第39話 破天荒
「問題の件に触れるまでの間、それなりに時系列というものを整理せねばならぬ……」
第一王子は目を瞑ると一呼吸置き、おもむろに語り始めた。
「余は昔日の頃より、冒険者たるものに憧憬の念すら抱いていたものだ。その生業を身をもって体感したいとも思っておった。しかしながら、ただ真似事を行うだけでは徒然であるし、何よりも冒険者に対して礼儀を欠くという結論に至った。ゆえに誰もその境地に達することのできぬ、いわゆる破天荒な冒険者になることを志したのだ……」
「破天荒な冒険者……ということは、殿下のあの有名な異名もそこから……?」
「うむ。暴虐の王子だったか。余はそのような二つ名をつけられるほどに、誰も目にしたことがないような未曽有の冒険者を目指してみせると腹を括ったというわけだ」
「そのような背景があったのですね……」
さすが、現時点で最も有力な王位継承者というだけある。スタート地点からもうスケールが違うな。
「100人のならず者集団に素手で立ち向かったり、およそ一か月間ほとんど飲まず食わずで修行したりと、余は破天荒というものをいつか体現すべく、皇太子という立場を投げ打って精進を重ねて参った……」
「えぇっ……」
いや、それはいくらなんでも色々と捨てすぎなような……。暴虐の王子というあだ名にこんな背景があるなんて露とも知らなかった。
これがゲームの実況動画なら、今頃『100人のならず者集団に立ち向かったって、盗賊のアジトでも襲撃したのか?』、『ローガ様、いくらなんでも暴虐すぎ!』、『第一王子って、ある意味真正のMなの!?』等、視聴者の弾幕コメントで溢れ返っていたことだろう。
その他にも、殿下の口からはとんでもない仰天エピソードが次々と飛び出した。
邪悪な教団の幹部に成りすまして潰すつもりが、逆に信者たちに崇められて教祖扱いされたり、山の中でサバイバルしていたらいつの間にか山賊の親分になっていたり。
俄かには信じがたいような話を次々と披露され、俺は過呼吸に加えて眩暈がしてきて今にも倒れそうだった。
ローガ殿下が暴虐の王子と呼ばれるのもよくわかるし、それですら彼の壮大なスケールを測り切れないとも思える。ただ、さすがに人間離れしているので誇張もあると思いたい。
それにしても、ゲームでは語られなかった空白の部分に、まさかこれほど濃密な物語が隠されていたとはな……。
「さて、ルードよ。話はここからだ……」
「はっ……」
おいおい、第一王子ローガの語りはまだ本番ですらなかったのか。殿下の話が終わる頃には俺の肉体から魂魄が抜けてそうだな……。
「思い描いておった理想の冒険者を目指し、余が日々剣術の鍛錬をしておった頃。生涯忘れられぬ出会いが舞い降りてきたのだ……」
「殿下。それはもしや、以前仰っていた例の想い人では……?」
「……うむ、まさしくその通りだ。そなたも覚えておったか。シルル・エグリアス……大層、お転婆な眼をした
やはり、そう来たか。あらかじめ想像していた通り、殿下の想い人はシルルだった。
「シルルと初めて顔を合わせたのは、余が山賊たちの頭として、霊妙山のほぼ全域を支配していた時分だ。シルルは山麓にあるレムテス村で村人のためにと奮闘しており、余とはいわば敵対関係であった。あの者は誠に強かで知略にも長けており、幾度も煮え湯を飲まされた相手だった。当時はこのまま賊の頭として生きるのも悪くないと考えておったゆえ、ただただ憎たらしい敵でしかなかったのだが……」
「……」
ここまで安穏とした殿下の御顔を拝見するのは初めてだ。それだけ思い入れが深い相手だからだろう。
「シルルと鋒鋩を合わせるうちに、余はいつしかお互いの立場など関係なく、純粋にこの者に勝ちたいと希求するようになった。体の二倍以上もある戦斧を手足の如くいとも容易く操るこの女子に、余が興味を抱くのは時間の問題であった……」
シルルって当時からあんなにも並外れた膂力を持っていたのか……。
「いがみ合う関係からリスペクトし合う間柄になったのも、刃によって通じ合ったためだ。『なんでそんな凄腕の持ち主が山賊の頭なんてやるのか』とシルルに問われたとき、余は迷わずこう返した。『よくわからんが戦っているうちにいつの間にか山賊になり、気が付けば親分になっていた』と。相手は酷く呆れた顔をしつつも笑っておった。かくもおかしなことを申しただろうか?」
