第38話 予測不能
俺の弟であるクロード・グラスデンが忽然と姿を消してから、今日で三日目を迎えた。
二日目以降は父ヴォルドが自ら陣頭指揮を執り、人員をさらに雇って捜索の根を広げたものの、その労力も虚しく発見には至らなかった。
そこから負の連鎖ともいうべきか、ヴォルドの持病が悪化して寝込んでしまった。これは以前から予想できていたことだが、体調がここまで悪くなるとは思わなかった。原作ゲームよりも相当に早い展開といえるだろう。
まあそれもやむを得ないか。箱入りの次男クロードの跡継ぎの座が危うくなったんだからな。それだけじゃなく、なんの前触れもなく失踪してしまうという災難が重なれば、そりゃストレス過多にもなるわけだ。
第一夫人で正室のシアはというと、クロードの捜索中にヴォルドとの諍いが絶えず、とうとう軟禁処分を食らってしまった。
また、クロードがいなくなったあと、第二夫人で側室のレーテは謎の行動を取っていた。夜な夜な身一つでいずこへと姿を消しては、明け方に戻ってくるというのを繰り返しているのだ。
クロードが行方不明になった件も含めて、俺はこの一連の流れに対し、何か陰謀めいたものも感じていた。そう考えると、シアが軟禁されたのは俺の目を欺くための芝居の一環という可能性もある。
ヴォルドにしても、体の具合が著しく優れないのは窺えるとはいえ、あの射貫くような鋭い眼光は衰えていない。こっちを油断させて襲撃できるような隙を与えることにより、あわよくば正当防衛で反撃する機会を窺っているとも捉えられる。
なんせ、今の俺は王家がお気に召す有力な跡継ぎ候補なだけに、それくらいの理由がないと迂闊には手を出せないだろうからな。まあ何を企んでいるにしても無駄なことだ。
侍従のロゼリアを通じて、俺が第一王子ローガとの謁見を希望してから数日後。
「――ルード、アイラよ、喜べ! 遂にローガ様からお許しが出たぞ!」
「「おぉっ……」」
ロゼリアが自室へ飛び込んできて、俺はアイラと嬉々とした顔を見合わせる。彼女もまた、ロゼリアから例の件について聞かされたことで事情を知ったんだ。
冷血の王女マズルカに仕える侍従として、ロゼリアがこれまでいかに艱難辛苦を味わってきたのは誰よりも理解しているはず。アイラもそれをなんとか解決してあげたいと考えていたのかもしれない。もちろん、俺と一緒に逃げようとしたことまでは伝えられてないだろうが。
「……」
王城の待合室にて、俺は王子との謁見の出番が来るそのときをじっと待つ。
なんていうか、第一王女のときとはまた違ったベクトルの緊張感に包まれていた。
あのときのように応答を僅かでも間違えれば命がないと思えるほどじゃないが、それでも何が起きるかわからないという予測不能の不気味さがずっと尾を引くように漂ってる、そんな感じなんだ。
そうだ。謁見の間に行く前に死亡フラグが出ているかどうか確認しようか。
「ルード・グラスデン様ですね」
「あ……」
「殿下がお待ちしています。さあどうぞこちらへ」
「はい、お願いします」
案内役の兵士に声をかけられ、俺はちょっと待ってくれと言うわけにもいかず彼とともに謁見の間へと向かう。
俺はそこへ行くまでに死亡フラグを調べようとしたが、寸前で思いとどまった。
もし仮に王子について例の死亡フラグが復活していたところで、それを見ても大して意味はないと思ったんだ。何故なら、王子に対する失礼なことをするっていうのがあまりにも抽象的で、具体的に何をしたら失敗なのかがわからないからだ。
それなら、あえてそれを見ずに自然に接するようにしたほうが死亡フラグを消化しやすいかもしれない。完璧にというわけにはいかないだろうが、不自然さや恐れをなるべく出さずに接することができる……っと、考え事をしている間にもう着いてしまった。覚悟を決めねば。
「――なっ……?」
重厚な扉の向こう側に立ったとき、俺は思わず上擦った声を発した。レッドカーペットの奥に佇む御座が空席になっていたのだ。それどころか、両脇に整然と並んでいるはずの兵士たちの姿さえも見当たらない。まさか、謁見の予定が急遽変更されたとか……?
