第30話 爪痕
月明かりに照らされる中、俺は屋敷内の通路をフラフラと千鳥足で歩いていた。それにしても、妙だ。廊下がやたらと長く感じる。
アルコールも少々摂取した覚えはあるが、おそらくそれが主因ではなく、疲労も手伝ってるんだと思う。
三日間もサボったことの反動もあり、あれから同じ期間、丸々例の祠に通って真面目に魔力トレーニングをしていたんだ。実際、魔力レベルは0.1上がって3.6になったからな。
というか、俺ってどこへ何をしに行ってるんだ? トイレなら『マンホールポータル』で直接移動できるはずだが……。
おかしい……どうしても思い出せない。どうやら疲れのあまり、目的すら忘れてしまったらしい。『スリーパー』があることで睡眠時間を短縮しすぎたのも影響したんだろうか。
ん、通路の奥がやっと見えてきたと思ったら、何者かがいる。暗がりでよく見えないと思って目を凝らすが、朧気としていて中々判然としてこない。まるでそこだけ焦点が合わずにぼやけているかのように。
5メートルほど近づいてみても同じ状態が続いたが、俺はようやくその理由が理解できた。かの者は闇に溶け込むかの如く同色のローブを身に纏い、相貌が見えないほどフードを深々と被っていたからだ。
あの人物は誰なのかと思って『レインボーグラス』を使ってみたものの、何も浮かんでこない。おいおい、鑑定が通用しないっていうのか? やつは一体何者だっていうんだ……。
「……」
黒尽くめの人物がまっすぐ近づいてくる。俺はその迫力に思わず息を呑んだ。
「ルード・グラスデンだな」
「そ、そうだが、誰なんだ?」
「それをお前に言う必要はない。ルード……よく聞くのだ。お前はこの世界のあるべき姿を乱した」
「あるべき姿……?」
「そうだ。ルード、お前は世界の理を根底から変えてしまった。運命を変える者にはいずれ必ずや報いを受けるだろう」
「……俺が報いを受けるだって?」
「そうだ。お前はあくまでも悪役貴族として生き、悲惨な最期を迎えるべきだった」
「あ、悪役貴族……!? そんなことまで知ってるって……お前は一体、何者だっていうんだ……!?」
俺はその人物のフードを強引に剥ぎ取り、正体を目の当たりにしたとき、これ以上ない衝撃を受けることになった。
「お、お前は……!? う、嘘だろ――はっ……」
気づけば俺は自室のベッドの上で飛び起きていた。
「……はぁ、はぁぁ……ゆ、夢だったか……」
ひたすら不気味で不吉な夢だった。夢だと判明したのにどうしても不快感のようなものが払拭できなくて、俺はしばらく不規則な呼吸を繰り返していた。
あのフードの人物の正体を見たとき、俺は意外な人物を見た気がした。それで信じられないと思ったんだが、不思議なことに誰だったのかまったく覚えていなかった。
強烈なインパクトがあったにもかかわらず、何故かそこだけが切り取られたように思い出せないんだ。それについて死亡フラグが出ているかどうか『レインボーグラス』で確認したものの、何も出ていなかった。
じゃあ、あの黒尽くめの人物は一体なんだったんだ?
もしかすると、原作ゲーム『賢者伝説』の本編がおよそ一か月半後まで迫ってきたのが関係しているのかもしれない。ゲーム世界が俺の存在を異物として問題視し、本来の意味での悪役貴族の役目として退場を促しているとも考えられるのだ。
だとしたら、あの黒尽くめの人物は侮れない。悪役貴族の件も知っていたわけだからな。ゲームマスターのような立場だったとしたら、それこそ主人公よりも厄介な敵になりうる。
とりわけ気懸りなのは、やつの顔を見て予想外だと思った反面、まるで普段から馴染みがあるかのような印象を受けたことだ。あの感覚は一体なんだったのか……。
不安や焦燥感から来るただの悪夢というのが一番いいんだが、気を付けるに越したことはない。とにかく、誰にも負けない強い力を手に入れる必要がある。途轍もなく強い勢力にも難なく抵抗できるように。
あの礼拝堂での魔力トレーニングだけでなく、『マテリアルチェンジ』によって魔物変換、技能変換、従魔変換、食材変換。やるべきことは全部やるべきだ。
「――はあ……」
それから四日後、俺は早くも挫折してしまっていた。魔力トレーニングをいくらやっても、魔力レベル3.6の状態からまったく上がらなくなったからだ。
つまり、七日間でたった0.1しか上昇しなかったわけだ。ただ、3.6の状態で技能変換はしてなかったのもあり、今度はそれにチャレンジしてみることにした。
「あ……」
すると、折れ曲がったホウキに使ったタイミングでウィンドウが出てきた。
『クリーンアップを獲得しました。自身の半径2メートル以内の敵を払いのけることができます』
『クリーンアップ』か。中々いい感じの能力だな。これと他の攻撃系テクニックを組み合わせると面白そうだ。敵を払いのけた後、遠距離用の『ランダムウォーター』を使うとより効果的っぽい。
こうしたコンビネーションの幅を広げるためにも、攻撃的な技がもっと欲しくなってくる。当然疲れもあったが、俺はその後も様々なアイテムの技能変換を試みることにした。
……ん、一枚の絵に『マテリアルチェンジ』を使ったところ、ウィンドウが出てきた。大きな爪を持つ何かに引っ掻かれたかのような、痛々しい爪痕を残す自然の絵画だった。
『デンジャーゾーンを獲得しました。様々な視点に使用することで、そこへ侵入した敵を爪で切り裂くトラップを配置できます』
おお、『デンジャーゾーン』か。この効果なら攻撃にも防御にも使えるので便利そうだな。しかも、場所じゃなくて視点だから移動しながらでも使えるってわけだ。
『レインボーグラス』でステータスを確認してみよう。
名前:ルード・グラスデン
性別:男
年齢:15
魔力レベル:3.6
スキル:【錬金術】
テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』『クリーンアップ』『デンジャーゾーン』
死亡フラグ:『呪術に頼る』
従魔:キラ(キラーアント)、ウッド(デーモンウッド)
よしよし、いい感じだ。久々に新しいテクニックが二つも増えたな。
「――ルード様」
「……あ、アイラか。どうした?」
背後から声がしたので振り返ると、祠の入り口にアイラが立っていた。
「あの、気分転換に一緒にお散歩でもどうですか?」
「んー……すまん、アイラ。今は時間がないんだ」
「……そ、そうなんですね。それじゃ、また今度……」
「ああ、悪いな。約束するよ」
「はい。もし約束を破ったら、ルード様のお休み中にユキが顔を引っ掻きますね」
「ちょっ……」
アイラならやりかねないので俺はゾッとした。とにかく、今は遊んでるような余裕がない。
ここまで魔力が上がらなくなった理由は、実戦訓練が足りていないということだろう。それも、強大な力を持つ魔物と。
ヨーク様が祀られている祠の近くや、例の森ではもう魔物変換はし尽くした。今の魔力レベルでは、いくら変換しても同ランクの魔物が精々だ。
そもそも、この変換は身の丈に合った魔物を出す、すなわち実戦訓練を積むためであって、自分より強い魔物と戦う、という意味ではあまり使えない。魔物を従魔にするためなら、余裕があるのも大事なのでちょうどいいとは思うが。
現在の魔力レベルからさらに次のステージへ行くには、もっと高ランクの魔物と戦うことが必要なんだと思う。
「となると、どこがいいか……そうだ」
おあつらえ向きの場所がある。あのシルル山にしよう。新しく覚えたテクニックもそこで試用してみたいしな。
思い立ったが吉日、俺はこれからシルル山で魔物狩りをすることにした。
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