「す――若干……」
凄く、と言いかけたところを俺は寸前で呑み込む。シルルも色々通り越して笑うはずだ。なんせ殿下は山で修行していただけでそうなったんだからな。それくらいカリスマ性があったってことなんだろうが。
「シルルも余も、戦うことを何よりも好んでおった。そのようにしてお互いの腕を試し、負けじと切磋琢磨し合ううちに、いつしか友情を超えた何かが芽吹き、余とシルルは想い合う関係に至ったのだ……」
シルルについて語る殿下の表情は不変なままだったが、想い合うと口にしたところで右手で肘掛けを強く掴むのがわかった。
「賊の頭を引退した余は、シルルとともに下々の者たちと交流するようになった。当初は警戒していた村人たちも次第に余を受け入れてくれるようになったし、密かに妹たちも連れて参るほど親しい間柄になっておった。だが、そんな折に父上がお倒れになり、余は城への帰還を余儀なくされてしまったのだ……」
「ということは、その時点で殿下はシルルとは疎遠になられたのでしょうか?」
「結論から申せばそうなる。しかし、余は側室としてシルルを迎えるつもりであった。体裁を重んじる母上からどれだけ反対されようとな。だが、余の身分と本心を打ち明けても、シルルがどうしても首を縦に振らなかった。今まで村を守ってきた自分が王室へ嫁げば、村人たちが大いに不安がる。それに、自分自身にとってもこの村は産まれ故郷であり、愛着が深いからと……」
「そこで、殿下とシルルとの関係は断たれてしまったのでしょうか……?」
「余とシルルに関しては多忙ゆえにそうなったが、王室とシルルの関係は依然として続いておった。マズルカは特にその村とシルルを甚くお気に召したのか、シルルお姉様と呼び足繁く通うほどであった。だが、母上の決めた姫君と余が婚姻関係を結んだのと同時期……思い出したくもない悲劇に見舞われてしまうのだ……」
「……」
殿下が目線を落としつつ言葉を詰まらせるのも理解できる。そこから先はゲームでも触れられているエピソードであり、シルルは悪霊に憑りつかれてしまい、魔物と化してレムテス村を壊滅させるのだからな。
「マズルカは命からがら逃げだすことができたが、第二王女のエルルカについては、遺体すらも発見することが叶わなかった……」
「誠に僭越ながら、殿下は何も悪くないかと……」
「……いや。シルルがああなったのも、元はといえば余のせいなのだ。あのとき出会わなければ、あるいは引っ張ってでも城へ連れ帰っていれば、シルルが魔物に憑りつかれることもなかった。トラウマによってマズルカの心が捻じ曲がることも、エルルカを失うこともなかったのだ……」
「殿下……」
鉄は熱いうちに打て、という言葉がある。これは、リスクはあれど第一王子に例の件を伝えるタイミングとして、今こそがベストだというのを示していた。
「目を背けたい事実であり、不敬なのは百も承知で、殿下にお伝えしたいことがあります。【シルル】は魔物と化してしまった今でも、殿下が参られるのを待ちわびているように思うのです……」
「……ルードよ、余にどうせよと申すのだ……?」
「殿下の妹君がシルルと決着をつけたいと考えておられるのはご存じのはず。ありとあらゆる負の連鎖を断ち切るためにも、どうかシルル山において、殿下の力をお借りしたいのです……」
「ルードよ、そなたは命知らずだとは思っておったが、まさかこれほどとはな……」
王子の苛立ったような台詞を耳にすると首元が寒くなるが、俺は跪きながらも彼の双眸をまっすぐに見つめた。どんな言葉であっても真摯さが伝わらなければ意味がないと考えたからだ。
「……あいわかった。そなたの申す通りにしよう。余は長きに渡り、シルルの件はなるべく考えないようにと心の倉庫へと仕舞い込んでおったが、いずれは向き合わなければならぬ時期も来るだろうとは睨んでおった。それがこの時分だと思うことにいたそう……」
「はっ。ありがたき幸せでございます、殿下……!」
俺は殿下の話に耳を傾けるうち、気付けばさながら自分のことのように考えていた。シルルと両殿下が織り成す複雑な運命の糸が、最後の最後にどういう風に締め括られるのか、この目で是非見届けたいという渇望が生まれていたのだ。
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