帰宅して知ること


「私のせいなんです! ご、ごめんなさい……」

「ちがうばい、あーたのせいじゃなか!」


 モナミさんが泣き出してしまった。

 サエさんが説明してくれる。

 悪い男たちがモナミさんを襲おうとしたのを、ユミさんが止めたらしい。刃物をチラつかせ脅されたが、もみ合ってユミさんが刺された。その傷がもとで死んだ。


「こぎゃん世ん中やけん、病院も役に立たんだった。あんやぶ医者めが」


 暴力は嫌いだったユミさん。間に入ったのは余程のことだったのだろう。


「こいつ! こいつがそう! まだ捕まっとらん。憎たらしかやつ!」


 横の掲示板に貼ってある手配書の一枚を、サエさんが指さして憤慨した。


「金丸しゃん! どうなっとるんと!」

「あ、いや、それは……」

「こん辺で、うろんころんしとるってゆう話じゃなかと!」

「あ、うんにゃ、そうなんやけど……人手が足らんし……半グレだが親がなぁ……暴力団やし。また署が焼き討ちにあったっちゃ困るけん」


 ふたりの言い合いを聞きながら、手配書を確認する。

 佐藤順次。

 年齢18歳。報奨金300万……生死を問わず。痩せた若い男。弧を描く細目、人を小馬鹿にしたような冷笑を浮かべている。


 こいつが!




 サエさんの軽トラで自宅まで送ってもらった。

 誰もいない家だが、区長や近所の人が見てくれているらしい。畑と田んぼは自治班で使っているとのこと。ユミさんを家の裏、野田家の墓に納骨してくれている。


「あーた、イモば食ぶると? 荷台に積んであるけん上ぐるばい」

「あー、ありがとうございます。助かります」


 ずっと持っていた鍵で自宅に入れた。

 電気も来ているし、ガスも点く。


 居間に簡単な後飾り祭壇が作られていて、ユミさんの遺影が飾られていた。

 サエさんとモナミさんが100円玉を置いて焼香してくれた。


「なもあみだぶつ」


 このあたりに多い宗派だ。

 遺影はニッコリ笑顔のユミさん。この写真は憶えている。ふたりで台湾に旅行したときのものだ。

 俺も手を合わせる。


(すまない。もう少し早ければ……)



 額や肩をアチコチにぶつける。この家はこんなに狭かっただろうか。


 サエさんたちが帰った後、貰ったジャガイモを輪切りにして茹でる。冷蔵庫にあった何時のかわからないバターと醤油をまぶしてかぶりつく。


「かぁー美味い!」


 19年ぶりの醤油だ。ハズラック王国にはなかったからな。

 ユミさんの部屋、俺の部屋、寝室も記憶にある通りで、家の様子はさほど変わっていない。

 ベッドに倒れこむ。

 ユミさんの香りがする。まだ明るいがまぶたが落ちてくる。そのまま眠ってしまった。



 ユミさんを追いかけて、街中を捜し回る。

 見かけても、どうしても追いつけない。

 焦る心がドキドキしたところで目をさました。



 ベッドに起き上がるが、足がはみ出している。薄暗い中でここはどこなのかと状況がわからなくなった。

 遠くで「ピンポーン」と音がしている。


「そうか、帰ってきたんだっけ」


 インターフォンの音は止まない。

 慌てて玄関まで出ていく。


 ゴチンッ!

 なにかに額をしたたかにぶつけた。


「イテテッ。は、はーい、いま行きまーす」


 サエさんとモナミさんが夕飯を作って差し入れてくれた。ありがたい。

 鍋いっぱいのだご汁に筑前煮。がめ煮とか、つぼん汁なんて呼び方もする。どちらも醤油の良い香りがしている。


「区長しゃんと班長しゃんには、あーたが帰ってきたことば話したけん」

「それはありがとうございます。明日にでもご挨拶にいきます」

「そんがよか。ユミしゃんなー、みんながすいとったけんな。あーたはあんまり見んかったなぁ」

「ええ、ここと博多、横浜を行き来して仕事してましたから」

「そういっとらしたなぁ」


 ふたりは上がらずに夕飯を置いていってくれた。


「ありがとうございました」


 そうだ、時々玄関におすそ分けがおいてある土地柄だった。だれが持ってきてくれたのかわからない時もあるんだけどね。


 数時間は寝たようだが、魔力の回復がとっても遅い。昨日までなら一眠りでほぼ完全に回復したのに。

 魔帝との戦いはついさっきなのか。

 いろいろありすぎだな。どうなっているのか。



 自分の部屋で亜空間収納アイテムボックスからスマホとPCを取り出して、電源をいれる。充電ケーブルが生きているのか心配だったが、電源ランプは緑だ。だけども起動しない。

 ユミさんの部屋から彼女のスマホとノートPCを持ってくる。こっちは立ち上がった。ユミさんと共有していつも使っているパスワードを入力する。結婚記念日だ。

 相変わらずとっ散らかっているデスクトップに、クスリと笑ってしまう。


「変わらんねぇ。ごめんね、見させてもらうよ」


 すぐに一つのファイルが目に飛び込んできた。 


「これって……『転生したケントさんへ』……転生したのを知ってた?」


 最初にこう書かれていた。


『ゆうべ夢で見ました。ケントさんの体は見つからなかったけど、これってケントさんの好きな転生ものだよね。死んでしまったの? でもかわいい赤ん坊……』


 読み進めると、山猪市で乗り捨てられた車が見つかったこと。

 姿はなく行方がわからなくなったこと。

 よく夢に出てきてくれたとある。

 俺がエリオット・キャメロン・コルボーンとして転生してからのことを、夢に見ていたらしい。そんなことってあるだろうか。


 ユミさんのことを夢に見たことがある。

 お義父さんが亡くなって泣いていた。側に居れなくてすまない。

 猫たちが儚くなった時もそう。


 あれは現実のことだったのか。

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