軽トラのパトカー?


 あっ、このふたり小柄だけど、160cmぐらいかな? なら俺は180? いや190cmってとこ? 威圧感あるか。

 警察かぁ。不審者に見えるだろうな。知らない言葉を話す裸の大男。怪しいにもほどがある。

 転生した俺はやや褐色の肌色、明るい茶髪に青みがかった瞳の色。ハズラック王国の中でも高身長で筋肉質。偉丈夫を意味する言葉で呼ばれてた。

 外国人と呼ばれても仕方ない。警察に捕まるのってヤバイか。

 うーん、身分証明書? いや、あれはあれであやしい。

 確か……。


 前世の記憶といっしょに、不思議なことに日本の身分証明書を持っている。

 空間魔法を覚え、亜空間収納アイテムボックスが使えるまでになった時のことだ。最初から入っていたものがあったのだ。

 最後の記憶にある衣服とスリングバッグ。スマホとノートPCに財布。運転免許証類に国民IDカード。

 死んだのかどうかはわからないが、記憶にある持ち物一式が入っていた。何故なのかはわからない。

 もっとわからないのは、顔写真がその時の俺、子供の俺だったこと。記された名前は日本名だけど。

 財布を取り出して免許証を出す。また写真が変わっている。今の俺だ。国民IDカードも同じだ。

 なぜ? どういう仕組みだろう。

 星神様か?



 遠くからサイレンが聞こえてきた。

 パトカーか。でも聞き覚えのない「ウーウー」って音は、まるで古い映画のようだ。

 走ってきたのは軽トラ。

 白黒ツートンに塗り分けられて、正面に桜の警察章が付いている。軽トラにだ。初めて見たよ。

 湖畔に降りてくる軽トラパトカーの横には「熊本県警察」の文字がある。

 急ブレーキで止まるとふたりの警官が降りてきた。年配の方がこちらに駆けてくる。若い方は荷台から長い棒を取り出している。

 警官の制服、ちょっと見慣れない。ダボダボした作業着のような感じだ。

 二人の女性の近くまでくると、俺に向けてスラリとサーベルを抜き放った。攻撃するわけにもいかんだろうな。手をあげておくか。

 ん? サーベル?


「モナミちゃん大丈夫か! ぬし! 外国人か!」

「あのー」

「こん人、裸で、大声で、わからん言葉しゃべって!」

「くくっ! ぷ、ぷりーず! 動くな!」


 若い警官が長い棒、刺股さすまたを構えて近づいてくる。


「金丸さん、金丸さん! それ違う! フ! プじゃなくてフ! フリーズばい!」 

「あ、ふりーず? どっちでんよか! 動くな!」

「それ日本語!」

「動くな! わかるか!」

「キャ、キャンユウスピーク、ジャパニーズ?」

「わかります。日本人ですから、しゃべれますよ日本語」

「イ、イングリッシュ? キャンユウスピークイングリッシュ?」

「ほら日本語しゃべってるでしょ? お巡りさん、落ち着きましょう。大きく息をして、日本語はわかりますから」


 だいぶ慌ててるねぇ。


「あれ? 日本語」

「金丸しゃん、野口しゃん、さっきは変な言葉話しよらした!」

「サエしゃん、こいつ日本語しゃべりよるばってん」



 みんなが落ち着くまでちょっと時間がかかった。うん慌てちゃいけないよね。

 中年の女性はサエさん、若い娘がモナミちゃん。年配警官が金丸さん、若い方が野口さん、と。

 結局、逮捕されて警察署に連行ってことになった。

 野口警官がスマホで俺の身分証明書を問い合わせている。


「そう浅野ケント……生年月日は、え? いや浅野、名前はケント。ああ、そう言いよる。で、生年月日が……」


 サエさんがポツリとつぶやいた。


「……浅野……ケントって……」



「身分証明書はあるだろ。なんの罪で逮捕なんだ」

「せからしか。黙って署までくればよかばい」

「不当逮捕だぞ。任意同行なら拒否できるはずだし、手錠まで必要ないだろうが」


 後ろ手に手錠をはめられている。二人の警官はそれ以上しゃべらず、軽トラパトカーの荷台に乗せられた。

 荷台に座らされ、ロープで固定されると、助手席側の手回しサイレンを鳴らして荒々しく発車した。パトカーの後ろを女性たちの軽トラもついてくる。


 乗り心地は最悪。振り落とされないよう足を突っ張って通り過ぎる街並みに目をやる。

 色々おかしいけど、どうなってる。

 廃屋が多い。黒く焼けたビルや骨組みだけのものもある。歩いている人はいない。道端の車や追い越した車は、かなり古い型。

 日本じゃないのか? 平成、令和でも見かけなかった。昭和ごろのなのか。


 この通りに見覚えがある。

 熊本県山猪市やまいしから玉杵名市たまきなしに抜ける道。確かこの向こうに「トンカラリン遺構」がある。

 だけどこの道沿いにさっきの湖はなかったはずだ。

 バス釣りをするから近隣の川やため池、湖はよく知っていた。


 バイパスを横切って川沿いを行くと玉杵名警察署だ。途中のスーパーの壁が黒く焦げている。

 記憶にあるとおりの茶色の建物。ここへは免許の書き換えで何度か来たことがあるからよく覚えている。だが警察署は記憶よりくたびれて古い。あれは火事の跡かな。


 正面玄関から建物に連れてこられた。

 裏口から入らないのはワザとのようで、金丸警官は、入口や受付にいる人たちに見せつけるようにふんぞり返っている。

 左にある交通課の受付横に、前はなかった大きな掲示板が置かれている。

 「重要指名手配」が一人一枚で貼られていた。「WANTED」「DEAD or ALIVE」「¥」に金額が続く。まるで西部劇の手配書のよう。たくさんの手配書が重ねて貼られていた。



