第34話 化学反応
あれからまた十日ほどが経過した。
これで、原作ゲーム『賢者伝説』が始まるまで、残りおよそ一か月となった。エリートが集う学園の入学テストまではもうあと三週間といったところだ。
俺が教会でスキルを貰った際に前世を思い出してから、約半年が経過したってことになる。まだまだ余裕があるなんて思っていたが、そんなことはなかった。ここまであっという間だった気がする。
いよいよゲームの本編が始まろうとしているんだと思うと、感慨深いものがある。そこからが本当の意味で『賢者伝説』のスタートだからな。
そうなったら、当然だが本来の意味での主人公が登場してくるわけで。主人公というのはプレイヤーでしかなかったが、それが初めて他人となるわけだ。
どんな冒頭かというと、主人公は試験に合格した15歳の若者という前提で王都ベルツヘムのエリート学園マギーアに入学してくる。
最初にプレイヤーが主人公の名前や性別を決めることができる。そのスキルはというと、男性を選べば【賢術】、女性を選択したら【聖術】になったはずだ。
これらは両方とも大当たりスキルであり、【賢術】は賢者、【聖術】は聖女に相当する。つまり、その時点デフォルトの魔力レベルは3なわけだ。
主人公がどういう人物なのか、正直なところ興味はある。一体どんなやつなんだろうか? 普通に考えれば悪役貴族の味方になるとは思えないが、敵対関係になるのはあくまでも原作での話だからな。
主人公の名前や性格についてはもちろん、男性か女性かも含めてどんな展開になるのかは想像すらできない。
何よりも気になるのが、序盤で退場する予定だった自分の立場が、それを討つ予定だった主人公と接することによってゲーム世界がどう変わるかっていう点だ。とんでもない化学反応が起きるような気がするんだ。
俺はそれが待ち遠しいほどに楽しみな反面、例の黒尽くめの人物の件もあり、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちになっていた。その裏では陰謀めいたものが幾つも渦巻き、今か今かと待ち構えているような予感がしたのだ。
それでも、祠や森で猛特訓したことで、俺の魔力レベルは遂に4.3まで上がった。そういうわけで、まずは技能変換だ。
俺は『マンホールポータル』を使い、異次元の収納室から箱を取り出すと、蓋を開けて中の物に『マテリアルチェンジ』を順次試していく。
お……左の眼球と右腕のない裸の少女人形に使ったところ、ウィンドウが出てきた。
『マテリアルチェンジが強化されました。従魔を擬人化することができます』
「おおっ……」
基本テクニックの『マテリアルチェンジ』がまたしても進化した。技能変換、魔物変換、従魔変換、食材変換ときて、とうとう擬人変換までできるようになったのか。
それなら、従魔が既に二匹いるわけだしすぐにでも試してみようか?
っと、その前にやることがあった。俺はまず精神を研ぎ澄まし、周囲に誰もいないことを確認したあと、念のために『サードアイ』を使って自室前の様子を窺う。
よし、人の姿はないし誰か来る気配もないな。
準備も整ったので俺は思い切って『マンホールポータル』から従魔たちを引っ張り出す。彼らが巨大なのもあって、伯爵家の広い個室が狭く感じるな。
擬人化の成功率に関しては特に言及もないので即座に人間化するはず。成功すれば屋敷内でも堂々と連れ歩くことができるようになるだろう。
「キラ、ウッド。これから俺が言うことをよく聞いてほしい。お前たちをいつでも連れ歩けるように擬人化するから、覚悟しておくように」
「ギギッ……」
「フォオォッ……」
キラとウッドはいつもと勝手が違うと感じたのか、緊張したような面貌で俺を見つめていた。俺が最初に擬人化を試みる対象は、巨大蟻の魔物キラーアントのキラだ。
「『マテリアルチェンジ』」
「あおっ……?」
おおおっ、巨大蟻の姿が短めの黒髪の美少女に変貌を遂げた。キラはびっくりした様子で自分の姿とウッドを交互に見比べていた。表情がないのは人間じゃなかったんだから仕方ない。
というか、真っ裸なのでなんとも目に毒だが、まだ服は用意してなかったのでとりあえずこのままにしておく。
「フォオオオッ……!」
キラの姿を舐めるように見たウッドは、早く自分も変えてくれといわんばかりに枝や葉っぱを小刻みに震わせて俺にアピールしてくる。
「よしよし、待たせたな。ウッド、次はお前の番だ。『マテリアルチェンジ』」
「うらっ……?」
その途端、ウッドは緑色のロングヘアの幼女に生まれ変わった。どっちも一発で成功したわけだが、その容姿は一定していない。
まだ2回しか試してないからはっきりしたことは言えないが、これはおそらくこっちの印象と相手の印象の中間点というか、妥協点のようなものが具現化したものなんだろう。
「あおお」
「うらら」
「ははっ……」
キラもウッドも物珍しそうに四つん這いで部屋をウロウロして、まるで赤ん坊みたいだな。こうして眺めているだけでも微笑ましい。ただ、二人とも俺の言うことを普通に聞いてたし、言語も教えればすぐに使えるようになるかもしれない。
っと、その前に真っ裸なんだから服を着せてやらねば。こんなところを誰かに見られたら、それこそ俺が遂に乱心したと思われかねない。
「――ル、ルードよ……」
「はっ……」
誰かの声がしたと思ったら、侍従のロゼリアだった。前々から薄々思ってたが、俺の目を盗んで部屋に忍び込むの上手すぎだろ、彼女……。
「私がいない間に何をしているかと思いきや……」
「い、いや、ロゼリア、誤解なんだ。これは……」
「私がいない寂しさのあまり、このような破廉恥なことをしたのだな……。すまなかった……」
「ちょっ……」
しかもロゼリアのやつ、何故か虚ろな顔になったかと思うと目を潤ませて謝ってくるし、最早わけがわからない。
「致し方ない。こうなれば、私も脱がねば……」
「い、いや、なんでそうなるっ……!?」
そんなことをさせたら事態がますます悪化してしまう……。ってことで、俺は脱ごうとするロゼリアに対し、彼女たちが従魔だということをなるべく簡潔に訴えた。すると、彼女は次第にいつもの明るい表情に戻っていった。
「なるほど! それならそうと早く申せばよいのに……」
「……」
いやいや……説明する以前に、ロゼリアは既に闇落ちしたような顔つきになってたんだけどな。
そういえば、ロゼリアは最近よく訪ねてくるし、以前よりもテンションが変わりやすい気がする。それも極端なのだ。
一体どうしたんだろう? まさか、前回のアイラとのデートを目撃された? それで嫉妬したとか……でも、彼女の第一印象としては小悪魔であり、そういうのはあまり気にしないイメージだけに、やはり謎だった。
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