第37話 ミステリー


「さあ、みんな。気合入れてクロードを探すぞ!」


「いっちょやりますか!」


「さがちゅ!」


「さがしましゅうぅ……!」


「「「「「なっ……!?」」」」」


 唖然とするメイドたちの部屋を、俺はアイラや従魔とともにとことん探し回った。それこそ、ネズミ一匹逃さない勢いで。


 当然だが、箪笥や鏡台、テーブルやソファが倒れて衣服もそこら中に散乱し、室内は足の踏み場もないほど乱雑な状態になった。まさに倍返しだ。


「こ、これはあんまりでしょう。いくらなんでもやりすぎでは!?」


 メイドリーダーが顔を真っ赤にして抗議してきたが、この反応も予想済みだ。


「悪いな。だが、俺の大切な弟を捜索するためだから仕方ない……。アイラ、キラ、ウッド、帰ろう」


「「「了解っ!」」」


「「「「「……」」」」」


 呆然自失とするメイドらを尻目に、俺たちは颯爽とその場を跡にするのだった。




 弟のクロードが行方不明になって以降、丸一日が経過した。


 俺たちも含め、屋敷内の人間を総動員した大捜索の甲斐もなく、やつが発見されることはなかった。


 なので屋敷内での騒動は終日ひもすがら続いている。喧々囂々けんけんごうごうとしているせいで、安眠効果の『スリーパー』がなければろくに眠ることもできなかっただろう。夜間はアイラに例の祠に籠ってもらい、キラとウッドには異次元の収納室をねぐらにしてもらった。


 俺としてはむしろ清々する事態とはいえ、グラスデン伯爵家にとっては重要な存在なため、大騒動になるのも仕方ないか。もし逆の立場なら、クロードたちは踊り出すような晴れやかな気分になるだろうな。


 それにしてもレーテのやつ、失踪したクロードがまるで自死でも選ぶんじゃないかってくらいの剣幕で俺の部屋へと飛び込んできたが、あの図々しい男がそれをやるとは到底思えない。


 ひたすら甘やかされてきた原作版クロードと違って、この世界のあいつは揉まれに揉まれて鍛えられているんだ。主に俺のせいだが……。才能もあるし頭の切れる男なので猶更油断できない。


「ルード様、ただいま戻りました」


「アイラ、おかえり。どうだった?」


「それが――」


 アイラが白猫のユキや障害物の一部になって様子を探り、情報を集めてきてくれた。


 それによると、レーテがヴォルドに対し、『あなたの愚息がクロードを追い詰めたのよおおぉっ!』と半狂乱で責め立てていたんだとか。メイドの部屋をズタボロ状態にしてやったことの怒りも手伝ってそうだ。あの後、レーテとシアの部屋もおまけで散らかしておいたからな。


 それにしても、この唐突な失踪劇には裏がありそうだ。あたかも俺を悪者にするために仕組んだようにも映るからだ。あいつらの悪知恵とも取れるし、ゲーム世界自体が本来の役割として俺を闇落ちさせるために、そういう空気を作り出そうとしてるとも捉えられる。


 そうだな……そういう意味じゃ多少の不安はあるが、こっちから敵の真意を探ってみるのも面白そうだ。


 ってなわけで俺は早速、あえて単身であてもなく外出してみることにしたのだった。


「……」


 そして、狙い通り誰かが追ってくる気配を感じる。これは……凄い殺気だ。


 一体何者なんだ? まさか、刺客だろうか? だとすると、グラスデン家が仕向けたのかもしれない。


 それも、正体を絶妙に隠していることから、追手はかなりの手練れだと予想できた。だが、どんな相手だろうと今の俺ならそれでも回避できる自信がある。


 ……まさか、失踪したクロードじゃないだろうな?


