ユミさんから
世界がひっくり返っちゃったと書いてある。
地球上すべてが、大停電して大混乱。
ネットは使えない。車は動かない。物は届かない。食べ物はない。
沢山の人が亡くなった。
熊本県は農家が多いからなんとか食べられてる。
暴徒に強盗、警察関係者はリンチにあって、地獄のようだったと。
新しいPCがやっと手に入り、手書きを書き写したとある。
仙台や横浜の実家、姉たち、義母、義妹たちとは連絡が取れていない。
今は電気もきているし、車も動いている。ネットも使える。
何が起きたのか、検索してみた。
どうやら何かが狂ったらしい。
電子機器は動作が不安定になる。なぜかは不明。
核分裂も起きないか思い出したかのように散発的に発生。制御なんてできなくなった。
火薬や燃料も燃えるタイミングが一定しない。あるいは全く反応しない。
飛行機は落ち、兵器は動作不良で暴発を繰り返す。
それでか。銃器が安定して使えないから、金丸巡査長はサーベルを持ってたのか。
決定的な異常は、各地に発生したもの。
ある日突然真っ黒な穴ができた。
地面や斜面、規則性はなさそう。
その穴から化け物が大量に出てきた。「小鬼」のような異形の化け物が人を襲い、大勢が殺され喰われた。
アニメやゲームを知る層を中心に「湧き穴」とか「ダンジョン」、「ゴブリン」、「魔物」と呼んでいるみたいだ。画像や動画もあった。
その姿を見て驚いた。
「こりゃゴブリンそのものじゃないか。大型のはオーガか!」
ハズラック王国世界で、魔帝シミオンが配下としていた魔物たちとソックリだ。もちろんそんな名称ではなかったが、ゲーマーだった俺はあちらでもそう呼んでいた。
「ここまでソックリなら……同じ魔物だろうな。繋がってるってこと?」
身を守るために戦うしかなかったらしいが、銃器は信用がおけず使えない。それでも試し、暴発せずに撃てたが弾丸を跳ね返したらしい。
ゴブリンを倒すには集団で殴り殺すか、竹槍のようなものを自作して刺し殺す。だが、一匹に五~十人で戦ってやっとだったらしい。
そんなに強くない魔物のはずだが、刃物ではなかなか傷を負わせられないという。動きは素早くないので取り囲んでの袋叩きが有効とある。
全ての個体が武装していて、棍棒や剣で反撃をしてくる。ゴブリンから奪った剣ならばたおせる。武器を奪うことが最優先事項になったようだ。
銃刀法は形骸化していて、武装しても罪に問われない。
人に向けての脅迫や傷害、殺人は当然犯罪だが、警官と司法が人手不足で機能不全の部分もある。
オーガ。こいつは強く、ゴブリン剣でやっと倒せるとある。
ゴブリンとオーガ、一人で戦ってはいけない、集団戦じゃないと命を落とすとあった。
そうだったか?
兵士なら経験が浅くとも複数を倒せたはずだけど。村では子どもだってゴブリンと戦えた。幼児は無理だけどね。
幸いなことがあるという。
湧き穴から出てきた魔物は、時間経過で弱くなる。
一日以上は外におらず、巣なのか湧き穴に帰っていくらしい。だから湧き穴から遠くへは広がらなかった。野良でうろつくような魔物はいない。
ここ玉杵名市にもある。
発見された湧き穴を地図にしているサイトがいくつもある。湧き穴の位置と倒し方はネットで周知された。
今はそう危機的なことにはなっていないらしい。
いま電子機器が安定している理由。
電気やネットが使えるのは、ここ熊本県で発見された、あることが広まったおかげだという。
研究施設のある外資系半導体工場。台湾から来ていた技術者が魔物素材から安定した半導体の開発に成功した。
ひっくり返った世界で独占することなく情報を共有して、大混乱は三年ほどで収まった。
素材とはゴブリンを粉末にしたものらしい。
湧き穴でのゴブリン狩りが、政府から推奨されている。
火力発電所は燃料輸入が安定せずに停止。
熊本県は水力発電中心だが送電施設などが動かなかった。
これが解消されつつあるようだ。
北九州の炭鉱が再開されて全国に送られ、発電用に使われている。まだまだ手掘りの域をでず、輸送量は少ない。
増産のために北九州には人が集まってきている。
だが一度ひっくり返った世界。
政変や内紛、内戦、戦争、なくなった国が多くあるらしい。
伝わってくるのに時間が掛かるが、この七年間で復興し始めているのは日本と台湾、アメリカぐらいだという。
ただアメリカも散発的に内戦が起きているとのウワサがある。台湾は大陸からの避難民が未だにやって来て、てんてこ舞いらしい。
全く情報の入ってこない地域がほとんどだ。
日本に来た多くの外国人も大陸からの難民だった。
最初は争乱になったが、今は同化しつつあるという。食料や石炭増産のためには人手が必要で、共に生きていこうとしているらしい。
それでもひとりが何回も逮捕されることも多いという。コミュニティーに馴染むこと、あまり出歩かないことが勧められている。
で、俺も逮捕されたってことかぁ。
東京都千代田区に、ミサイルが落ちてきたという話もあった。
核弾頭が搭載されていたが起爆せず、放射線も検知できなかったらしい。核は起爆しないのに、固体燃料は燃焼している。不安定化の一例となっているようだ。
ちなみに北のあの国からだったという。
あっちこっち検索している間に、窓の外が白んできた。
庭にでてユミさんの墓に線香をあげる。
伸びをひとつしたあとでストレッチ。兵士用の剣を取りだして、習慣になっている訓練を始めた。
魔力の回復が遅いが、
起動や維持に自分の魔力を使わないようにも設計してあるしね。
ユミさんのこと、この世界のこと、ハズラック王国のこと、これからのことなどが浮かんでは消え集中できない。
これでは訓練にならないので、諦めて切りあげる。
シャワーを浴び、茹でたジャガイモにレトルトカレーをかけて、昨夜の残りとともに朝食にする。
このカレーはユミさんがよく食べてたやつ。備蓄が結構ある。賞味期限は見なかったことにした。
「カレーもホント久しぶりだ。うまうま」
さて、これから俺は生活していけるだろうか。
ユミさんの葬儀費用は誰が負担したんだろう。遺産相続の手続きができるのかな。お互い遺言書を法務局に預けてあるけど。
まずは使えるお金の確認をしないとな。綺麗事を並べても、世の中はすべてお金だ。ハズラック王国でも、ここでも。
お金はスマホ払いのデジタル化にシフトしつつあるらしい。通貨の発行が困難だろうしね。
今の日本経済は危ういものだが、「円」は生き残ってというより、強い通貨になっているらしい。日台米と太平洋沿岸では。
お
税金は高くなっているが大きな反発はない。食べていけることが重要だからね。
しっかり者のユミさん。政府と日銀が護送船団方式で作った銀行連合スマホ口座にお金を移していた。
俺用にも口座と新しいスマホまで用意してくれてた。
帰ってくると信じてくれてたのか。さすが山の神、感謝しかない。お線香追加しとこう。落ち込んでいるとユミさんに「笑えー!」って怒られるからな。
物価を調べないといけないが、しばらくは生活していけるかも。
まあ、いざとなれば
現状を調べて、市役所と法務局に相談にいこう。
ユミさんの確定申告は済んでいるのかな。誰もしてないだろうなぁ。税理士の先生に聞いてみなきゃ。生きてるかな。
ピンポーン!
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「ゴラァー! 出てこい! 人ん家に勝手に入っとるぬすどがぁー!」
玄関から荒っぽい怒鳴り声が響いた。
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