やってきたのは


 トラブルの匂いがガンガンする。

 そんなにドンドン叩くなよ。扉が壊れるだろうが。

 解錠して引き戸を開く。古い造りなので、かがまないと誰が来たのか見えない。


「なっ!」


 戸を開けても体で塞がって見えるだろうね。

 右手の拳を振り上げたままでポカンとしている若い男が見上げてくる。口を開けて間抜けだな。


 後ろに四人の男たち。それぞれ棍棒などを携えている。意識しなくても、相手の人数と武装を確認するのはもう習慣になっている。

 玄関を出ていくと、ザザッと皆あとずさっていく。


 あーあ。

 うちは完全室内飼い。猫の飛び出し防止に、内戸と外戸の間に一畳ほどの小部屋がある。二重構造の玄関だな。

 「前後の戸を同時に開けないでください」って張り紙してあるよね。

 あとぜき(※)しろよな。

 猫たちが逃げちゃうよ……ま、お星さまになって、もういないけど。



「誰ですか? 朝から何か用ですか? 食事中なんですがね」

「え? あ、うんにゃ、てめえ! ここは空き家や! 誰に断って入り込んでんだ!」

「異なことを。ここは俺の自宅なんだけど」

「なんやとぉ、ここんババアは死んどる。勝手に入り込みやがって!」


 ユミさんのこと? ババアだとぉー! ギルティー!


 はぁー、しかしどなたですかと聞いているんだけどなぁ。日本語も読めなければ質問も理解できないのか。


「だからあんたたちは誰?」

「佐藤しゃんの身内んもんや。こん家は今裁判所で手続き中。もうすぐ佐藤しゃんのもんになる」


 若い男を下がらせて、少し年上の男が前に出てきた。手にはマチェーテみたいな刃物を持っている。横一文字の太いタトゥーを額に入れている。

 佐藤? それって。


「佐藤順次かっ!」

「はぁ? 坊っちゃんじゃなか。佐藤孝之介親分や」


 佐藤順次は暴力団の息子って言ってたか? こいつら子分か。


「知らないヤツだな。俺はケント。浅野ケント。所有者の相続人だ」

「な、なに?」

「だから、この家は俺が相続して名義を変更する。他人がどんな手続きしても配偶者の方が強いから敵わんよ。ああ、遺言書を法務局に預けてるしね。そこには全ては俺が相続すると明記してあるし」

「いや、ここは佐藤しゃんが」

「アニキ! ぶちのめして追い出せば早かたい!」

「おおそうだ!」


 男たちが広がって取り囲んできた。

 そこに軽トラックが入ってきた。


「ケントしゃん! こん人たちば……あたたち佐藤ンとこの!」


 サエさんとモナミさんが降りてきた。


「なんばしとる!」

「ちっ!」

「アニキ、モナミもおるし丁度よか。坊っちゃんの土産にこいつを」

「なにいっとっと!」


 サエさんはモナミさんの前にでた。


「じゃまなババアや!」


 一人が棍棒を振りあげた。先端に釘が複数飛び出し、当たればただでは済まない。

 素早く飛び込んでサエさんを腕でかばう。


 ガキンッ!


 二の腕が金属音をあげる。「ガコッ」って音を予想していたんだけど。

 痛みはあるが傷はつかず出血もない。不思議だ。ゴムのおもちゃにも見えないけど。危ないから肩防具を装備しとくか。


「な、なんィ!」


 再び振り上げようとしたので、踏み込んでボディにパンチ。


「ぐふっ!」


 その場で崩れ落ちた。

 本気でやると魔物の体も破裂する威力だから、撫でるように手加減したんだけどな。もろい。鍛えてないのかな。


「こ、こんっ! やっちまえっ!」


 取り囲んでタコ殴りにしたいんだろうけど……遅い。とんでもなく遅い攻撃だ。

 いまは魔力を使いたくないので魔法は封印。もう少し回復したらかな。足さばきだけでかわしていく。


「くそぉー!」


 じれたアニキがサエさんに寄っていく。

 人質にしようってか。

 手を伸ばしてサエさんをつかもうとしたところへ駆けだす。

 俺の圧を感じて、確保よりも手に持ったマチェーテを振りかぶった。サエさんを巻き込みそうなので、再び腕でかばう。

 あ、まだ防具をつけてない。


 ギンッ!


 前腕が弾きかえして、マチェーテが折れ曲がった。


「え?」


 間抜け顔のアニキ、こいつもボディにパンチ。


 しかし、なんだろう?

 さっきの棍棒といい、マチェーテといい、ヤワな武器だ。刃物が折れ曲がる? 障壁シールドは張っていないのに?

 曲がったマチェーテを拾いあげた。うーん、打刃物じゃないな。刃を指でグネグネと曲げる。鉄板を研いだものかな。焼きが甘いんだな。

 前腕にあてがって引き押ししてみるが皮も肉も切れない。悶絶している男の背中に当てて引き押し。服が切れてだらだらと血が出てきた。


「一応は切れるのか。俺は切れない?」


 ぽいっと捨てて、他の男たちに向き直る。

 アニキがやられて動きを止めている。上の者がやられても、攻撃の手を止めちゃダメだろう。兵士失格だな。

 でもなにかされたら面倒か。あんまり魔力が必要ないやつ、解禁かな、さっき封印したばかりだけど。


麻痺スタン!」


 男たちが手足を痙攣けいれんさせてうずくまった。

 バチンッとする程度の電気を流す魔法、麻痺スタン

 魔力を使って生体電気を狂わせるように考案した魔法だ。脳からの命令を狂わせて筋肉、内臓の動きを阻害する。強すぎると心臓が止まって死んじゃうんだけどね。

 単体でも、範囲でもイメージした通りの目標に的中する。なにかと便利で重宝する魔法だ。そんなに魔力を食わないしね。


「サエさん、モナミさん、怪我はない?」

「え、ええ」


 ふたりは男たちを見回して、目をパチクリさせている。

 うん、何が起こったのかよくわからないところも便利なんだ。


「モナミさん、警察に通報してもらえます? できれば金丸巡査長に『暴漢がケントを襲ってる』ってね」



 サイレンを鳴らして軽トラパトカーがやってきた。

 荷台に男たちを詰め込んだ。

 念のため麻痺スタンを重ねがけしておく。

 一緒に来るよう金丸巡査長にいわれて、ユミさんの軽トラを納屋から出してサエさんたちの軽トラとついていく。今の俺の身体じゃ運転席狭すぎ。


 あ、免許! 更新してないから無免許か。ま、いいか。

 いやいや、ダメだからね、無免許運転は。




※ あとぜき:方言。開けた扉はキチンと閉めましょうの意。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る