 今のところやつの気配はしないが、それを上手く隠蔽している可能性もある。


「――そこまでだ!」


 俺は『クローキング』によって密かに回り込むと、その追手の喉元に刃を突き付ける。


「……ま、待て。話せばわかる……」


「なっ……」


 その正体はなんと侍従のロゼリアだった。彼女は思いつめた顔で俺を見上げていた。


「一体どういうつもりなんだ、ロゼリア?」


 俺がそう問いかけると、ロゼリアはしばらく沈黙したのち語り始めた。


「こうするしかなかったのだ。自分がロゼリアであることを隠すため、そして、試すためだった……」


「隠すためと試すため……?」


「そうだ……。ルードよ、お主がそれくらい危険な役目を担えるのか、それを試したかった」


「俺に何をさせたいっていうんだ?」


「……マズルカ様の宿を果たしてほしいのだ。殿下は昔から、気が付くと私の傍からいなくなってしまう。夢遊病のように街をフラフラとなされるのはまだマシな部類だ。ときには因縁を果たすためにと、シルル山へとお出かけになられるのだ……」


「因縁……?」


「うむ。二人の間に何があったのかは知らないが、中位の魔物【シルル】と決着をつけたいと仰っておられた。それで、マズルカ殿下がいなくなるといつも自分がローガ様から叱責されるため、毎日生きた心地がしないというわけだ……」


「なるほどな……。でも、それを繰り返すってことは殿下が【シルル】と会えない状態が続いてるってこと?」


「うむ。何故か向こうがまったく出現してくれないので、殿下は焦っておられるのだ。ルードよ、お主の力ならなんとかできないだろうか?」


「……」


 思えば、【シルル】と出会ったあのとき、がすると言われたっけ。あれはなんだったんだろう? もしそれがマズルカの匂いなら、それを避けているはずの【シルル】が出現するのは不自然だ。


 だとするなら……まさか、王子のほうか?


「ロゼリア。第一王子とローガの関係について、何か知ってる?」


「……ぬ。そういえば、かつてローガ様の知り合いだったと聞いたことがある……」


「なるほど。それなら、【シルル】の言ってた匂いは、ローガのものだった可能性があるな」


「えぇ!?【シルル】と出会ったというのか!? それで助かるとは、さすがルード……」


「ああ。助かったのはローガの匂いがしたからかもな。それで俺は助かったんだ。【シルル】は間違いなくローガに会いたがってる」


「だとすると、ローガ様がご一緒であれば、マズルカ殿下が【シルル】と遭遇できる可能性が高まるというわけか……」


「そういうわけだな。よし、俺が王子に直談判してみるよ」


「ええっ!? そ、それはさすがに……」


 可哀想なくらい、見る見る青ざめていくロゼリア。


「じゃあやめようか?」


「……あ、いや! しかし、第一王子にそういった提案ができるのは、恩人と言ってくれるルードしかいないのも実情だ。やってくれるか?」


「ああ、やってみせるよ」


「す、すまん。私のためだけに命まで懸けてくれるとは……」


「……」


 いや、俺も知りたいしロゼリアのためだけじゃないんだが、まあそういうことにしておくか。


「ただ、いくらローガ殿下が俺のことを恩人だと思ってくれているとはいえ、それは建前上の話。王子との謁見がすぐに実現するとは思えないが……」


「うむ、それは私も重々承知しておる。もし実現することが難しい場合、ルードよ。思い切って、私と一緒にどこか遠い場所まで逃げるか?」


「えっ……」


 ロゼリアのびっくりするような衝撃的な一言に、俺はしばし言葉を失っていた。


「……ダメか?」


「……なあロゼリア、それは本気で言ってるのか?」


「無論だ」


「……い、いや、それは……ちょっと無理かな……」


「うむぅ……いきなりこのようなことを言われても、さすがに承諾しかねるか……」


「……」


 いかにも残念そうに呟くロゼリア。いきなりだから断られたって思ってそうだな……。


 そうだ。試しに、『マンホールポータル』で少し前の過去に戻ってから承諾してみるか。


「……ダメか?」


「わかったよ。ロゼリア、俺と一緒に逃げよう!」


「……おおぉ、わかってくれたか! ル、ルードォ……そんなに私のことが好きか? ん? 遠慮せずに申してみよ!」


「……あ、あぁ。そうだな。好きだ」


「嗚呼……私は、なんて幸せ者なのだ……! えへへ……」


「ロゼリア……」


 ロゼリアが蕩けたような顔で目元に涙を浮かべるのを見て、俺は思わずその小さな肩を抱き寄せた……っと、こりゃいかんな。試しにやったことだっていうのに、このままじゃ情が移ってしまう。というわけで、すぐに戻って今度は強めに断らねば。


「……ダメか?」


「……なあロゼリア、それは本気で言ってるのか?」


「無論だ」


「……いや、それは無理だなあ」


「うむぅ……いきなりこのようなことを言われても、さすがに承諾しかねるか……」


「……」


 正直言うと、俺は今のところロゼリアが一番怖いと感じている……。

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