第33話 日常と非日常


「アイラ。それで散歩デートする場所なんだが、どこがいい?」


 前回断ってしまった罪悪感も手伝って、俺はアイラに目的地を決めてもらうことにした。


「ルード様、本当にどこでもいいんですか?」


「ああ、もちろんだ。ロゼリアの許可も得てるから王城のパーティー会場でも、アイラが小さい頃に一度しか行ったことのないような懐かしい場所でも。どこだっていい」


「んーと、そうですねえ……」


 アイラが目線を上げて迷っている様子。


「ん-、ん-……」


 やたらと迷っている。


「んんんんん……!」


「……」


 滅茶苦茶迷っている……って、優柔不断をごまかすためか猫になって頭抱えてるし、そこまで迷わなくても……。


「――やっぱり、にします!」


「あそこ?」


「ルード様と初めてデートした場所です!」


「あ……あそこか……」


 すると、アイラは意外な場所を望んできた。その辺についてはしっかりと覚えてるので、周辺の光景を思い浮かべつつ『マンホールポータル』を使用する。


 自室から茂みへと舞い降りた途端、小川のせせらぎが耳朶を刺激する。そこは、アイラと最初に行ったあの川の畔だった。


「本当にこんなところでいいのか?」


「こんなところだなんて……私、こういう場所が一番落ち着くんです。川辺って静けさが強調されるような感じがして」


「なるほどな。それじゃあ俺、後ろ向いてるから……」


「だから、真っ裸で水浴びはしませんし、お花摘みもしませんってば……」


「あははっ、よく覚えてたな」


「そりゃそうですよ。今でも鮮明に思い出します。ルード様とここへ初めて来たときのことを」


 アイラが小川の前で座り込み、煌めく水面を感慨深そうに眺めている。


「なんの変哲もない風景に見えるが、そんなに印象的だったのか?」


「……んもお、ルード様ったら。当たり前の景色でも、誰かと見るだけでも全然違うんですよ?」


「……そうなんだな」


 そう言われてみると、アイラの言うことも朧気だが理解できる気がする。


「あのとき、私はまだルード様のことを少しだけ疑ってたんです」


「疑ってた?」


「はい。ルード様ったら、どうしても救えないような空気感を出していましたから。なので今の状態がとても嬉しいんですけど、何故か不思議でもあるんです。こうしてルード様と一緒にいられるのが、当たり前じゃないような気がして……。私って変でしょうか?」


「……」


「ルード様?」


「あ、いや、顔付近を羽虫が飛んでたから追い払ってたんだ。俺は闇落ちしそうな空気感があったんだろうから、アイラの言ってることは別におかしくないと思うよ」


「……で、ですよね!」


 ここがゲームの世界だっていうことを知ったら、アイラはどんな顔をするんだろう? 俄かには信じられないだろうな。いずれにせよ、彼女が俺と一緒にいることを奇異だと感じるのも仕方がない。


 本来なら序盤で主人公に討たれる悪役貴族として、俺はアイラと敵対する運命にあったわけだ。なので、彼女がそういう風に感じても全然おかしくなかった。俯瞰的に見れば、原作と比べると現在のルードは川の流れ、それも激しい渓流に悠然と遡行している異端児ともいえるだろう。


「うっ……!?」


 顔に冷たいものが当たったと思ったら、隣にアイラの姿はそこにはなく、白猫のユキしかいなかった。悪戯する気満々だったのか、変身するの速いな。どうやら一杯食わされたみたいだ。


「みゃー」


「猫でごまかそうったって、そうはいかないぞ?」


「ギイイィッ!」


「ミャアアァァッ!?」


「はっはっは! 逃げ切れるか!?」


 俺は従魔のキラの背中に乗って、やんちゃな白猫を追いかけるのだった。もちろん、すぐに捕縛することに成功した。結構な迫力があったみたいで、アイラはしばらく過呼吸気味になっていた。ちょっとやりすぎたかな……。


 そういうわけで俺たちはその後、もう一匹の従魔であるウッドの頭上で休憩しつつ、いつもと違う小川の景色を楽しんだ。


「――アイラ、そろそろ帰ろっか?」


「はい!」


『マンホールポータル』で屋敷の自室へ戻ったときだった。アイラの姿が忽然と消えたんだ。あれ? まさか、置いてきちゃったのかと思って部屋の中から小川の近くを覗き込むも、その周辺にはいなかった。俺は『レインボーグラス』で遠くまではっきり見えるのでよくわかる。


「……ア、アイラ、どこ行った……?」


 呼びかけても返事はない。まるで神隠しに遭ったみたいだ。さっきまですぐそこにいたのに……。


「ふふっ、ルード様、ここですよ」


「えっ……!?」


 そうかと思うと、アイラが背後からひょっこり出現した。


「ア、アイラ、どこにいたんだ……?」


「その前に、私のステータスをご覧になってみてくださいっ」


「あ、あぁ……」


 ってことは、隠れる系のテクニックでも覚えたんだろうかと思いつつ、俺はアイラに『レインボーグラス』を使用する。



 名前:アイラ・ジルベート

 性別:女

 年齢:17

 魔力レベル:2.0

 スキル:【変装】

 テクニック:『ボディチェンジ』『アニマルチェンジ』『アイテムチェンジ』



 おお……。アイラは魔力レベルが1.7から0.3上がって2になっていただけでなく、新しく『アイテムチェンジ』という新しいテクニックを覚えていた。


「アイラ……もしかして、『アイテムチェンジ』っていうので何かに変化してた?」


「さすが、ルード様。ご名答です! ルード様が座る椅子に変化してたんです」


「なるほど……」


 道理で気づかなかったわけだ。アイラはメイドの仕事や間者としての仕事をこなしつつ、あの祠で頑張って修行してたんだな。彼女の地道な努力と才能には舌を巻くしかなかった。


「物質チェンジだなんて、凄いな……。息もできるのか?」


「それが、奇妙なんです。思考はできるんですけど、息をするっていう感覚がないんですよ」


「へえ……」


 よく考えたら、椅子は呼吸する必要もないだろうしな。


「この能力さえあれば、私の将来の旦那様は浮気ができませんね!」


「だろうな……って、アイラ。将来の旦那様って、誰のことだ?」


「さぁ、誰でしょうねえ? その人は、いかにも闇落ちしちゃう感じの人で、猫が好きみたいですよ?」


「ほうほう」


「ふふっ、嫉妬しましたか?」


「全然?」


「じゃあ、今度紹介しますね」


「そりゃ楽しみだな」


 俺たちはしばし悪い笑みを浮かべ合うのだった。

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