第31話 タフネス


 俺は単身でシルル山へと向かった。もちろん、一度行ったことのある場所ってことで、『マンホールポータル』を使えば一瞬で目的地まで行けるので馬車を使う必要もない。


「――っと……」


 ポータルに触れることで俺が着地した場所は、少し以前に第一王女の前でデモンストレーションが行われた空き地だ。今や不気味なまでに静まり返っているが、それでも激しい戦いの残滓はあちらこちらに色濃く漂っている。


 シルル山には下位から中位まで、様々な魔物が出るといわれるが、とりわけ下位の魔力レベル2から4までの個体が多いんだとか。4.9の【シルルの思念】は下位の中じゃ最強の魔物ってわけだ。


 ちなみに、中位は5から7.9、上位は8以降といわれる。魔物の魔力レベルの場合、境目でもない限り小数点はそこまで意味を持たない。また、人間の魔力レベルのように高ければ高いほど差はなくなってくる。


「……」


 俺は歩き出そうとして、ふと立ち止まった。アイラの心配そうな顔が脳裏に浮かんだんだ。


 単身でここに来るのはあまりにも危険というか無謀すぎるため、どこへ行くのか彼女にはあえて伝えなかった。もしありのまま言えば『どうか無茶をなさらないでください!』と止められるのは目に見えてるから。


 とはいえ、もし命に関わるような出来事があっても、それを覆せるような仕組みはある。今のところ一分以内限定だが、『マンホールポータル』で過去へ戻れるから何があっても大丈夫ってわけだ。


 もちろん、理屈上ではだ。即死ならその時点で死ぬからテクニックなんて使えない。なので、いかに一発で死ぬのを回避して、瀕死状態ならどれだけ落ち着いて行動できるかだな。


「さあ、キラ。俺を乗せていってくれ」


「ギイッ」


 俺は従魔のキラーアントの背中に乗り、シルル山の中腹から山頂にかけてガンガン進み始めた。


 当たり前だが、麓よりも中腹、そこから山頂にかけてのほうが魔物の魔力レベル帯は高くなる傾向にある。


 なのでこの辺りからはもう、タフな旅になるのだからある程度の覚悟を持って進まなければならない。自分より魔力レベルが上の魔物しか出てこない可能性も大きいしな。


「ギギッ」


 お、キラーアントが立ち止まった。二本の触角をヒクヒクさせてるし、どうやら持ち前の嗅覚で魔物の気配を察知したようだな。


「――ウジュルウウウゥッ」


 噂をすれば早速おいでなすった。うねる触手群だけでなく、縦横斜め、様々な方向の口を幾つも持った巨大なタコのような魔物だ。



 名称:【グリーディーオクトパス】

 魔力レベル:4.2

 魔物ランク:下位

 特殊能力:『墨吐き』『吸収・中』『再生・大』



『レインボーグラス』でやつの魔力レベルを調べると、4.2とあった。もうこの時点で俺より格上だが、これでも3.6。魔力レベルが小さいときと比べれば、そこまで大きな差はないといっていい。


 それにしても、数多の触手といい口といい、本当に欲張りすぎだな。ゲームでもその風貌の圧倒的な気持ち悪さからか、実況動画には『これ作ったやつ絶対クトゥルフ信者』『SAN値が削られる』等のコメントが寄せられたもんだ。


「ウジュルアァァッ」


 巨大タコが触手を幾つも伸ばしてくるが、『インヴィジブルブレイド』によって悉く切り刻んでやる。


「なっ……」


 透明な刃によって切り落とした触手が次々と消える中、俺は目を疑っていた。その再生速度があまりにも異常だったのだ。


 それどころか、切り刻む速度を遥かに凌駕していた。あらゆる方向から蝟集し、俺との距離を少しずつ縮めてきたのだ。さらに、黒い墨を大量に吐いて視界を遮るおまけつき。このままいけば、逃げ場を失った俺の体は触手に巻き付かれて万事休すってわけだ。


 そうだ。ここでを試してみたらいいかもしれない。


「ウジュァッ……!?」


 俺が使ったのは『クリーンアップ』だが、まさに一掃だった。半径2メートル以内に迫っていた触手に対してやったところ、巨大タコや墨ごと視界の外に投げ出されたのだ。多分、10メートル以上は軽く吹っ飛んだと思う。


 それでもタコは触手をバネにするようにして定位置に戻ると、そこからまたしても俺に触手を伸ばしてきた。そのたびに『クリーンアップ』で飛ばしてやるが、同じように戻ってくる。どうやら相当にしつこい魔物のようだ。まるでクロードみたいなやつだな。


 そんな膠着状態が続く中、俺は一つの打開策を見出そうとしていた。そうそう、あの手があった。『クリーンアップ』で飛ばした場所――視界の片隅に『デンジャーゾーン』を仕掛けてみることにしたんだ。


「ウジュル――ルァァアアアッ!?」


「おおっ……」


 俺の視界から弾き飛ばされた巨大タコが、危険な領域で見る見る切り刻まれていく。再生速度などなんの意味も持たないかのように、無慈悲な爪に弄ばれた魔物は跡形もなく消えていった。


 倒した……のか? もう復活する気配が微塵もないのを見届けたのち、俺は右の拳をグッと握りしめる。よーし、これならいけるぞ。



 俺はグリーディーオクトパスを仕留めた後、その調子で『クリーンアップ』&『デンジャーゾーン』のコンビネーションにより、魔物を次々と倒すことに成功していた。この連続攻撃を耐え切るようなタフな魔物もたまにいたが、それは追撃の『ランダムウォーター』でとどめを刺すことができていた。


「ウッド、回復を頼む」


「フオォッ」


 疲れたらウッドの近くにいるだけで自然回復の恩恵にあずかることができるので凄く楽だった。また、周りの木々に擬態もしてくれるので魔物に見つかる心配もない。


「――ふう」


 大分手応えを感じるので、『レインボーグラス』でステータスを確認してみよう。



 名前:ルード・グラスデン

 性別:男

 年齢:15

 魔力レベル:3.8

 スキル:【錬金術】

 テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』『クリーンアップ』『デンジャーゾーン』


 死亡フラグ:『呪術に頼る』『


 従魔:キラ(キラーアント)、ウッド(デーモンウッド)



「おおっ……!」


 思わず叫んでしまった。こりゃ凄い。たった数時間で魔力レベルが0.2も上がった。しかも、魔力の純度が高まっているのを感じる。


 この調子なら例の祠でのトレーニングも期待できるぞ……って、待てよ。


「こ、これは……」

 

 何かおかしいと思ってステータスを二度見したところ、俺は新たに増えていた死亡フラグを見て身の毛がよだつ感覚がした。


 いや、『【シルル】と戦う』って……。【シルルの思念】じゃなくて、よりによってこの山で一番強いとされる中位の魔物【シルル】なのか。ということは、俺はここに留まり続ければ、【シルル】と遭遇するってことだよな……。


「……」


 普通に考えればリスクがありすぎるので一旦引き上げるのが正解だが、遭遇すること自体が稀な魔物なのもあって俺は迷っていた。【シルル】の強さを体感するだけでも、魔力の純度が格段に上昇しそうだからだ。こんな機会は滅多にない。さあ、どうするべきなのやら……。

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