「これは一体……」
「ふっふっふ……」
「えっ……」
後ろから不気味な笑い声がしたので振り返ると、俺をここまで連れてきた兵士がしてやったりの表情を浮かべていた。ま、まさか……。
「で、殿下……!?」
「うむ。ちょっとしたサプライズだ。どうだ、余の遊び心には驚いたであろう?」
「……は、はい。かなり……」
いや、これはさすがに予想できない。まさか王子が案内役の兵士に成りすましていたなんてな……。
「それならばよかった。もし余の情報を勝手に閲覧して正体を事前に知るようなら、その時点でそなたの首を刎ねておったぞ! ハハハッ!」
「……」
殿下なら本当にやりかねないだけに、その発言が冗談なのか本気なのか、最早区別がつかない。そうだ。それを確認するために自分の死亡フラグを見てみよう。
名前:ルード・グラスデン
性別:男
年齢:15
魔力レベル:4.5
スキル:【錬金術】
テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』『クリーンアップ』『デンジャーゾーン』
死亡フラグ:『呪術に頼る』『兵士に失礼なことをする』
従魔:キラ(キラーアント)、ウッド(デーモンウッド)
「……」
すると、兵士に関する死亡フラグが出現していた。今なら知っているからローガ殿下だとわかるが、この文面からは案内役の兵士の正体が王子だっていうのが見受けられない。
なので下手したら、俺は待合室で死亡フラグを見た場合、一体どういうことかと思って兵士に扮していた殿下に『レインボーグラス』を使っていた恐れがある。
そうなったら、油断していたのもあって本当に首が飛んでいたかもしれないんだな。待合室で死亡フラグを確認しなくて本当によかった。背筋だけじゃなくて首元まで寒くなってくる。
魔力の差はほとんどないので油断しなきゃ死ぬことはないだろうが、それでも経験の差があるのは否めない。また、王子と反目し合った時点で俺は国賊として一生追われる身になるのは確定している。
「……ふう。このような姿で玉座に座るのも一興だ」
兵士に扮したローガが玉座に腰を下ろす。普通なら違和感のある光景だが、第一王子としての威厳を隠そうともしていないためか、まったくそうは映らなかった。
「ルードよ。余はな、昔からこうした戯れ事を嗜んでおったのだ」
「さすが、殿下。やんちゃだったというだけありますね」
「うむ。思えば、今は亡き妹エルルカもそうであった……」
遠くを見るかのように目を細めるローガ。え、亡き妹って……。マズルカ以外にいたっけ? 俺は一瞬そう思ったが、そういえば第二王女がいたけど既に亡くなっているっていう設定があったんだったか。ただ、亡くなった模様とだけあるので、どういった死に方をしたのかまではわかってないんだ。
かといって、超シスコンの第一王子に妹のエルルカがどんな死に方をしたかなんて直接尋ねるわけにもいかないしなあ。
「エルルカは執事やメイドの模倣をする遊戯が得意でなあ。余もよく騙されたものだ……」
「そうなのですね……」
「……っと、そうだ。ルードよ、ロゼリアを通じて謁見を願い出たということは、余に何か頼み事でもあるのだろう? 遠慮なく申してみよ」
王子が我に返った様子で身を乗り出してきた。そうそう、第二王女についても気になるが、【シルル】の件で話さないといけないことがあるんだ。
「実は、殿下。【シルル】の件で折り入ってお話が――」
「――今、なんと申した……?」
「……」
俺はたった今、戦慄という言葉の真意を体中で理解していた。殿下の鋭い双眸を前に心身が揺さぶられていたのだ。だが、こんな中途半端なところで引いてしまっては絶対にダメだ。虎穴に入った以上、背中を向けるのはむしろ危険だからだ。
「【シルル】の件で、どうしても殿下にお願いしたいことがあるのです……」
「……いずこで知った?」
その抑揚のない声を聞くだけでも、殿下の刃が俺の首元にあてがわれているも同然だった。言葉では言い表せないほどの憤怒を内包しているがゆえに、逆に静穏な波のように感じられるのだ。
「実際に、【シルル】と遭遇したことで殿下の気配を察したのです……」
「続けよ」
「はっ……」
喉元に刃を突き付けられたまま、永劫にも思える重圧によって心が軋む。だが、今更引くわけにもいかない。ここで怯むようでは逆に命が危うい。
「【シルル】は匂いがするとだけ言い残し、自分に危害を加えてきませんでした。殿下と接して間もない時期であっただけに、恐れ多くもお二人にはなんらかの繋がりがあるのではと考えた次第であり――」
「――やめぬか、ルードオオォッ!」
「はっ……」
俺の目睫では殿下の刃が光っていた。比喩ではなく正真正銘の刃だ。やはり、【シルル】とローガの間にはなんらかの関わり、因縁があったということだ。
「もうよい。そなたが恩人のルードでなければとうに手にかけておったぞ。何を言わんとするのかは十二分に伝わったゆえ、それ以上の事象については余が述べるとしよう」
「……さすがは殿下。ありがたき幸せ……」
遂に【シルル】と向き合われるご覚悟ができたようだ。これならマズルカ殿下の宿願も果たせるかもしれない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます