ゴブリンとオーガ


 部屋の照明が落とされ、大型モニターがONになる。

 まっくらな画面、スピーカーからバリバリと雑音が大音量で響く。


「ギィギァァッー!」


 化け物が叫び声とともに向かってきた。参加者は皆ビクンッと飛びあがり「ヒュ!」と息をのんだ。


 ゴブリンが剣を振りあげこちらに飛びかかってくるシーンが、繰り返し編集されている。みな違うゴブリンだが、音には悲鳴や苦痛の声が交じる。

 やや緑がかった灰色の肌に、赤くぎょろりとした目。いぼのような小さな角がいくつも生えている。

 垢じみた革鎧や壊れかけの金属防具をつけているモノもいる。皆ボロボロの剣か棍棒を装備している。


「キャ! キャ! キィー!」


 尖った乱杭歯の大口を開け涎をまき散らし、甲高い声をあげて襲ってくる。


 魔帝の配下はもう少し装備がまともだったが、こいつらの装備でも脅威なのか?

 目は知性のある生き物には見える。装備を作るダークドワーフやスプリガンもうしろにいるってことか。

 繋がっているってのがますます現実味をおびるな。


 場面は討伐の様子に変わった。

 竹槍や角材、網などで行動を阻んで、刃物を突き刺す。手足を切ろうともしているが、浅く切れても落とすことはできない。

 傷だらけのゴブリンは、赤い血を流しながらも執拗に攻撃してくる。

 さらにシーンが変わる。ゴブリンよりも角が長く、牙を生やした巨体、オーガ。

 自警団も犠牲になっている。ボカシのないグロ映像。オーガが人を噛み殺して喰っている。


 見ている参加者からは早速エチケット袋を使っている音がしてきた。匂いが会議室に漂い始める。もらいゲロ注意だな。


 音量をさげて、芦田教官が話しはじめる。


「こいつらが敵だ。小鬼、鬼、化け物。様々に呼ばれているが、多くは小型をゴブリン、大型をオーガと呼んでいる。おまえらはゲームやアニメに馴染みがないだろうがな」


 大混乱でそういうものがなくなったらしい。

 画面はひきになり、討伐全体を映したものになる。

 

「障害物と槍で足止め、ゴブリン剣の矛で削るか棍棒で叩き殺す。これが討伐だ」


 映像を止めて、会議室が明るくなる。

 名簿を持った教官が改めて出欠をとる。

 他の教官たちが黒いコンテナボックスを持ってきて床においた。


「よし、袋を持ってこちらにこい。ゴブリン見物だ」


 参加者がボックスを取り囲むように集まったところで、フタが開けられた。

 強烈な臭気があふれだしてくる。


 うん、普通に魔物の体臭だな。初めてならきついだろう、ご愁傷さま。

 途端にみんながエチケット袋を使う。

 美少年は涙を流している。なんか背徳な気分だなぁ。


 教官たちがニヤニヤしている。


「肥の方がましだろう?」

「あと腐った獣とかね」

「やわな坊やたちには刺激が強すぎたかい?」

「よし。全員洗面所に行ってこい。袋は出入り口のポリバケツに捨てとけよ」


 ただひとり嘔吐せずに残った俺を、芦田教官が見上げてくる。


「おまえは……」

「芦田教官、この者は浅野ケントです」

「ありがとう。浅野、大丈夫そうだな」

「ケントでいい。この程度ならなんともない」

「経験あるのか?」


 あっちではね。ここでは初めてだからなぁ、ごまかしとくか。


「まあ、見ての通りあんまり繊細にできてないんでね」

「……」



 戻ってきたみんなにこの後の予定が告げられた。


「支給する防具を合わせ、槍の教練をして終了だ。すぐに八時間勤務の予定に組み込まれる。ここでは十分な教練時間は取れん。後は現場で身につけてもらう」


 青い顔の若者たちを見回して続けた。


「ゴブリンは金になる。一体五十万以上で半導体メーカーが買い取ってくれる。討伐しなくとも日当はでるが、獲物があれば当番全員に手当が払われる。それからなぁ、能力が覚醒するやつもでてくる、かもな」