「こいつんこと、わかったか?」


 金丸警官が右にある警務受付の女性警官に大きな声でたずねた。


「金丸巡査部長、野口巡査、お疲れ様です。その方が浅野ケントさんですね。身分証番号に不審はありません。それと行方不明届が出ています」

「え、登録されとっと? 偽造身分証やなかと?」

「ええ、お写真も……御本人と同じですし」


 女性警官が俺とPCの画面を見ながら答えた。金丸巡査部長が受付カウンターの中に入ってPCを見始めた。そのふたりに向かって話しかける。


「弁護士を呼びます。来るまで質問には答えません。電話を掛けさせてください」

「ひゃははは、今どき弁護士なんておるもんかよ」


 野口巡査が腰縄を持ったままで嘲笑してきた。お前が動くと手錠まで引っ張られて痛いんだけど。


「こんあたりに弁護士なんてもうおらんばい。恨まれてっからな、みんな殺されたか逃げ出したか。って、どこん田舎におったんや。山猪市でん常識やろ」

「殺された?」

「おい、弁護士は呼べん。おまえ生年月日は?」

「……19✕✕年✕✕月✕✕日」

「住所は?」

「熊本県玉杵名市〇〇町〇〇✕✕番」

「合うとるな。どこん学校出身や?」

「東京の○○○○大学」

「……」


 金丸巡査長の目が遠くを見つめるものになる。

 はい、きました。

 熊本県あるあるだね。19年ぶりってことかぁ。

 初対面で相手の卒業高校を聞くこと。それって本当はマナー違反なんだけどな。誰の先輩後輩かが気になる濃いコミュニティーなんだよね。

 で、高校じゃなく東京の大学名をいうと茫洋ぼうようとした表情になり、質問自体をなかったことにするよね。


「……連絡先は、浅野ユミ。ん? ユミさんとこか。じゃあ、陽一さんとこん?」

「野田陽一は義父です」

「おお、旦那が行方知らずだってぇが、おまえか」


 金丸巡査長、なぜ俺をみて顔をそらす?


「巡査長。生年月日は合っていますが、その、この方の年齢……」

「うむ、若いな。行方不明になって七年やけんど……十代後半、二十歳はたちくらいにしか見えん。ちょっとまて、こっちには身長170cmとあるぞ。どうみてももっと背がたっかろうが」


 ああ、いろいろ合わないのか。転生していま19歳だし、たぶん190cmはありそうだし。

 行方不明者届が出ているなら、識別に年齢や身長、見た目が書かれているんだろうね。しっかりしてるユミさんが届けたなら書き漏らさないだろうなぁ。


「……成長しました」


 この言い訳、かなり苦しい。

 見下ろす俺を金丸巡査部長がじっと見上げてくる。


「目が青か。どう見たっちゃ白人じゃなかか」

「ああ、これですか。クォーターですよ。実家は東北の仙台市で、東北は多いんですよクォーター(ウソです)。だから見た目は若いし、鍛えたら身長が伸びました」

「そうなんか?」

「ええ。さて、人物特定ができたでしょう? いい加減この手錠外してもらえませんかね」

「……野口、外してやれ」

「ばってん、外国人逮捕ばい」

「……日本人や、こいつは。もう帰ってよかぞ」


 外国人ってだけで逮捕? いやそうじゃない。

 行方不明になって七年?

 ハズラック王国の世界とは時間の流れが違うのか。

 持っている前世最後の記憶ではアラサー。転生して魔帝シミオン討伐の今は19歳だ。

 あ、そうそう前世のどっちの爺さん婆さんとも日本人だし、クォーターなんて真っ赤なウソ。


「この人釈放ですか?」

「そうや、モナミちゃん。日本人やけんね。ばってん通報ポイントは付くけんな。手続きしてもらいなっせ」


 通報するとポイントが付くの?


「金丸巡査長、誤認逮捕だったんですよね。謝罪はなしですか」

「通報されたんやけんな。そぎゃんいうたっちゃ、しょんなかろが。これからは気ばつけろ」


 まあ、こじらせずに引いておくほうが得策か。ユミさんと知り合いのようだし。


「えーと、サエさんとモナミさんでしたか。驚かせてごめんなさいね。泳いで冷えて口が回らなかったのが、外国語に聞こえたんでしょう」

「……」

「うんにゃ、こちらこそびっくりして通報してしもうて、申し訳なかとです。お詫びばせんばいけんとね。……あーたは浅野ケントしゃんと」

「はい、そうです」

「奥さんは……浅野ユミしゃんな」

「ええ」

「行方知れずで……帰ってきたと?」


 サエさんはモナミさんと顔を見合わせ、表情が変わった。


「ユミしゃんな、亡くなったと。先月やった……」

「はい?」

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