合図で
血まみれになりながらもゴブリンはなかなか止まらず、数本の竹槍が切り飛ばされる。
ようやく動きが弱まり、トドメをさすまで十分以上かかった。
ゴブリンの血で汚れたみんなは、肩で息をしている。前線にいた者たちは交代し休憩する。
こりゃみんなには難敵だな。複数出てきたらやっかいなんだろうなぁ。
「初参加の者、集合!」
ゴブリンの死体が広い場所に運んでこられると、自衛官の声がかかる。
「一人ずつ、ゴブリンを槍でさせ。手応えを覚えろよ」
竹槍でゴブリンの死体を刺す。おっかなびっくりでは傷もつけられない。思いっきり刺せるようになっても、先端がわずかに刺さるくらいだ。
「ケント、おまえやってみろ。その体なら少しはいけるだろう」
チョンチョンと突っつき、体重を乗せてズブリと刺す。
「おっ!」
深く刺せてまわりから声があがる。
うーん、魔力は竹には流せないが、まとわせたらどうだ?
薄く全体を包み込むように。
ズブーッ!
「おおっ! あんなに深く!」
いけた、いけた。うーん、仮説だが……。
「すごいなケント。どうしたら竹槍であそこまで刺せるんだ?」
魔力をまとわせるって説明がむずい。
「体重、ですかね?」
ごまかしておく。
「……。次は斬り刻むぞ」
交代でマチェーテとゴブリン剣を借りて斬りつける。
若者たちはブルブル震えながらも、いわれたとおりに斬りつけた。
華奢な子は完全に涙目だ。色白で真っ赤な唇に長いまつげ。うーん、そのケはないけど、なかなかの美少年じゃない? 薄いそばかすが、またいい感じ……ゲフンゲフン。
マチェーテでは傷がつかず、ゴブリン剣なら肉も骨も斬れることを体験していく。
エチケット袋はないから、オロオロのキラキラエフェクトには土がかけられた。
「最後は始末の仕方だ。装備はみな
キラキラエフェクトさんが大活躍だ。
取りだした黒い石はピンポン玉ぐらい。隅の方に積まれている小山に乱雑に加えられる。
あれ魔石だよな。俺の魔力吸収は、敵の魔法を吸収するところまでいってない。だが魔石からなら魔力回復に使える。
取り出された魔石について、芦田教官に聞いてみる。
「魔石はどうするんだ? 扱いが乱暴だけど」
「こいつを魔石と呼ぶとは相当なオタだな。ゲームじゃ魔石か魔結晶ってとこだが、実際には何の役にも立たん。研究用に確保するぐらいだが。数は足りてるからな。半導体メーカーも持っていかん」
「……」
役に立たないだって? 加工して魔力電池に使えるのに?
「貰ってもいいか?」
「なんだ? 役に立たんぞ」
「庭砂利にはなるかと思ってね」
「……変わったやつだ。好きなだけ持っていっていいぞ」
「ありがとう」
この数なら一財産だったんだがな。もったいない。
「次くるぞ! え? あ、か、数の多か? これって! まずかっ!」
※ 特殊作戦群:JGSDF Special Operations Group 陸上自衛隊の特殊部隊。特殊作戦群、特戦群、Sと呼ばれることもある。
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