 興味があるのだろう。幾人かの参加者たちが顔をあげている。


「ゲームとかラノベとか復活し始めてるが、馴染みのあるヤツはピンとくる。湧き穴はダンジョン。出てくる化け物がゴブリンとくれば、次に出てくるのは『魔法』だ」


 ザワメキがおきた。


「討伐すると魔法が使えるようになるやつがでてくる。こんな具合にな」


 芦田教官は右手の人差し指をたてた。


「火の精霊よ。紅蓮の轟炎よ。闇を照らし我に叡智を与えし大いなる力を、いま一度ここに。火炎ファイアー!」


 ポッと指の先に2センチくらいの炎がでた。いや、「炎」じゃなく「轟炎」でもなくて、ちっさい「火」だな。


「オオッー!」


 芦田教官、あなたも病だったのか。

 我が身を振り返るようでいたたまれない。

 俺も最初に魔法を使おうとしたときには……ゴホゴホ。


「どうだ。これが魔法だ。ここまで大きな炎を出せるやつはそういないぞ」

「オオオッー!」

「初めて見たぁー!」

「……」


 芦田教官は火を握り消してニンマリ笑う。


「これだけじゃないぞ。湧き穴からゴブリンが出てくるのを感じるようになる者もいる。自警団で役に立つ能力だ。続ければお前たちも使えるようになるかもしれん」


 魔法が使えるようになるって? 

 何がきっかけだ?

 魔力には魔素が必要だ。この世界にもあるのか?

 呪術、方術、法力などの伝承は魔素による魔法と同じもの?

 ゴブリン討伐でか? 湧き穴か? どっちにしろ魔素があるってことか?

 俺の魔力も回復するかもしれない。



「講義はここまでだが、何か質問はあるか?」


 いくつかの質問があがったが、俺も気になることを聞いてみた。


「ゴブリンたちがでてくる頻度はどのくらい?」

「二十四時間で三~五体ってとこか。波はあるがな」


 あいつらは、なぜでてくる?


「湧き穴の先には何があるかわかってるんですか?」

「わからん。……各地の自衛隊などが侵入したが、みんな行方不明になった。穴の先がどうなっているかはわかっていない。ゲームのようなダンジョンではないらしいとしか言えん」



 体育館に移動し、竹を割ってつなぎ合わせた防具を受け取る。

 前腕、脛、そして胴。何重にかはなっているが、心もとなく見える。俺なら防具ごと切れそうだけど。

 熊本県は竹がそこいら中にある。破損しても材料には困らないからだな。

 教官たちが付け方を指導してくれてつけ終えるが、あいにくと俺の体には小さい。


「お前はなぜつけない」

「サイズが合わないので。自前で用意できるから大丈夫だ」

「自前でだと?」

「うーん、サバゲー用かな。持っているもので間に合うだろう」

「……まあ、怪我して死ぬのはお前だからな。周りに迷惑かけるなよ」


 外のグラウンドに出て、用意されていた的の前に集合する。

 太い丸太を数本まとめ麦わらを巻いたものが、距離を取って三カ所に立てられている。


「竹槍を受け取って的の前に整列しろ。手袋を忘れるな怪我するぞ。軍手は滑るから、滑り止めがついてるものにしろよ」


 先端が斜めに切られた竹槍を構えて、的を突く教練をする。


「いいか、この竹槍をゴブリンに突き刺すのはむずかしい。ほぼ無理だ。だから手数で動きをじゃまして、剣や矛をもつ者の攻撃を助けるのがお前たちのしごとだ。すばやく何度も突くんだ」


 みんなで精一杯、的を突っつきまわした。



「明日から自警団に参加だ。当番表を受け取って今日は終了だ。体調を整えとけよ!」

「はい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る